のうりょうさがし
ミーンミンミンミンミーン、ミーンミンミンミンミーン。
蝉が啼く。命燃やすように懸命に啼く。それは夏の終わり。彼らにとっての命の終わり。
例年より、夏が色濃く残る、夏休みの終わり。神社の境内、そこにある樹齢数百年と謂われる杉の古木。その根元に、一人の幼女がその背にもたれかかるように尻を下ろして足を延ばし開き、座っている。それは、羞恥の無さの故、人気の無さの故、日々上昇し続ける気温の故。木陰の下、スカアトを舞わせ、風を呼び込ませる。
バサバサバサ、バサバサバサ、バッ、バサッ。……。
無駄と諦念し、幼女はその手を止め、
「こんな"のうりょう"じゃ、あづい"よぉ……」
蓄積した疲れと共に、背をもたげる。
幼女は、その年の盆の頃、その言葉を知った。平仮名表記"のうりょう"、漢字表記"納涼"。幼なながらも聡い幼女は、漢字表記は憶えられずとも、その言葉の意味を心象として把握した。
風鈴に、団扇。要するに、暑さを解決するのでなく、やり過ごす、緩和する術。ごまかしの術。拠って納涼ではない。
かき氷。一時的に口から、体内を冷やす。しかしそれは一時鎬ぎ。暑さを解消できはしない。拠って納涼。
水浴。零れることも構わず水を注がれ続ける、ステンレススティルの立方の浴槽。そこに漬ける熱を帯びた躰。一糸纏わぬ、暑さからの逃避遂行。拠って納涼ではない。
幼女はそのように、自らの感覚で納涼候補を体感し、仕分けていた。
「……ぅぅ、……っ、ん? ふぅあぁぁあ」
幼女は目を覚ます。
いつの間にか眠りに落ちていたらしい。そして、其処は、神社の境内の老樹の根元であった。途中から、夢であった、ということである。
その夢のお蔭で涼しい気分を引っ張りつつ、幼女はのそりと立ち上がる。そして、肌に感じる不快感に、夢の余韻は掻き消される。
幼女の体は汗で塗れ、身に纏う衣を肌に張り付かせているのだから。
「あぁぁ、ベトベトぉ……。あっ、そうだぁ!」
幼女は木陰から出て走り出し、階段を駆け下りる。夢で見た、納涼ではないが、不快は除くことが可能な手段、水浴。
境内を出て、近くの河原へと駆けて征く。
「はぁ、はぁ、はぁ、頭いだいよぉ……。けど、ついた! "のうりょう"じゃないけど、これですっきり!」
ザバァァンンンン!
全身が漬かる程には深く、立てば幼女の顔が沈まぬ程には河原は深く浅く、流されることなど無い程に穏やかである。
幼女以外、其処には誰も居らず、
「きもちいぃ~。"のうりょう"じゃないけど」
全裸になってぷかぷか浮かぶ。仰向けに。
頭の痛みも和らいで、体も芯から冷え切った頃、ぷるっとくる寒気と尿意を催した幼女は、そのまま、すぅぅっと脱力した。
河原から上がった全裸の幼女は、自分以外誰もいない河原の石の上を、風切りくるくる走り回る。
「つめたあったか、きもちぃぃ。"のうりょう"じゃないけど、……、ん? "のうりょう"? やっぱりちがうかも」
と、浴びた水は気化させたが、汗によって幼女の体はまた仄かに湿り出す。
「あれぇ、もう、おそらがあかいろぉ。あれぇ、あたしも?」
と、疑問を感じつつ、服を纏い、
「おうちにかえりましょ~」
再び風を切って、駆け出した。
そうして家に帰り着いて、水浴でなく湯浴して、自身の体にヒリヒリを感じるのだった。
「いたぁい……。あれぇ?」
そして、それを聞いていた母親は、風呂上がりの半裸の幼女に、嚢入りの氷を手渡すのだった。
「いたぁい……けど、きもちぃ~。"のうりょう"?」
それを抱き抱えながらそう言う幼女を見て、母親は微笑んだ。