食卓にて
ソフィアが今理解している彼の情報は三つ。
一つ、珍しい漆黒の髪と同色の瞳を持ち、旅人の服装をしている。
二つ、フェヴリードという名前でフェルが愛称。
三つ、飄々とした雰囲気で何を考えているのか全く読めない。
フェルは、ソフィアにとっての常識から大きく外れた人間だった。
どうして、こんな数分前まで知りもしなかった男と向かい合って椅子に座っているのか。
しかも、目の前には先ほどのパン。そして暖かいミルクが少しだけ置かれている。
いつも単調な生活を送っていたソフィアにとっては色々と目まぐるしすぎる。
とりあえず、落ち着くためにミルクに口をつけた。
城のスープや飲み物と比べるとあまりにも質素なものだったが、それでもやはり、暖かいそれはソフィアの緊張や不安で固まった身体をいくらかは、ほぐしてくれた。
さて、とフェルが口を開く。
「えーと…まずは、そーだな…なんであんなとこで倒れてたんだ?」
ソフィアは何も質問に答えられる言葉を持っていない。
フェルは頭を掻いた。
「あー、ま、無理に言わなくてもいーよ。この辺うろちょろしてたら、姫さん見っけてこのままじゃ風邪ひくなーと思ったから、俺が勝手にここに連れてきただけだしね。」
「ありがとうございます…。」
確かにあんなところで寝ていたら、ソフィアなら風邪どころじゃなく、重病になっていたかもしれない。
「そんなかしこまらないでいこーぜ。そんなに歳も変わらないだろうし。ふふん、当てよーか。ずばり十七歳だろ!」
びしっと指を指して、どうだという目で見られる。
何故か少し申し訳ない気分になりながら首を振った。
「もうすぐそうだけど、今はまだ十六歳です。」
「えー、俺初めて外した!そうか。十六歳ねー。俺の二つ年下だな。俺は十八歳なんだ。」
「そうなのですか。」
そう言う以外にどうすればいいというのか。
しかし、フェルはお気に召さなかったらしい。
「です、ます禁止!はい、『そうなんだ』って言ってみて。」
ソフィアは思わず呆れた。
目上の人や年上にに敬意を持って話すために敬語はあるのではないのか。
「そーなんだ!。」
続けて、とフェルはこちらを見る。
ソフィアが言うまで、フェルは動きそうになかった。
仕方がない。しぶしぶ、ソフィアは口を開いた。
「…そうなんだ。」
なんとなく恥ずかしくなって俯いた。
フェルを見ると満足そうに笑っているのだから、腹が立つ。
「フェルはここから遠くに住んでいるの?」
しかし、丁寧にしてまた面倒臭さくなるのも嫌だったため、おとなしく従う。
もしも、ここの近くに住んでいるのだとすればこんな宿に泊まるようなことはしないのではないかと思い、尋ねてみた。
「まぁね。」
相変わらず笑顔のままのフェルだが、返答はそれだけ。
ソフィアは不思議に思った。
この男ならどこに住んでいて、どんな風なところなのか、など細かく教えてくれるのだろうと勝手に考えていたのだ。
それが顔に出ていたのか、フェルはおどけたように、「家出中なんだ。」と言った。
「ご家族が心配されているのではないの?」
フェルは微笑んだ。
ソフィアの問いに答えを返すことは、できない。
「優しーな。でも、そう言う姫さんこそどーなんだ?」
固まる。
相変わらずフェルは微笑んだままだが、その言葉はそれ以上踏み込むことを許さないという警告にも似ていた。
話をうまく逸らされたのはわかったが、ソフィアは結局何も言えなかった。
ーー聞かれても何も答えられない。
その点で、ソフィアも彼と何も変わらないのだから。
「…ごめんなさい。」
俯くソフィアにフェルは首を振る。
「いや、俺が意地の悪い言い方をした。無理に言わなくていいって言ったのは俺なんだから、謝らないでくれ。悪かった。ちょっと訳ありなんだ。」
そう言って笑う。
ソフィアは私も、と小さく呟いた。
「…私も、家出中なの。これからどこに行こうか悩んでいて…。」
まさかソフィアが自分から自身のことを話すとは思っていなかったのか、少し驚いた顔をする。
「へぇ、じゃあ俺と一緒だな!実は俺も行くところ決めてない。」
あっけらかんと笑うフェルを見ていると、これからどうするかで悩んでいた自分がなんだか馬鹿らしくなった。
「そーだ!どうせなら、しばらく一緒に行動しないか?嫌になったらすぐに別れればいいし。一人旅も良いけど、やっぱ女の子がいた方が俺の気分的にさぁ。」
ソフィアは啞然とし、フェルの何を考えているのか分からない目を見た。
(信用はできないけれど、それ以上に私は外のことを知らない。)
そんな自分が一人で歩いていたら危険だろうという程度のことは、ソフィアにも分かっていた。
きっとしばらくこの男と一緒にいた方が警戒する相手を絞れていいだろう。
少し迷ってから頷いたソフィアを見てフェルは爽やかに笑った。
そうして、ソフィアの顔にぶつけたのと同じ種類のパンを頬張る。
その食べ方が何故かとても美味しそうに見えて、ソフィアも同じように頬張ったのだが、硬すぎて噛みきれず、諦めて少しずつ食べた。
フェルについて知ったこと。
一つ、珍しい漆黒の髪と同色の瞳を持ち、旅人の服装をしている。
二つ、フェヴリードという名前でフェルが愛称。
三つ、飄々とした雰囲気で何を考えているのか全く読めない。
四つ、顎の力が異常に強い。
ソフィアは目の前のパンを悔しそうに睨んだ。