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Dual Moon Side Story  作者: ヴィセ
3/9

~ 深き眠り/後編 ~



「大変だ!奴等がやって来たぞ!!」


 真夜中近くになり、異変を報せる鐘が村中に鳴り響く。




 ラドゥが表に出ると逃げ惑う人々に魔族、吸血鬼族が襲い掛かっていた。


 襲撃人数は5,6人と言うところだろうか。


 思わずラドゥは下級魔族を村人から引き剥がすと、顔面に一発食らわせた。 




「な、何しやがる?」


 思わぬ反撃を受け、赤い瞳がギラリと光りラドゥを睨みつけた。


 相手は殴ってきたのが同じ魔族だと知ると、「てめぇ、人間に肩入れするってか?面白れぇ!」そう言ってラドゥに掴みかかって来た。


 そうしてもみ合っているうちに仲間の一人が長の家に入っていくのが目に写る。




(しまった!ヴィーザが危ない!)


 ラドゥは慌てて相手を振り払うと、急いでヴィーザの元へ駆けつけた。


「待て!逃げるのか?臆病者の犬っころ!」


 後にそんな罵声が聞こえていたが気になどしていられなかった。






 部屋の中で眠る上級魔族=ヴィーザを見て、侵入者は初め(起きてこられたらまずいぞ)と警戒していた。


 自分達下級は魔力がなく、魔法は一切使えないが殆どの上級は魔法が使える。


 間近で浄化魔法など使われたら一溜まりもない。


 ゆっくりと歩みを進め、ベッドへと近づいていく。


 しかし、起きてこない事が判るとヴィーザの枕もとに置いてあった彼の剣を手に取る……。




「ふん。おまえ自身に恨みはないが、上級野郎は俺たちには目障りなんだよ」


 忌々しげにヴィーザを見る瞳が更に憎悪へと色濃くなった。


 そして鞘から剣を抜くと、ベッドの傍らで剣を垂直に大きく構える。




 この下級吸血鬼族達は同族である「上級魔族」と呼ばれる者たちを憎んでいた。


 陽の光を浴びると消滅してしまう自分たちと違い、太陽の下で自由に行動できる[印](闇の封印)を持つ上級魔族達を。




「悪いな……」


 憎しみと殺意を込め、静かに眠っているヴィーザの胸の中央に狙いを付けた。


「あばよ!消えちまいな!!」




「やめろっ!!」


 部屋に飛び込んだラドゥが叫んだが間に合わなかった。


 思いきり、力の限り振り下ろした鋭い切っ先が、肉と骨を切り裂く鈍い音と共にヴィーザの身体を

貫いていく……。




 それを見た瞬間、ラドゥから怒りの波動が立ち昇った。


「貴様……!!」


 激しい怒りにラドゥの全身がちりちりと総毛立つ。




「ゲッ!!人狼族!?」


 ヴィーザを刺した魔族はラドゥのその姿を見ると、報復を恐れて窓から一目散に逃げ出した。


 ラドゥを追いかけてきた魔族もその光景を見て怒鳴った。


「ヤ、ヤバイ!皆、今夜は引き上げだ!!」




 怒りに駆られた「人狼族」ほど恐ろしい物はない。


 それを良く知っている彼らは全員、慌てて村から出て行った。






「ヴィーザ!ヴィーザッ!!」


 ラドゥはヴィーザに駆け寄り、突き刺さる剣を身体から抜くと、ヴィーザを抱き起こす。


 剣は完全に身体を貫通しており、ヴィーザはかなりの深手を負っていた。


 止め処も無く流れ出る血がベッドの上に血溜まりを作る。

 

 ラドゥの腕の中にあるヴィーザの身体はピクリとも動かなかった。




(何故自分はヴィーザから離れてしまったんだ?)


 激しい自責の念にラドゥは気も狂わんばかりになった。




(このままではヴィーザは消滅してしまうしかない。いや、絶対に消させるものか!!)


 ラドゥは吸血鬼族であるヴィーザの力と、己の人狼族の生命力に賭ける事にした。


 剣を手に取るとラドゥは何の躊躇いもなく、自分の腕に勢いよく突きたてる。


「うっ……」


 痛みにラドゥの顔がゆがむ。


 満月期でない今は、いくらラドゥといえども無茶な行為だった。




(消えかけているヴィーザに比べれば……)




 ラドゥは腕から流れ落ちる血を口に含むと、そのまま口移しにヴィーザに飲ませた。


 それを二度三度と繰り返す。




(これでだめなら……)


 何時の間にか長の家に村人たちが集まり、二人を見守っていた。







 一週間後。


 長い眠りからようやくヴィーザが目を覚ます。




「お目覚めですかな?」


 長はヴィーザが起きたのを聞いて部屋にやってきた。


 ヴィーザは目覚めたばかりでまだベッドの上に座ったまま、長を迎える。




「長、この度は世話になってすまなかったね」


 漸く長い眠りから覚め、青紫の瞳に笑みを浮かべながら、ヴィーザは礼を述べる。


「いやいや、こちらこそラドゥ殿に助けていただきました。ありがとうございました」


 長はラドゥに深々と頭を下げた。


「……ラドゥ、私が眠っている間に何があったんだい?」


 ヴィーザは黙ってベッドの横に立つラドゥを見上げ尋ねる。


「ちょっとしたトラブルがあったかな?」




 しれっとした顔をしながら、ラドゥはヴィーザが眠っている間に起こった出来事を話した。


 もちろん、ラドゥはあの夜のヴィーザの身に起こったこと、それに対して取った己の行動は長を初め、村人達にも硬く口止めしてあった。




「そうだったのか。……長、私の同族が迷惑を掛けてしまった様だね」


 話を聞いてヴィーザは長に謝った。 


 前王の時代ならこういった襲撃行為は厳罰に処せる事が出来たが、現王に変わった今は、上級魔族とは言えヴィーザには襲った連中をどうすることも出来なかった。


「いいえ。ヴィーザ殿が悪いわけではありません。それにこの村には小さいですが[魔封印]もありますし……」


「ここに[魔封印]が?」


 そう言うとヴィーザは長に[魔封印]へ案内してもらい、見せてもらった。




「……これなら……できるな」


 描かれている[魔封印]が特殊なものでないと知ると、ヴィーザは笑みを浮かべる。


 そして[魔封印]に向かい、暫く何か“呪文”を口の中で呟いた。




「長、この封印の力ですが、村全体に行き渡るようにしましたよ」


 唱え終りにっこりと笑うと、ヴィーザは後で見ていた長にそう告げた。


 [魔封印]は描くことは超命族にしか出来ないが、範囲をある程度広げるにはヴィーザほどの魔力があれば十分可能だった。


「そ、それは、本当ですか?」


 突然の事で、長は信じられないと言う顔をしている。


「ええ。せめてものお詫びと、お世話になった御礼です」


 これで村を襲う魔族達に怯えず夜も安心して眠れ、そして暮らすことが出来る。


 村にとっては思いがけない、しかし嬉しい贈り物だった。







 ここへ来たときとは違い、感謝の言葉を沢山贈られながら村を後にして少し行くと、ヴィーザは立ち止まり


「ラドゥ、私に何か隠してないか?」


 と、ラドゥに詰め寄る。




「何だ?薮から棒に……?」


 ギクリとしながらも表面には出さず、ラドゥはいつも通りの声で返す。


「実は目覚めてからずっとなんだが、ここが妙に痛いんだ……」


 ヴィーザは剣で刺された場所を指しながら首を傾げている。


「こんなこと今までなかったからね」




「ははは!それは寝相が悪くてベッドから落ちたせいだ」


 からかう様にヴィーザを見ると、ラドゥはうんうんと頷く。


「……。ウソだろう?それにベッドから落ちて、何故こんな所が痛むんだ?」


 信じられない様子のヴィーザ。


 訝しげに自分の胸元を見ている。




「しかし、一度眠ってしまうと本当に何があっても起きないんだな?」


 半ばあきれた顔のラドゥの様子に、ヴィーザは不安になる。


「え?まさか眠っている間に何か悪戯した……ってラドゥに限ってそんな事はないか」


 ヴィーザは自分の言った事が可笑しくてクスクス笑い出す。




「ヴィーザ、そういえば前に比べて、だいぶん剣士らしい体つきになってきたな」


 再び歩き出すとそう言いながらヴィーザを、上から下まで眺めるようにする。


 まるで子供の成長を喜んでいるかのような眼差しだ。


「どうして解るんだい?」


 見た目では全然変わった風には見えないと、自分の事をヴィーザはそう思っていた。


「どうしてって……。来る途中に眠ってしまった君を背負ったり、ベッドから落ちた時に抱え上げたりしたからな」


 ヴィーザは眠っている間に自分の身に起こった事は、まったく知る由もなかった。




「まあ、私といる限り、何が起こっても大丈夫だから心配しなくてもいいぞ。いつでも大船に乗ったつもりで寝てしまってもいいからな」


 そう言うとラドゥは「100年毎ごとの眠り姫」に笑いかけた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ラドゥが居間に戻るとテュリが「あんな眠り方するヴィーザって初めて見たわ。彼、大丈夫なの?」と、心配そうに尋ねた。




「ああ。心配は要らないぞ、テュリ」 


 ラドゥはテュリの心配を消すように微笑んだ。


「ヴィーザは100年ごとに深く眠りに入る時期がある。ちょうど前回から100年……経つかな?」


 上を向いてラドゥは少し考え記憶を辿る。




「眠るってどの位?2,3日?」


「いや、ひと月ほどだ」


「え~!ひと月も!?」


 ラドゥの返答にテュリは大いに不満そうだった。




「私、ヴィーザを起こしてくる!」


 勢い良く椅子を蹴るようにして立ち上がり、ヴィーザが眠る部屋へと向きを変える。

 

「ははは。起こしても絶対に起きないよテュリ」


 ラドゥは起こしに行こうとするテュリを呼び止める。




「それより吸血鬼族は本来、太陽の光を浴びる事が出来ないはずなのに、ヴィーザが平気で昼間行動しているのを不思議に思った事はないか?」 


 ラドゥが立ち止まったテュリに尋ねた。


「そういえばそうよね……?[闇の一族]なのにって初めは思ってたわ」


 ラドゥに指摘され改めてテュリは気付が付いた。




「それはヴィーザが上級ハイクラスとして[印]を身体に持っているからだと聞いている」


「ハイクラス?[印]?」


 テュリは小首をかしげて、この聞きなれない言葉の意味を聞き返した。




「ヴィーザや私が、魔王を守護する為に構成されている一族に育ったのは知っているだろう?」


「ええ。聞いているけど……」


 テュリは再び座っていた椅子に腰掛けた。




「その中でも彼の一族は特殊で、普通に考えると太陽の下では行動は無理だ。しかしそれでは護衛が出来ない。そこで超命族に[印]を創ってもらい、それを身体に刻む事によって陽の光を浴びても平気になったらしい」


「へぇ。大魔法を造ったり、弱点を無くしたり、超命族に出来ない事ってないんじゃない?」


 テュリは超命族の能力のすごさに改めて驚いている。




「だがその[印]はすべての吸血鬼族に有る訳ではなく、護衛などの役につくハイクラスの者にのみ、刻むそうだ」


「それで陽の光も平気になるんだ。でも何で眠るの?」


「多分、本来と違った活動をしている為に無理が来て、深い眠りによって癒しているんじゃないか?と以前ヴィーザは言っていたが……」


「じゃあ眠るのは仕方ないのね」


 何故眠るかを納得したテュリは、ヴィーザを起こすことを諦めた。




「だが眠っている間のヴィーザは本当に無防備になってしまう。自分の身を守る事が出来ない。だから私も守るがテュリも彼を守ってやってくれないか?」


「もちろんだわ!……でも何があっても本当に起きないの?」


 引っ掻いたら痛くて起きそうなんだけどなぁ、と不穏な事を口走る。


「昔、ヴィーザが眠っている間、人間の村に世話になった事があった。しかしその村が魔族に襲われ、ヴィーザも襲われて危うく消えかけた事があった。それでも起きなかったからな」


 ラドゥは先ほど思い出したあの出来事を再び脳裏に浮かべた。 自然と険しい顔になる。




「……そんな時でも……」


 テュリは死にそうになっても起きることがないという事が、信じられない様子だ。


 だが、ラドゥの表情から冗談でなく、嘘偽りない出来事であったと見ていた。


「その時は私の“血”を飲ませて難を逃れたのだが、この事はヴィーザには内緒だぞ」


「何故ナイショなの?」


「あの性格だ。自分でどうしようの無い事でも責任を感じて落ち込まれても困るしな」


「確かにそうね」と、テュリは笑った。




「それに最悪、『君達に迷惑を掛けるくらいなら[印]を消す』とヴィーザなら言いかねんぞ……」


 ラドゥはそう言って眉間にしわを寄せる。 それさえなければ眠り続ける事もなくなるからだ。


「[印]を消す?そんな事出来るの?」


 思いがけない言葉にテュリは身を乗り出した。




「多分、超命族=サヴァンには可能だろうな」


 ラドゥは今この場には居ない仲間の顔を思い浮かべるように目を細めた。

 

「もし[印]が無くなったら、ヴィーザどうなるの……?」


 不安げな顔でテュリはラドゥの言葉を待つ。


「[闇の一族]本来の姿に戻り、少しでも太陽の光を浴びれば……消滅してしまう」


「イヤ!そんなの絶対にイヤよ!」


 テュリは「消滅」といったラドゥの言葉に衝撃を受け、今にも泣き出しそうだ。




「ははは。だからそう成らない様に、絶対にヴィーザには言わないでくれ」


 昂ぶった彼女の感情を宥めるように、柔らかな笑顔と声で、しかし強い願いを込めてラドゥは話し掛ける。


「判った。私も聞いたこと黙ってる」 


 テュリは約束する、と小さ頷く。




「そういえば、他のハイクラスの吸血鬼族ってどうやって眠っている間、身を守っているの?」


 気を取り直してテュリは質問を続けた。


「聞いた話では、普通は住んでいる屋敷に部屋を設け、見張りを立ててそこで眠るらしい。しかし旅先ではそうもいかんからな」


 向こうで静かに眠るヴィーザを見るラドゥ。




「ラドゥはずっと前からそうしてヴィーザを守ってきたのね」


 テュリは同じくヴィーザを見ながら、二人の歩いてきた長い時を想った。


「友を守るのは当たり前のことだ」


 ラドゥはなんの気負いもなく、さらりと言う。




「あ~あ。これから暫く、ヴィーザが起きてくるまで寂しいな~」


 大きくため息をつくテュリ。


「でも、寝顔も素敵だから許しちゃおーっと♪」




「深き眠り」


― FIN ―




そしてこれは オマケの話……




 ひと月後、起きてきたヴィーザにテュリが尋ねた。


「ねえ、ラドゥに聞いたんだけど[印]って何処に在るの?」


 興味津々と言った顔で、ヴィーザの全身を隈なく何かを探すように見ていた。


「えっ、え?どうしてテュリ?」


 何故か焦るヴィーザ。 視線から逃れるように後へ数歩下がっていく。




「何処に在るのか、どんな物か見せて欲しいなって思ったの」


 にっこり笑い、無邪気な様子でヴィーザに強請る。


「あー……で、でも人に見せる物でもないし……」


 あはは、と愛想笑いをしながら(第一、ちょっと格好の悪いところにあるからな……)と、情けない気持ちにもなっていた。




「ちょっとだけ見せてよ♪」


 そんなヴィーザに気づいていないのか「ね、お願い~」とテュリは益々近づいてくる。


「いや……勘弁して欲しいな……って」


 視線を反らし、ヴィーザは逃げ腰だ。




「一体、何処に在るって言うの?」


 迫るテュリ。ヴィーザの慌て振りはかえってテュリの興味を引いてしまったようだ。


「へる物じゃなし、見せてよー」


 そう言ってテュリは引き下がろうとしなかった。




「……。笑わない?」


 テュリの粘りに諦めたのか、根負けしたのか、ヴィーザが溜息混じりに約束を誓わせる。


「笑わないわよ」


 拳を握りながら真剣に答えるテュリ。


「絶対に?」


「うん。絶対に!」





。+゜☆゜+。♪。+゜☆゜+。♪。+゜☆゜+。♪。+゜☆゜+。♪。+゜☆゜+。♪。+゜☆゜+。



「キャハハハハハハ!な、なんで、そんな処にあるの~~~!あははは!!」


 小屋中にテュリの笑い声が響く。




「酷いなテュリ!笑わないって言ったから見せたのに……」


「だ、だって~~~!」


 先ほど交わした真剣な約束もどこ吹く風、テュリは大爆笑している。


「そんなに笑うことないじゃないか?」


 ヴィーザはお腹を抱え、笑い転げるテュリの横で憮然としている。




(だから人に[印]を見せるのはイヤなんだ……。肩とか腕にあればまだよかったのに……)


 ヴィーザは大きく息を吐く。




(はあ……。族長は何故こんな処に[印]を?)


 ヴィーザは自分の身体の[印]を見る度に泣きたくなった。


(それも今となっては聞けないか…………)


 がっくりと肩を落として恨めしそうに自分の[印]を見た。




 テュリを見るとまだ、ケタケタと笑い転げている。


(ホント、恨みますよ、族長~~~!!)




― おわり ―


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