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鳥かごの鍵  作者: 多景千紗
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無邪気な瞳


「おっせーなぁ。」

隣でくくっと笑う声がする。

店主の男はフェルを馬鹿にしたように見た。

「女の着替えは時間のかかるもんだぜ。そうせかせかすんなや。」

「いや、あれそんな時間かかる服か?」

もうソフィアがあの部屋に入ってから、半刻以上過ぎている。

さすがに、何かあったのではと不安になってきた。

「心配すんなって。何かあったなら、うちのあの嬢さんの着替え手伝ってるはずの家内が飛んでくるから。」

心を読んだように男が言った。

「ほら、茶でも飲んどけって。美味いぞ。」

ふん、とフェルは鼻を鳴らして、コップの中の薄い赤色の液体を飲み干した。

「それにしても、あの嬢さんは見るからにそうだが、あんたもだとはなぁ。」

フェルはちらりと男の方を見る。

「隠しきれてないぞ。それ飲んだ時とか、所作が俺らみたいな庶民と全く違う。」

「俺らみたいな、とはよく言う。あんたこそ、何者だ。これで庶民と違うと見分けられるのは、貴族しかいない。」

くくっと楽しそうに笑う男をフェルは不愉快そうに睨んだ。

「元、だよ。今は立派な庶民だ。意外とこの街には俺みたいなやつは多いぞ。十年前に結構城から降ろされた。」

あんたは違うみたいだな、と男は呟いた。

てっきりそうなのかと思って話しかけてしまったのだか、違うようだ。

あまり、城から降ろされたものはこの街の中では歓迎されない。

降ろされたということは、何か問題があったということなのだから当然といえば当然だが。

貴族であったことを隠さなければこの街でうまくやっていけない。

だからこそ、所作などには細心の注意を払っているのだ。

フェルは男に詳しく話を聞こうと口を開いたが、その前に奥の部屋の扉が開いた。

「遅くなりました。ごめんなさい。」

何故か疲労困憊の様子で出てきたソフィアは先ほど買ったドレスを着ていた。

この時期らしい春の草花の柄が刺繍された、ふんわりとしたドレス。

紺色は野暮ったく地味に見えるかと思われたが、ソフィアの琥珀色の瞳と髪に良く合っていた。

「うん、良いんじゃないか? 可愛い。なんか街に一人で歩いてたらすぐ悪い奴に、目つけられそーだな。」

爽やかに笑うフェルに、ソフィアは困った顔をした。

「ありがとう。けれど、悪い奴に目をつけられるほど、お金を持っているようには見えないでしょう?」

フェルは思わず頭を押さえた。

隣で店主が爆笑している。

「なるほど!こりゃあ色々大変だ。」

ソフィアは首を傾げた。

何か変なことを言っただろうか。

「あぁ、なんでもねー。気にすんな。」

「そう。あ、そうだ。さっき、もともと着ていたドレス現金で交換して下さるらしいから、フェルはお金を返してもらって。」

ソフィアの着替えを手伝っていた女が、「女の服を買ってやるなんて下心があるとしか思えないね。」と呟いた。

フェルは顔が引きつった。酷い言われようだ。

それでもフェルにも男の意地がある。

「もう買ったんだからいーだろ。一度出したものを返せなんて言えない。」

「じゃあ、私がフェルに払う。いくらだったの?」

フェルは口を閉ざした。

すると、ソフィアは店の店主の方へ近づき、同じ質問をしている。

男は笑った。

「お嬢さんは折れる気配がないぞ?にーちゃん、あんたが折れてくれた方が長引かないだろうな。」

はあ、と深く溜め息をついて男に小さな袋を投げつける。

「それに、入れといてくれ。」

ソフィアはそれを見て、自分のドレスと交換でもらった金を店主に渡す。

ふふ、とソフィアはフェルに近づいた。

「助けてもらったり、宿のお金とかもあるでしょう。借りっぱなしは嫌だもの。」

フェルは固まった。

無邪気な笑顔。

愛想笑いは何度か見たが、ソフィアがちゃんと笑ったのはこれが初めてだった。

(これは…想像以上に…。)

フェルは口を押さえて、ソフィアから目をそらす。

頬が少し赤く染まったのを、目敏く店主が見つけて、ニヤニヤしているのが見えた。

「どうかしたの?」

フェルの心中を知るはずもなく、ソフィアが覗き込んでくる。

「なんでもねーから…。」

離れて欲しい。近すぎる。

フェルはソフィアの肩を掴んで後ろに引いた。

フェルは冷静を取り戻すために、深呼吸をした。

(我ながら、情けない…。)

これぐらいで動揺するなんて。

けれども、仕方ないことではあった。

フェルの周りには今まで、こういった人間はいなかった。いや、いる人の方が少ないだろう。

琥珀色の無邪気で透明に澄んだ瞳。

そんなものは、何も知らない子供だけが持っているはずのものだ。

しかし、フェルと二歳しか変わらないはずの少女はそれを持っていた。

まるで、穢れを知らぬ幼な子のようなーー。

「フェル?」

はっと我にかえる。

「ああ、うん。大丈夫だ。なに?」

「なに?って…。本当に大丈夫?」

その様子に、店主は笑いながら手を振った。

「大丈夫だよ、嬢さん。目の前の可愛いものに見惚れてただけだ。」

ソフィアは首を傾げた。見惚れるほど可愛いものなんてここにあっただろうか。

周りを見回してから、フェルに視線を戻す。



…何故か、無駄に爽やかな笑顔のフェルと腰を折って悶絶している店主の姿があった。





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