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魔法屋の恋愛相談事件簿  作者: 高遠 泉
12/16

潜入 6


白い手袋の形のよい手のひらの中にあったそれは、まるで宝石の様で一瞬息が止まる。




今日は休日だから、街にでも行かないか。と誘われ、まだ朝夕は寒いものの昼間の日差しが暖かくなった日。

俺とアルは街に繰り出した。


「お前も、もうここで働いて随分立つけど本当に目立たないのなんでだ?」


アルがここで働いて何か月か過ぎているが、未だに彼の存在が噂になっていないという事が信じられない。


通常、何か月か立つと馴染まない孤高の奴でも、だんだんと本質が見え隠れするものだと思う。

しかし、アルに至っては、その綺麗な整った顔も、背筋の伸びた綺麗な姿勢も、均等のとれたスタイルも、仕草一つにとっても洗礼された動きをしているにも関わらず、未だ一切の噂話が立っていない。


そして、俺にとってもこいつは謎のままだ。


「…特に目立つこともしていないですから…目立たないのは当たり前なのでは?」


本当に不思議そうな顔で、暖かい湯気の立ついれたてのカップを手に目の前の男が呟く。

その姿だけでも、絵になるのに。


アルの手にかかれば、街の庶民的な普通の喫茶店のカップでさえ、その人の為に作られた最高傑作にも見える。


「…俺が、変なのか?」


優雅な仕草で、淹れたての紅茶をコクンと飲むその姿はもはや、男の俺でさえ顔が赤くなってしまう程、美しい。


「…え、本当に、俺が…変なのか?」


アルから目線を逸らせながら再度呟く。

おかしい。

俺は、女が好きなはず。

え。

俺、だけがアルの事を意識しているのか?

いやいやいや…


再度、確認しようと再び目線をアルに戻すと、今度は形の良い口にちょうど良い大きさに切られたクリームが付いたケーキが運ばれている所だった。


「…うそだろう」


彼ののど元をケーキが咀嚼されていくのを何とも言えない気持ちで、眺めてしまう。


「食べないのですか?」


こちらの動揺も知らないで、本当にこいつは。


「食べる!」


少し赤くなった顔を隠すように大きな動作で、目の前のタルトにフォークを刺す。


「レオンは甘い物好きですよね」


ニコリとほほ笑みながらアルが言う。


「お前ほどじゃねぇよ」


時々アルは、休日に姿を消したかと思うと次の日には美味しそうな手作りケーキを携えて仕事終わりに俺の部屋に顔を出す。


最初は、アルの彼女が作ったのかと思いきや、アル自身が作ったのだと聞いて驚いた。

お菓子作りが趣味なのだそうだ。


「ここのケーキやタルトも旨いが、俺はお前の作ってくるお菓子の方が好きだなぁ」


アルの手作りお菓子の味を思いだし呟くと、そうですか?と本当に嬉しそうに目を輝かせる。

通常、ずっとほほ笑んでいる様に見えるアルだが、その実目が笑っていない時の方が多い。

そんなアルの本当の笑顔は破壊力が凄まじく、落ち着け、俺。と心の中で何度も呟くも口がにやけてしまうのを隠せない。


俺が死ぬ。


にやける顔を戻すため、目の前のタルトに集中していたら、さて、本題に入りましょうか。とアルが一枚の紙をテーブルの上に広げた。


手書きの本館と別館の見取図だ。


生憎、自由に行き来出来る本館と違い、一部の者しか入れないエリアのある別館は空欄も目立つ。


本館の建物自体がおかしいとアルが言い出してから何か月か過ぎているが、見取り図自体を埋めるのに、そんなに時間はいらなかった。


2階、3階と計測を進めるに辺り、上の階に行くにつれて空白の場所があることが解る。

外から数える窓の数と中の窓の数が違うのも、そのことを裏付けている。


別館に至っては空調の特殊さから、地下があるに違いないということまで解ってはいるが、そこから先は危険が付きまとう。

途中までは、館の謎が楽しくて積極的に計測を手伝っていた俺だったが、見取り図が埋まっていくにつれ、不安が増していった。


不思議なんです。

建築に興味がありまして。

面白そうですよね。


などという興味本位の枠を超えた調査が必要になってくる事は明白だ。


そして、それを暴いた所で、その他の何を暴こうとしているのか。


くるくる働く、俺が居なくならないでくれと遠くから願っていたメイドも、雪が降り始めた頃には姿を見せなくなっていた。


本部への報告はしているのものの、未だ静観せよとの命令でどうでも良くなってきたというのも本心だ。


見取図の制作には携わったものの、その後はそんな事情もありその話題になると話を逸らし、ここ何か月かはのらりくらりとかわしてきた。

アルは一人でも何かをしている様子だったが、何人かのメイドがいなくなった事を報告するも、一辺倒の返答しかしない本部にうんざりしていた俺は、アルに声を掛けるでもなく手伝うでもなく傍観を決め込んでいた。


分かっていた。本当は。

最初に彼を見た時から。

彼は、この館の悪事を暴きに来た使者だということを。

じゃなければ、この男の不自然さはあり得ない。


俺だってそうだ。

俺だってそうだったはずだ。

俺だって、この館で起こっているだろう事件を調査する為に派遣されたはずだった。

だけど、仕方がないじゃないか。


本部が静観せよと言うんだから。


仕方がないじゃないか。

俺が動いた所で一人で何が出来る。

それに、本部には報告をキチンとしている。


それに、本部は静観せよと。

俺は命令に従っているだけだ。


目の前で何人かが居なくなっていたとしても、事件とは限らない。

そうだ。

ここの仕事が嫌で辞めただけと言うことだってあり得る。


短期間に、しかも同時に二人もいなくなるなんて事がるのかともう一人の俺が言うが、そういうことだってきっとある。


何度も言い訳を繰り返し二人で会う時間も少しずつ苦しくなってきていたある日、アルが俺に魔法のお菓子を手渡してきた。


綺麗な手の中に収められたそれは、透明な袋の中に入っている俺が今まで見たこともないお菓子で、まるで宝石がそこにあるのではないか。と、目を一瞬疑ったほどだ。


「このお菓子には、魔法がかけられています」


彼はそういうと透明な袋から、キラキラと輝きを放つそれらを何粒か手のひらに出す。

白い手袋の中に落ちた、そのお菓子は本当に宝石の様だ。

雪解けのピンとはった気分が引き締まる空気の中、彼は


「この魔法は特別なんです」


と、誰がいるでもない、二人きりの屋上で囁くように俺の耳に口を近づけ囁いた。


宝石のお菓子の魔法の効果を説明した後、さらに彼は俺につぶやいた。


「レオンに私の勇気と幸運を、差し上げます。あなたは一人ではない。私が必ず貴方を守ります。ですから私にも、あなたの少しの勇気と幸運をくださいませんか」


全てを知っている顔をして、あの時アルは俺に魔法をかけた。

そうして、アルに貰った、その宝石の様な魔法のお菓子を口の中に入れた瞬間、嘘の様に俺の中の心がはじけた。

色を失った景色が滲み、色彩が戻ってきた気がした…。



だからと言って、俺、あの時、恋の魔法にかかった訳じゃねえよな?

ねえよなぁ??


久しぶりに見た満面のアルの笑顔を直視できず、上の空でアルの説明を聞いていた俺はアルの形の良い指でおでこを指されたのだった。


やべぇ、もう、それですら嬉しくなっている俺がいるんだが、これは魔法のせいであって本当の俺は違う…はず。

おでこを指でぐりぐりとされた所を撫でながら、すまんと呟き、アルの話に耳を傾けたのだった。


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