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手を伸ばして掴んだものは

ついに作詞まで

黒歴史絶賛増産中

「そうか、そこまで素人だったか」

部室に戻るとカケルは美琴に何も楽器を持ってこなかった理由を尋ねられた。正直に、楽器にろくに触れたことがないと話す。何か憎まれ口を叩かれるかと意外なことに美琴は微笑みながらいったのだ。

「え?怒ってないんですか?」

「お前は私をなんだと思っているんだ」

今度はカケルは呆れられたようにため息をつかれた。

「我が軽音楽部は初心者も大歓迎だ。ちゃんとした志をもって練習するならな」

カケルは美琴のことを怖いだけの人かと思っていたが少し認識を改めた。案外笑っている時の目つきは優しい。

「美琴さーん、我が部とか言ってるけど、部長は僕ですよ?」

「お前がしっかりしていれば今頃私は副部長なんてやっていないのだがな」

田町に精神的ダメージが入った。なにか思うところがあるのかもしれない。

「よし、いいだろう。まずはバンドの基本構成から説明してやろう」

そう言って美琴は黒板に意気揚々と文字を書く。

意外と綺麗な文字だ。

・ギター

・ボーカル

・ベース

・ドラムス

「基本はこの4つ。この4つがあれば誰が聞いてもロックバンドだと分かる演奏ができる」

「「へー」」

なぜか2つへー、という声が上がる。

するとチョークが俺の髪をかすめて飛んでいった。そして俺の後ろで誰かの悲鳴が…

「じゃあ実際に楽器の紹介をしていこう」

そう言って美琴は片手にギターを構える。

「まずは私のパート、ギターだ。まあ少しでもロックを聴いたことがあるならわかるだろう。これはエレキギター、電気を使って音を出すんだよ。主に歌の伴奏と、あと私たちの編成だとギターソロを担当している、音はこんな感じだ!」

そう言って美琴はバリバリと音を出し始めた。

アンプから出る音は体に突き刺さるようだった。音は激しく動く。めちゃくちゃに弾いているようにすら感じるほどに、しかししっかりとリズムのある音だった。

「こんな感じだ、どうだ?」

「先輩、すげーうまいんですね」

「なに、初心者に毛が生えた程度だ」

「美琴さんがそうなら僕らはなんなんですか」

田町の問いに美琴は少し考える。

「うーん、とりあえず三上はゴミ屑」

「とりあえずで突然刺さないでください!」

突如ゴミ屑呼ばわりされた三上が床に伏しながら悲痛な声をあげる。チョークを投げつけられた上言葉のナイフで刺されるとは、彼は相当目の敵にされているようだ。

「で、次はドラムの紹介だ。田町」

「はいはーい、ドラムの田町です。ドラムはリズムの要、曲のリズムやテンポを決める大切な楽器さ。音が大きくてかなり目立つ楽器だよ。それじゃ行くよ」

田町がスティックでドラムを叩きだすと、振動が部屋全体に広がった。様々な大きさ、高さの音が絡み合った複雑なリズムだ。荒々しいだけでなく繊細さも感じる。最後にシャーンとシンバルの音がなった。

「どうだった?」

「10点、練習サボってた音がした」

「美琴さんには聞いてない」

そう言ってから田町はカケルを見。そして間近で聞くドラムの迫力にすっかり圧されたような顔をしているカケルをみて満足した。

「よし、じゃあ次ベースの蕾ちゃんよろしく」

「えっ?!私ですか?」

「流れ的にそうなるだろう」

ツボミはうー、と唸ったあとカケルを見る。その目はなんで来たとか、本当に聞きたい?とか言っているようだ。その視線を受けカケルは申し訳なさそうに少し退く。その様子をみた美琴はツボミに話しかける。

「ツボミ、いきなりで悪いがやってくれ。そんなに新入部員を睨むな。お前もあの2人みたいに部員を逃す気か?」

「「「!」」」

あの2人と、あの2人と同列に並べられてはたまらないツボミがその言葉にビクッと反応する。そのあとツボミはカケルを恨めしそうに睨むのをやめ、覚悟したように話しだす。

「わかりました、聞きなさい新入部員!私の担当はベースボーカルよ!ベースボーカルはエレキベースを弾き、曲を歌う2つのをこなすパートよ。まずはベースの音を聞きなさい」

とてもギターと比べ、とても低く音重い音が響き渡った。ただ重いのは音そのものでその動きは軽やか、とてもリズミカルだ。力強い重低音が足元を伝ってくる。たださっきの2人と比べるとたどたどしいというか、不安定というか。

「これがベースの音、聴いてのとおり低くて目立ちにくいわ。ただベースは音楽の土台と言ってもいいかなり重要なポジションよ。」

「うん、確かに目立ちにくいかもな。でもいい音じゃん」

これで黒板に書いてあるパートの説明は一通り終わったようだ。そのタイミングを美琴が待っていたと言わんばかり口を開く。

「よし、じゃあ今から一曲3人で合わせるか!」

「やった!合奏大好き!」

「えっ?今からですか?!えっとどれを…」

「練習中のあれだ、一番だけ初お披露目といこう。それじゃあMC、頼んだぞ!」

「えっ!ああもう、わかりました!」

そう言ってツボミはマイクの高さを合わせ電源を入れる。それからマイクを軽く撫で電源が入っているかを確かめた。そして一息ついてから突然、ライブが始まる。

「はーい、そこの新入部員!今からやるのは私たちの初めてのオリジナル曲!誰かの前でやるのは初めてよ!なお諸事情につき1番のみ、すぐ終わっちゃうからしっかり聴いときなさい!

『一掴みの世界』」


曲名が言い放たれた直後、一瞬空気が止まる。いや、止められた。ここで生まれた緊張感の中、田町がカウントを始める。4度、掛け声とともにスティックが叩かれ、演奏が始まる。


『果てのない世界で旅をして

『大切な』ものがいくつも増えた

旅はまだまだ続ていく

膨らんでいく大切って気持ち

あの日見た夕焼け

いつか見た星空

笑い合いながら語った

遠い日の自分たちの姿

こんなちっぽけな思い出を

いつまで覚えていられるだろう


小さな僕と薄っぺらな言葉

抱えきれない『大好きな』ものたち

いくつ離してきたのだろう

ずっと前から手の中にある

ちっぽけな光に問いかける


世界はいくつも色を持ってた

わたしは1つの色を見ていた

それはとても鮮やかに煌めいて

いつしか忘れていたけれど

また見て1つ思ったことがある

「ずっと離さない」

一番綺麗なこの輝きだけは

『大好き』より、『大切』より

きっと何度もこれを選ぶよ

ただ1つだけの小さな光

私の手の中で笑ってる、世界』


いくつも音が重なった。鋭い刺激のような音、

規則正しく並ぶ音、人知れず鳴り続ける音、思いを伝える音。その意味が1つ1つバラバラだった時よりもはっきり伝わってくる。全く別の音が、つながりあって足りないところを補い合う。これがバンド、1人ではできない音楽の1つの形。

ふとカケルは病院で見た夢の光景を思い出すのだった。ただ、夢の中で見たよりももっと星は輝いていたし、何を話しているかなぜか伝わってきた。とはいえ内容はとりとめもないものだったが。

曲も終盤、ツボミがサビの高音を美しく発する。

そこでカケルは夢の記憶から引き戻される。響く高音に耳を奪われた。

(あいつ、こんな綺麗に歌えたのか)

傾いた太陽が教室を赤く照らす。光を浴び演奏者たちが紅潮する。彼らの熱意が表に出てきているかのようだ。その熱は陽射しとともカケルにも伝わっていく。彼の手に知らず知らずのうちに力がこもる。胸の奥が熱くなる。


そんな感情が伝わったのはほんの一瞬だった。

曲が終わったのだ。最後の音が鳴り、消えていった。完全に聴き入ってカケルは反応が遅れたが、曲が終わったことに気がつき拍手を送る。

「新曲『一握りの世界』でした。ご静聴ありがとうございます」

「うん、最後の挨拶が微妙だな。発表の機会までにMCの練習をしておけよ」

「美琴先輩手厳しいです…」

「さあ、新入部員。これがバンドの演奏だ」

カケルはようやく失っていた言語能力を取り戻した。

「むちゃくちゃカッコよかったです」

「そう言ってもらえてよかったよ、どうだい、何か感じたかい?どの楽器がいいかとか?」

田町がカケルに話しかける。

「迷いますね、考えているところなんですけど…」

「…ボード」

部屋の奥から消えそうな声がしてきた。さっきまで気分が高揚していたので、蚊帳の外だった人を完全に忘れていた。どうやら部屋全体に熱が伝わりきっていなかったようで、テンションが1人だけやけに低い声だ。同時に声聞こえた方を見た。すると床に倒れ込み、涙を流している男がいた。眉間に白い後が残っている。

「キーボードは?」

他一同

「「「「あ」」」」




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