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でた音は結構低かった

次の日の放課後、カケルはさっそく軽音部の部室へ行った。三上はそそくさとついてきている。そこにはすでに美琴がいた。

「こんにちは」

「チワーっす」

「ああ、こんにちは。おお、三上がこんなに早く来るとは、やるな新入部員」

「「いやいや、それほどでも」」

カケルはしょうもないことで褒められ、三上は普段は遅いという皮肉を言われた。なのに彼は照れている。

「先輩、早いですね」

「まあな、先にお前用の楽器を持ってこようかと思ったのだが、その前に来てしまったからな。一緒に観に行こう」

「あ、どうもありがとうございます。」

「ああ、うちの大事な新しいメンバーだからな。これくらいやるさ」

美琴は嬉しそうに笑う。こうしていると昨日初対面で怒鳴られたのが嘘のようだ。

「はいはい!俺も行きたいです!」

「三上、お前のキーボードはもうそこに置いてあるぞ」

そう言って美琴は目で三上を脅す。

「ワーイ、キーボードダ!ヨシ、レンシュウガンバルゾ」

なんて棒読み。美琴の力の抜けた表情の意味するところがカケルにも簡単にわかった。三上への呆れだ。

「まず指を動かせるように練習曲をやれ。次にコードを覚えろ、私たちが戻ってくるまでに練習曲を終わらせておけよ。」

「アイアイサー!」

(こいつ絶対やらないだろ)

2人ともそう思った。


「ここの楽器は今私が管理しているのだがな、その中でも私のオススメがこいつだ」

美琴は1本のベースを取り出して、黒いボディのこれぞベースと言った見た目をしている。非常にシンプルな楽器だ。

「これは私の2代前の先輩が使っていた楽器でな。まあ色々と個人的な良い方に趣味で改造が施されている。今土御門が使っているやつより私は好きかな」

「じゃあなんであいつはこれを使ってないんですか?」

「名前で呼ばないのか?」

「呼ぶなって言われたんで」

そう言うと美琴は面白そうに笑いだす。

「何笑ってるんですか」

「いや、悪い。面白くてな」

だから何が、とカケルは言いたかったが、止めておいた。この件に関してはろくな返しが来ないだろう。というか下手をするとまた質問攻めされそうだ。

「で、それは良いですけどなんでこっちを使ってないんです?」

「うん、まあ見た目が可愛くないっていうのと、ベースはプレシジョンベースが良いっていうこだわりがあるっていうことらしい」

「プレシジョン?ってなんですか?」

「ベースの種類だ、こっちはジャズベースっていう違う種類のベースなんだよ」

ふーん、とカケルは思いながらこの楽器を見つめる。確かになんの変哲もない見た目だ。その点昨日見たツボミのベースはもう少し色が派手だったし飾り気もあった。

「で、ジャズベースとプレシジョンってどう違うんですか?」

「ジャズよりプレシジョンの方が重い音がするんだ。ジャズは音の調整が効いて色々な音楽に対応できる。聴きたかったら後で土御門に聴かせてもらえ」

「わかりました」

そう言ってカケルは楽器を取ろうとした。

しかし美琴は手を引いた。

「その前に、ちょっと気になったんだが…」

「なんですか?」

「お前は、なぜこのタイミングでうちに入部を?」

「それは…」

ここでカケルの思考がとまる。

(そういえば三上がキーボードやってる理由ってモテたいからとか言っちゃったからだよな。あれ?おれは?誰かと関わりたいとかそんな理由で良いのか?友達が欲しかったとか言って大丈夫なのか?)

カケルは黙ってしまった。その様子に美琴は険しい表情をする。

「なんだ?なぜ黙る」

(ここは正直に言った方が良いのだろうか、しかし理由が思いつかない。ちょっと前から興味があったとか?それならさっさと言えばよかったよな。しかもこの人にちょっととか言っていいのかわからん。どこに地雷があるかわからない)

この不自然な沈黙に耐えられなくなった美琴はついに怒鳴る。

「あー!もうさっさと言わんか!言えるのか!言えないのか!言えない理由なら仕方ないがそうならそう言え!じゃなきゃ言え!」

カケルはそろそろ何か言わないといけないと思った。しかし適切な言葉が思いつかない。

自分の望みを思い返しながら、言葉を考えようとする。しかし思い当たったようだ。ここで自分の望みを言えないようでは多分そこまではたどり着けないと。

「思ったんですよ、この前色々あって、誰かと関わりたいって」

「関わりたい…とはどういうことだ?」

やっと口を開いたカケルの話を聞いて美琴は首を傾ける。

「誰かと仲良くなりたかったんですよ。ただそこにいるから仲良くしてるんじゃなくて、近くにいなくてもずっと忘れられない仲間みたいな」

カケルが自分の気持ちを伝えようとしたら、思っていたよりも素直に言葉が出てきた。これを言って怒られようとも、多分彼は引かないだろう。

そんな決意をしたカケルだったが、意外なことに美琴は笑い出した。

「く、ははははは!全く、お前は面白いな!」

「ちょっ!なんで笑うんですか!?」

「いやだって、中々こんなこと真剣に言うやついないぞ。中々言わなかったのはあれか?恥ずかしかったのか?案外かわいいなお前!」

「違うから!あー、言わなきゃよかった!」

カケルは顔を真っ赤にして抗議する。美琴はそれでもとても楽しそうに笑い続ける。

「ふう、まあ良いんじゃないか?」

「え?」

ひとしきり笑い終えた美琴は真面目に話し出した。

「お前が真面目にこの楽器と向き合うなら、どんな目的だろうと構わないよ」

「えっと、怒らないんですか?」

「はっ、何を言っているんだ?」

「いや、三上がモテたいからとか言ったらど叱られたとかなんとか」

「誰だ、そんな適当に話したやつ。良いか、勘違いするなよ。私が許さないのは真面目に練習しないやつだ。別に音楽が好きとか、楽器やりたくてしょうがないとかでなくてもいい。ただ音楽を舐めるやつは許さない。それだけだ」

美琴は真剣にこっちを見ていってくる。

「お前はやるんだろう」

おれはどうするか、答えは決まっている。

「もちろんやります!」

美琴は再びほほ笑む。そして楽器をカケルに手渡した。

「そうか、よし!今日からこの楽器はお前が使え、一番良いのを貸してやる!」

カケルは楽器を受け取る。

「はい、頑張ります!」

そう言って美琴に笑い返す。怒られなくて安心していたし、美琴が怖いだけの人ではないとわかったからだ。

「さて、楽器も持ったしそろそろ戻るか。私も練習したいし、早く楽器の音も聴きたいだろう」

「お、そうそう。ツボミにもあの、なんだっけプレジシャンベースとかいうのの音聴かせてもらわないと」

「プレシジョンな。というかお前今…」

「あ」

再び美琴が笑いだす。案外よく笑う人のようだ。

「ちょっと、さっきから笑いすぎですよ!」

「すまんな、どうやらお前は私の笑いのツボに入りすぎる」

そう言いながら器具庫の扉を美琴が開く。そして開いた扉から薄暗い部屋の中に光が差し込む。

「そうだ、1つ言っておくよ」

美琴はゆっくり語りだす。

「バンドは必要最低限の人数で構成されている。全員の息がぴったり合って、ようやく完成だ。だからお前の目的を達成したければ、頑張れよ!」

美琴は部屋から出ていった。自分の進む道を示して…


「ちょっと!なんでこいつがベースなんですか!私がいるじゃないですか!」

ツボミが先輩たちに抗議を始めた。

「そうですよ!なら先輩のおれに任せてください!キーボードは譲ってあげます!」

「三上、練習曲は?」

「えっとー、ドミソがCで、レファラが〜」

やっぱりやってなかったようです。

「三上は置いておくとして、お前の疑問には答えよう。田町」

「はい、これは美琴さんと話し合って決めたんだけどね、天橋くんは初心者だし、多分どの楽器が良いとかイマイチわからないんじゃないかなと思って、とりあえずベースを進めてみようと思ったんだ」

「だからなんでですか!」

ツボミは自分のパートを盗られると思うと気が気ではない様子だった。

「今のバンドメンバーは美琴さんのギター、僕のドラム、土御門さんのベースボーカル、あとは暫定的に三上くんのキーボード」

「そうですけど」

「暫定的ってなんですか?!」

三上は抗議するも美琴に口を挟まれる。

「三上、G7」

「わーい、和音楽しいな〜」

きっと彼はいつもこんな感じなのだろう。

「そこで色々考えたんだ、このままだと土御門さんの負担が大きいから天橋くんさえよければベースをやってもらおうかって」

「いや、でもせっかく練習してるし…」

「それはすまないと思ってるよ。でも元々お前はボーカルがやりたくて入ってきた。三上にベースをやらせれば解決したんだがそうできなくて、お前にベースボーカルになってもらっただろう。」

「それはそうですけど」

しかしツボミは納得がいかないようだ。いくら始めたばかりとはいえ、自分のパートを盗られるのは嫌なのだろう。

「そうだな、じゃあ続ければいい。ただカケルはベースにするし、バンドに出る時もカケルとオーディションで決める、それでいいな」

「…はい、わかりました」

ツボミはうつむきながら渋々返事をする。美琴はツボミが思ったより抵抗したので困ったような顔をしている。

「言っておくが、ボーカルの質は落とすなよ。お前はボーカルの時が一番良いからな、それを忘れるな」

美琴はそう言ってツボミの肩をたたく。その言葉を聴いてツボミは顔を上げ、美琴の顔を驚いたように見る。

「先輩…」

驚いているのはツボミはだけではないようだ。田町も三上も驚いている。

「珍しいですね、美琴さんが褒めるなんて…」

「なっ、そんなことないだろう。私だって褒める時は褒めるぞ」

「じゃあ、僕を最後に褒めたのはいつです?」

「いつだったかな〜?」

「答えは僕の初舞台の時でした!およそ2年前〜」

「な!そんなことないだろう?もっとなんかあっただろう?」

「やっぱ美琴先輩は厳しいんですね」

向こうで3人が楽しそうにガヤガヤ話し出した。

これがもしかしたらカケルが目指していた先なのかもしれない。自分のパートにプライドを持ち、苦しみ、お互いに聴き合い、息を合わせた先なのかもしれない。ツボミなんて彼らとは出会って長くないはずなのに、すでにかなり打ち解けている。

そこに空気を読まずに大音量で音を鳴らす男が現れた。突然の音に皆がおどろき、その男を見る。

「みっことセンパーイ!いまのG7!褒めて褒めてー!」

「このクソたわけ!そんな風に叩いたらキーボードが死ぬわ!あと答えるのが遅い!」

ついに美琴が切れた。やはり、真面目にやらない人には相当厳しい、そうでなくても厳しいようだが。

「今日という今日は許さんぞ!そのヘタレた根性叩きなおしてやる!」

「ひえー!相棒!助けてー!」

彼に相棒なんていないので、誰も助けにはこなかった。


帰り道、カケルは1人で歩いていた。今日は三上はいない。カケルはあのあとベースを少し齧った田町の指導で持ち方や、弾き方を指導された。ツボミには話しかけていない。敵意が強くて話しかけられなかったのだ。楽譜は音楽の授業でやったリコーダーのおかげでなんとか読めた。三上はといえば先輩2人に連れられてどこかで訓練を受けている。さっきまで騒がしかった周りから、急に人がいなくなりカケルはどこか寂しさを覚えた。ひとりトボトボと薄暗くなった空を見ながら校門をくぐり、最寄りのバス停にたどり着いた。するとそこには当然彼女がいた。

「あ」

つい声をあげ、振り向いたツボミと目が合ってしまう。とっさにお互い目をそらす。

彼女のすぐ後ろにカケルは並ぶ。しばらくの沈黙のあと、やはり、彼女から口を開いた。

「なんで来たの」

一言、美琴が聞いた時よりもっと短く、冷たかった。カケルはここでも正直に答えた。

「仲間が欲しかった、じゃダメか?」

「別に。仲間とか、子供っぽい」

「ああ、美琴先輩にも笑われたよ」

苦笑しながらカケルがそう言うと、不機嫌そうに話していたツボミは黙った。他に誰もいないベンチの両端に座る2人の会話はそこで途切れそうになった。というかいつもならそこで途切れていた。しかしカケルはそうさせなかった。

「あのさ」

話しかけるがツボミは黙ったまま目を合わせない。といってもカケルも目を見て話すのは気恥ずかしいものがある。

「これからよろしく」

そう言われツボミの顔が一瞬歪んだ。しかしそのことにカケルは気がつかない。彼女の顔を見ていられなかったから。

結局話は途切れてしまった。バスが来るまでだ。

とても長い時間バスを待っていた気がした。本当はたかだか5分だろう。きたバスにツボミが乗り込む。カケルが乗り込もうとした時、ツボミが口を開いた。

「よろしく」

カケルはきょとんとした顔でツボミを見た。ついついその足が止まる。バスの上から、ツボミはカケルを見下ろしながら続きを言った。

「絶対、負けないから」


ツボミは少しも笑顔なく。ただそう言い放った。

カケルはその迫力に押され足が動かなくなった。バスの扉が閉まる。そして一足先にツボミはカケルから離れていった。カケルは幼馴染からの強く、真っ直ぐな敵意を受け取ったあと、思った。


「また30分待ちぼうけか…」


そろそろ話を進展させていきたいなと思ってます

しかしそれは彼ら次第ということで

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