~ ライバル ~
「あれ?ヴィーザ。何してるの?」
テュリは研究室に入るとムーンライトを手に、コンタクトを取っていたヴィーザに尋ねた。
「え?ああ、ちょっとサヴァンと実験したい事が有ってね」
「実験?」
「ええ、そうなんです。ヴィーザの魔術とこの剣の力を融合できないかって」
そう言いながらもメモを片手に、サヴァンはあれこれと指示を出していた。
この<魔剣ムーンライト>はその持つ者の能力によって様々な力を現す。
今剣を手にしているヴィーザの場合、相手の“力”を奪い取る効果を付随させている。
だが更にヴィーザの魔法を宿し、相手の弱点に合わせた攻撃性を持たせる事が出来ないだろうか。
そんな何気ない思い付きに、二人は先ほどから試行錯誤を重ねていた。
「へぇ、面白そうね」
テュリはそう言うと研究の邪魔にならないよう、何時ものように椅子を部屋の隅へ持って行き、腰掛けた。
そして興味深げに二人を眺めていた。
ヴィーザはサヴァンとあれこれ相談しながら、ムーンライトに語りかける。
時折、困ったような笑い顔をするヴィーザ。
また”彼女”が彼に何か言っているのだろうか?
テュリは思わず剣に嫉妬するのを覚える。
「ねぇ、ヴィーザ」
「ん?」
「ムーンライトと何を話しているの?」
「何って…。私の力の伝わり方とか、どうやったら上手くお互いの力を合わせられるか、とかだよ」
「そうなんだ」
そして剣を見つめるテュリは何か思いついたようだ。
「ヴィーザ、お願いがあるんだけど」
実験が一段落つき、ムーンライトを仕舞おうとしたヴィーザにテュリが話し掛けた。
「お願いって、何?」
「私もムーンライトとお話させて貰いたいの」
「この剣とかい?」
頷くテュリにヴィーザは快く応じ、手にした剣を刃先に気を付けながらテュリに渡した。
「…そう。気持ちを剣に向けて……」
「こう?」
「うん。初めてだから、眼を閉じた方が精神集中が出来ると思うよ」
「分ったわ」
そっと目を閉じるとテュリは心の声で呼びかけた。
(ムーンライト。ムーンライト!居るんでしょ?)
ここは一つ話を付けておかないと!
意気込むテュリ。
『……?あれ?ヴィーザじゃないの?』
(ええ、違うわ。ちょっと交代して貰ったの)
『えーっと。確か貴女は”テュリ”だったかしら?』
クスリと“微笑う”のが判った。
そして同時に戦士然とした、凛々しい女性のイメージがテュリの意識に流れ込んでくる。
(こ、これは?)
『ふふふ。私の物質化した印象』
面白そうにムーンライトが答える。
『人型になったらこんな感じかな?』
(ええ!?ムーンライトって、こんなに美人なの?)
意識に映し出されるその姿は、きりりと意志の強そうな眉がスッと伸び、笑うとさぞかし魅力的な輝きを放つだろうと思われた。
私負けてるかも?
そんな思いをムーンライトに悟られぬよう、テュリはそっと溜息を吐いた。
『あはは、信じた?それ、うっそ~~~!』
(はぁ!?ウソッ!?あ、あのね!)
どう云うつもりなのか?
テュリは怒りの念を手から剣に伝える。
『だってテュリったら私をライバル視してるんだもの』
(え?)
『もう、最初からバレバレよ』
テュリは“ヴィーザに手を出すな”と言う為に勢い込んでコンタクトしたのだが、このムーンライトの先制攻撃に毒気を抜かれた。
『心配しなくても、意識だけの私は如何ともできないわよ』
その台詞の中に溜息らしき吐息も感じられる。
(そう……なの?)
テュリは半信半疑で尋ねた。
『ええ。しかも最近では殆ど手にしてもらえないし…』
何気なく言ったムーンライトの言葉に、一抹の寂寥感が漂う。
(そうよね。彼、今は殆ど研究してるものね)
テュリもムーンライトに同意する。
旅をしている時と違い、今のヴィーザに剣は必要なかった。
よって剣を携える事も抜く事も、近頃では滅多にはしない。
そして剣としてのプライドの高いムーンライトは『まだ宝飾剣、飾り物として扱われないだけマシかな?』と小さく笑った。
自分はいつでもヴィーザの声を聞き、話すことが出来る。
しかし、ムーンライトは持ち手が意識して話し掛けないと、表層面に出ては来れない。
それが魔剣の定めだとしても、同じ“ヴィーザがお気に入り”としてちょっと可哀相になってしまう。
なら少しの間だけ彼とお話するくらい良いかな。
テュリはそう思い、何時の間にかムーンライトをライバル視する事を止めていた。
(でもムーンライトォ、これはちょっと美化しすぎよ!)
沈み込みそうな剣の意識を引き上げようと、テュリは明るく茶化す。
『え~?そうかな~?丁度いい感じなんだけどな。イメージピッタリで…』
一体誰がモデルなの?と(くっくっく)と笑いながら、テュリは何時しかこの剣が好きになっていた。
『うーん、このイメージ。実はヴィーザの深層意識と接触した時に、ちらっと流れてきた映像なのよね』
(えっ?それ本当??)
『これはウソじゃないわよ?』
そう言われ、意識に湧き上がる女性を良く見ると、どうやらヴィーザと同族に見受けられる。
彼の人の銀髪と合わせたかのような、柔らかく流曲線を描く淡い金の入ったプラチナの髪。濃い真紫の瞳。
年の頃もヴィーザと同じか、それより少し下のようだ。
(ヴィーザの意識内って事は、彼に関係ある魔族……?)
だがヴィーザやラドゥから、この様な女性が出てくる話は聞いた事が無い。
勿論テュリが見た事の無い魔族だった。
『多分ね。でも、彼は彼女を”封印”しているらしくって、見たのは後にも先にも一回きりだったわ』
テュリは文句を言ってやろうと思いムーンライトとコンタクトを取ったのだが、思いもしない展開に戸惑っていた。
一体この女性はヴィーザにとって、どういった関係が有るのか?
心の奥に閉じ込めてしまい、思い出す事さえしない、あるいは出来ないこの魔族は……!?
「テュリ?テュリ?どうしたの?」
剣を手に考え込んだテュリに、ヴィーザは何かあったのかと心配そうに声を掛けた。
「あ……?な、何でもないわ」
慌てて意識を剣から戻し、テュリはヴィーザに、大丈夫よと微笑みを向ける。
「そう。ならいいんだけど」
ヴィーザは返された剣を鞘に収めると「で、どうだった?何話したの?」と会話の内容を訊いて来た。
「え?何話したって…。そ、それは……」
まさか自分が嫉妬して剣と話がしたかったなど言える訳ないと、テュリは慌てる。
「女の子同士のヒミツよ」
「ヒミツ、か…」
そしてテュリは傍から見ていると驚いたり笑ったり楽しそうだったよと、ヴィーザにその時の様子を聞かされた。
「で、ヴィーザ……」
「なんだい?」
テュリは優しく微笑むその顔を見て、ムーンライトが彼の深層意識からあの魔族を垣間見た事を知らないのでは?と、ふと思いついた。
自ずから封印してしまうほどの過去。
それがどんな物かは判らないが以前、ラドゥが言い淀んだヴィーザの過去と関係あるのではないか。
ならば今、此処で訊く事は止めた方がいいのでは?
テュリはそう考えるに至った。
「……い、いえ。何でもないわ。ゴメンネ」
しどろもどろになったテュリを見て、ヴィーザは「テュリ、私に訊きたい事があったんじゃないの?」と訝った。
「あ、あの…。ムーンライトと仲良くなれたから今度また、その剣とお話させてねって言いたかったの」
「なんだ、そんな事だったの。遠慮する事ないのに…」
テュリは「何時でもいいよ」というヴィーザからの返事を聞くと、嬉しそうにニッコリと笑う。
しかしその笑顔と反対に、あの謎の女性が気になってしょうがない自分がいる事に、テュリは気付いていた。
~ ライバル ~
― Fin ―