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鳥かごの鍵  作者: 多景千紗
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怖いもの

更新遅くなりました!


窓から差し込む橙色の光に包まれて、ソフィアはうっすらと目を開く。

「眠い…。」

しかし、うとうとという、心地よい眠気は無情にも、布団を強引に捲り奪うというフェルの暴挙によって、吹き飛ばされることになった。

「…な、なに?ふぇ、フェル?」

「これからは、何事もテキパキとな。朝は6時に起きる。これ、ルールにするから。」

6時という単語に驚愕する。城にいた頃のソフィアの起床時刻のほぼ4時間前といっていい。

「っ…無理!」

「無理じゃない。ほらほら起きた起きた。朝ご飯食べて、朝は荷造り、昼から稽古な。」

ソフィアは、にっこりと笑うフェルに慄いた。稽古(・・)。ああ、とても嫌な響きである。


身体を少し動かしただけで、節々が軋む。ソフィアは柔らかな朝の光を浴びながら、布団の中で昨日の恐怖を思い出した。


「しばらくは、剣は触らせない。ロランにはまず、身体の動かし方から始めてもらう。」

容赦しねーから、と言ったフェルはまさに有言実行の男だった。

転んでも決して手を貸さず、日が暮れるまでひたすら走り続けた足の裏には、いくつもの豆ができていた。

痛いと泣きつこうものなら、足の裏の豆を潰され、「潰して硬くなれば痛くないって。」などとのたまった。


ぶるりと、悪夢のような現実に震えるが、自分でやると言った手前、やめたいなどとも言えない。

睡眠不足だけが理由ではないだろう頭痛に頭を抱えていると、フェルがニヤリと笑った。

「今ちゃんと動けるようになっておかないと、剣を扱うなんてできっこないからな?そんで、動けるようになるための一番手っ取り早い方法は、一回身体を壊れるんじゃないかと思うほど痛めつけることだから、辛いのは仕方ない。」

つまり、自分は昨日、壊れるんじゃないかというほど身体を痛めつけられたということか。

そして、それを今日もするということか。

ソフィアは目の前が真っ暗になる気がした。

「おーい、いつまで寝台の上にいるつもりだ。はやく起きて着替える。時間は有限なんだからなー。」

ソフィアは暗澹たる面持ちで、のそのそと寝台から這い出て、まずはフェルを部屋から追い出すことからはじめた。





ソフィアは朝から頭を悩ませることになった。その理由は、目の前のパンである。

硬い硬いパン。お金の問題で他のものを買いたくないのか、あるいは、まさかとは思うがこのパンが好きなのか。

フェルの思考は全くもってソフィアには読めない。

もしかすると、ソフィアがいつまでこれで我慢できるのかを試しているのかもしれない。

いや、そうだとしたら性格が悪すぎるだろう。さすがのフェルでもそれは無いと思いたいが、昨日の稽古を思い出し項垂れた。

「……有り得る。」

「何が?」

「な、なんでもない。」

試されているのだとしたら、「これって何かの試練?」などと聞くのは論外だ。

ソフィアは誤魔化すようにパンを苦戦しながら胃に詰め込んだ。

「買い物行くか。」

「…え、何?」

あまりにも唐突だったためにソフィアは一瞬何をフェルが何を言ったのか聞き取れなかった。

「…いやー、そーいえば荷造りしようにも、荷物が無いなと。特にロランのね。」

首を傾げる。必要最低限でいいのではないだろうか。

「今の荷物じゃ駄目なの?」

「さすがに、国を渡ろうっていうのにこの軽装じゃキツい。それにロランの男物の服とか剣も用意しなきゃいけねーし。」

ソフィアが昨日や今日着ている服はフェルの服をなんとかソフィアが着れるように改良したものだった。フェルの服をそのまま着るには体格差があり過ぎたのだ。

フェルはパンを水で流し込み、席を立った。

「あー美味かった。飯もまた買いにいかねーと。」

驚愕の言葉である。

このあり得ないほど硬く、パサパサとした味気のないパンを、まさか美味いと言うとは。

そのせいで、フェルの言う『飯』が一体何になるのか不安になってきた。

もしかすると、またこのパンなのだろうか。

(それだけは阻止しないと…。)

「食べ終わったら、声かけろー。ちょっと用意してくるから。あと、この前店の店主が言ってた『鍵屋』にも行くから、そこの鳥も持ってこいよ。」

ソフィアは、はっとして鳥かごを見る。

青い小鳥はすやすやと心地よさげに眠っていた。

(…やっと君を自由にしてあげられるかな。)

フェルが、たとえどれ程ずれた味覚や感覚を持っていたとしても、ソフィアの大事なものに気をかけてくれる優しさは変わらない。



ソフィアは心の中で、フェルの嫌がらせを疑ったことを、少しだけ、反省した。








街は、変わらずに活気が溢れている。

こっちだ、とフェルに手を引かれて、この前の個店の並ぶ道をずっと歩くと露店が多く建ち並ぶ道に出た。


「へい、らっしゃい!このフザルメティは美容に良いよ〜、肌がすべすべになる!一杯飲んでってよ!」

「やあやあ、そこの人。観光客かい?じゃあマニャパンは食べたことない?いやいや、勿体無い!これ食べとかないと、ウォゼルに来たとは言えないよー?」

「この万能薬は本当に何の病でも治せるんだヨネ!今ならなんと、5000ウォンなんだヨネ!」


「すごいね…。」

「まぁなー。ここら辺は観光客をひくための入り口だからなぁ。」

道を歩くごとに雰囲気が変わっていく。

多くの露店の店員や店主が声を張り上げ、一人でも多くの客を取ろうと争っていた。笑顔で客の顔を見て接客しているはずなのに、隣近所の店の店主との間に火花が見えるようだ。

ソフィアとしては先ほどから聞こえてくる万能薬が気になるところだ。

本当に全ての病が治るのならば、是非ともこの筋肉痛やら、豆やら擦り傷やらを治して欲しい。

「行くぞー。」

フェルがまた手をひく。

万能薬に後ろ髪を引かれる思いがして、思わずフェルの手を逆に引っ張ってしまう。

「ははは。そんな未練タラタラの顔すんなって。どーせ、ロランが欲しいのはあの万能薬とか言ってるやつだろ?」

どうしてばれたのか。

「ロランはほんと、顔に出やすいからなぁ。」

「失礼な!そんなことない。」

「いやいや、よく言うよ。まあ、傷薬は買ってもいーけど、アレはナシ。どー見ても怪しさ満載だから。それに、もうちょい奥じゃないと本当に良い商品は売ってないからな。」

もうちょい見る目を養え、とフェルはソフィアの頭をわしゃわしゃとかき混ぜた。

「っ…いっ……もうっ何してくれるの!髪がボサボサになってしまったじゃない。」

「はは!ほら、言葉使い。」

むぅ、と口を尖らせる。

「こんな、意地悪ばっかりしてたら、彼女なんか一生できないんだからな!」

男言葉で、精一杯の嫌味を言ってやると、フェルは歩いていた足を止め、顔を背けた。

「フェル?」

背中がぷるぷる震えている。

言い過ぎたのか、とソフィアが謝ろうとした瞬間、フェルは唐突にぶふっと吹き出した。

「あっはっは!やベー!意地悪って!嫌味にすらなってねーし!」

笑い続けるフェルをジト目で睨む。

しかし、身長差のために、下から見上げることになって、いまいち迫力が足りない。

悪い悪いと、全く反省してない様子でそれを見たフェルはもう一度勢いよく顔を背けた。

思わず手で口を押さえる。

「…………無自覚怖えぇー……。」

ソフィア本人は気づくどころか、意識すらしていなかったが、今の表情はなかなかの攻撃だった。

怒りか恥ずかしさか、少しだけ潤んだ瞳と薄く染まった頬。尖った小さな唇。極め付けに、上目遣い。

まさに、会心の一撃を喰らった気分だ。

「何?フェル?」

ソフィアからすれば、また笑っているようしか見えない。

「なんて言ったの。というか、今私の顔見て笑った?笑ったよね。ねぇ。」

背けていた方へ回り込んで顔を近づけてきて、ぎょっとする。

今やソフィアの手はフェルの胸の位置に置かれていて、端から見れば、ソフィアがフェルに迫っているような体勢だ。

笑われたと思っているからか、若干切れ気味で先ほどよりも瞳は潤み、頬は赤く染まっている。

フェルは思わず、柔らかそうな頬に触れる。

唇へと視線が流れ、その感触も確かめてみたいという衝動に駆られーーー。


ソフィアの顔を鷲掴みして、べりっと自分の身体から引き剥がした。

「はいはい、ロランの言う通り笑ったよ。だから、その顔やめたやめた。俺の心臓が爆発するぐらい面白いから。」

一体、心臓が爆発するほど面白い顔ってどんなだ。

顔を鷲掴みされたソフィアは、怒りを一瞬だけ忘れて、真剣に考えてしまった。

「ほら、お詫びにこれでなんか買ってきて良いから。俺はここで見守っとく。」

その言葉に思わず笑う。

「見守るってなんかおかしい。フェルもわ…俺のこと言えないよね。」

まあ、お詫びというなら、貰っておこう。

決して、あの万能薬欲しさに許したわけじゃない。……決して。






嬉しさを隠しきれないように、駆けていく後ろ姿を見ながら、フェルはへたり込んだ。

「………何してんだ、俺は。」


熱い自分の顔の熱を逃がすように、大きくため息を吐いた。








時間を空けて書くと主人公が、ぶれる……。怖いです。

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