求めて、手を伸ばして
こいつら青春してそう
「えっ?!アンタ…」
扉を開けた先には見慣れた顔が2つ。
そのうち1つを見てカケルは扉を閉じた。
「うぇーい!」
だがもう1つが見逃してくれなかった。
扉が奇声とともにもう一度開く。
「心の友よー!ついに来てくれたのか!!待っていたぞ!!!」
「三上うるさい、部屋間違えただけだ」
というのは嘘だ。彼が来たのは軽音楽部の部室。もう三上が付いてきてもいいから誰かと関わりたいと思い、軽音楽部に来てみたのだ。が…
(予想外、なぜあいつが…)
そうツボミちゃんも居ました。
「またまた〜、ツンデレちゃんだね〜」
「絞め殺されたいか」
「君の殺すとかは重みが違うからやめて…」
大失敗である。カケルは三上の胸ぐらを掴みながらもう一度部屋の中に目をやる。
そこには数人の部員とおぼしき人影と、赤いエレキベースを持ったツボミがそこにいた。
(そういえばあいつ、中学も軽音楽部だった…)
カケルとツボミは訳あって中学時代疎遠だった。そのせいでそんなことも今の今まで忘れていたのだ。
「ブチョーーーーー!この人!入部希望者!」
「なっ、なんだってぇぇぇぇぇ!」
大声をあげながら軽音楽部の部室からメガネをかけた男が飛び出してきた。黒色で地味な髪型だ。外見的には三上とまるで正反対。しかしテンションのベクトルは三上と同じだった。その時カケルはこの部とは関わらないほうがいいの悟った。三上を2人も相手なんてしたくないと。
「三上てめえ!違います、本当にただの通りすがりです!」
「いや、少年!私の目は誤魔化せないぞ!今の君の目は持て余した時間と空間を何かに向けて発散したいという目だ、そして知り合いのいるここに来てはみたもののなんらかの不都合を感じて逃げ出そうとしている!」
「そこまでわかってるなら逃してください」
「いや、拉致る!」
「人攫いー!!」
こうしてカケルは三上2号に捕まった。
「なるほど、君が今噂のリバイバルヒューマノイドか」
「ちょっ!誰だそんな噂広めたやつ!」
三上がカケルから目を逸らして口笛を…吹けていない。
「貴様かぁぁぁぁ!!!」
「やー!不良!暴力反対!」
三上はカケルに一撃のもとに沈められた。
「おい!三上!貴様口笛も吹けんのか!それでもアーティストか!」
殴られて倒れた三上が奥にいた長い黒髪で、目つきの悪い、気の強そうな女子生徒に死体蹴りされている。ぐふっ、ぐふっ、とか言いながら微妙に嬉しそうなのにカケルは腹がたった。ツボミは完全に軽蔑の眼差しを向けている。
それをブチョーと呼ばれていた男がなだめる。
「まあまあ、その辺にしてあげなよ。初心者を育てるのだって先輩の仕事だよ…さて、改めて自己紹介しよう。僕は田町 京太2年で部長だ…それでこっちの三上君を厳しい先輩が…」
「どこが厳しい、これくらい当然だろう。まあいい私は美琴 奏、3年で副部長だ」
…沈黙が挟まる。
「で、お前は?」
「あ、すみません。天橋 翔です」
副部長の迫力に押され、ついつい名前を言ってしまうカケルだった。
「ほう、天橋君か。君は入部希望ということでいいのかな?」
部長は穏やかに問いかける。
それに対してカケルは答える。
「…いいえ、通りかかっただけです」
「その一瞬の間は何かな?」
「ただの間です」
再び沈黙、田町は笑顔でカケルを見つめる。カケルは真顔を維持する。なんと奇妙なにらみ合いだろう。
「そうか、通りかかってこの部活が気になったってことでいいのかな?」
「いいえ、まちがえて扉を開いただけです。何度も説明したでしょう」
「なるほど、しかし開いてみたら興味が湧いたと」
「じゃあそれでいいのでもう帰っていいですか?」
「おお、やはり興味がおありか!よし、ぜひ見学して行ってくれ。そしてここにsignを!」
「お断りします」
カケルはsignにムカついて即断した。
「興味あるんじゃなかったのかい!酷いよ!裏切りだよ!」
「アンタとそこで倒れてるアホのせいでなくなりました。そもそも味方でもないので裏切りようないです」
「おお、丁寧なツッコミ、ぜひうちの新戦力に」
「なりません」
まるで強引な押し売りのごとく勧誘してくる部長。もはや巷のカルト教団である。対する無所属の少年カケルは喧嘩では負けなし、こういった意地の張り合いでは一歩も引かない。お互いのプライドをかけた勧誘合戦が続いている。
「入ってください!」
「お断りします!」
「いい加減にしろこの馬鹿者どもが!!!」
この瞬間、カケルと田町は並んで吹っ飛んだ。
飛ばした人間の正体は美琴だって。とっさのことにカケルは混乱しているが、田町は慣れているようでハッとした表情で美琴を見る。そしてボソッと「やばっ…」と言った。
「お前ら…いい加減にしろよ…いつまでグダグダやってんだ…」
「あ、あの美琴さん?一旦落ち着こう。僕はただ勧誘していただけでね?」
「だからグダグダやんなっての、ひとしきり断られたらきっぱり諦めろって前にも言ったよな?」
「は、はい…」
「あのな、お前と、そこのゴミみたいなねちっこい変態どものせいで、どれだけ新入部員が逃げたと思ってんだ。なんでこんな少人数なんだ、軽音部なんて本来花形文化部だろうがぁ!」
「いやー!暴力反対!反タイィィィィ!」
美琴さんは名前に似合わず大変暴力的だった。その姿は元番長さえも恐れおののくほど。ついでにゴミとか言われてた変態はあんまりだぁと床で泣いている。
「あと、そこの1年…」
美琴はゆらりと首を動かしてこちらを向く。カケルははひぃ!とかいう変な声が出た。
「お前もやる気がねぇならさっさと出てけよ…いつまでも引き止められてウダウダしてんじゃねぇ…」
「あ、だって、かえしてくれなかったし…」
「んなこたぁ知るか、てめぇみてぇな冷やかしははなぁ、はっきり言って邪魔なんだよ!練習進まねぇだろうが!」
「ひぃ!ごめんなさい!」
カケルの目の前にいるのはただの鬼だった。鬼を目の前にしては番長もただの悪ガキである。
「男のくせにぴぃぴぃ言ってんじゃねぇ!!やるかやんねぇかどっちじゃあぁ!?」
「や、やややや、やります!」
…………
『え?』
この返事には質問したい本人すらも驚きを隠せなかった。
「いやー!まさか美琴さんの洗礼を耐えな抜くとは驚いたなぁ!」
田町はとても嬉しそうに言った。新入部員獲得でテンションが上がっているようだ。
「あー、なんであの時帰らなかったんだろう」
カケルは猛烈に後悔していた。おかしな人が3人もいるうえに、なんだか気まずい幼馴染までプラスされた部活に入部することになってしまったのだ。今は少し離れたところにある器具庫に楽器を見るために男3人で移動している。
「いゃはり私の目に狂いはなかった。我が親友ならばあの修羅にも屈しないと信じていたぞ!」
(こいつすげぇぶん殴りてぇ)
思いっきり屈していました。カケルはただビビって返事をしただけです。逃げなかったのはそれこそ番長時代の経験の賜物だ。
「すごくおっかない先輩だった。なんなんですかあの人」
「美琴さんはね、音楽大好き鬼軍曹だよ。部一番の実力者でもっとも熱きビートをもった女性さ」
「我が部のエースにして絶対王者。そしてドSな女王様先輩だよ」
これ録音して聞かせたらどうなるんだろうとカケルは気になった。
「あの人ものすごく厳しくてね、音楽舐めてるやつ見るとすごい勢いで叱りとばすんだ。それで毎年の入部希望者の半分は逃げ出す」
「あー、そういやそうしたね。俺がなぜ音楽を始めようと思った?って聞かれた時女子にモテたいからですって言ったら周りの人らが逃げ出すくらいの勢いで説教されましたし」
「それでやめない三上君もすごいねぇ」
「…ちょっと気持ちよかったんで…」
「いやー、物好きだねぇ、僕もだけど」
(なんでこんなところに来てしまったんだ…)
「そして新入部員の半分もしごかれて逃げ出す!」
「そしてさらにその残り半分も部長の変態っぷりに逃げ出す!」
「何を言う、今年は君も貢献しただろう」
「「あははは!」」
「まともな人が全然いないのお前らのせいか…」
厳しいだけならまともな人が残ってもおかしくはない。しかしこの狂った2人と毎日顔をあわせると思うとまともな人ほど嫌になるだろう。カケルはそう思った。そうこうしている間に器具庫にたどり着く。
「さあ、お入り、ここが僕らのHEAVENさ!」
カケルはちょいちょい英語を挟むのをやめてほしいと思いながら器具庫に入った。そこにはバントがいくつも組め方なほど多くの楽器が並んでいた。
「すごい、こんなにたくさん」
「驚いたかい?こんな小規模な部活がこんなにたくさん楽器を持っているんだから無理ないよね」
「なんでも先代達が楽器を買い換えて、いらなくなったやつを置いていったって話だぜ。太っ腹だよな。きっと一個くらいパクっても…」
「三上君、先代への無礼は許さないよ」
「はい」
珍しく田町部長がガチトーンになる。これで三上は完全に萎縮してしまった。彼が先代達に強い敬意を持っていることがわかる。
「さあ、天橋君。君はどの子がお好みだい?」
カケルの目の前にはたくさんの楽器があるこれだけあれば誰だって多少の迷いを持つだろう。しかし、彼は決して迷わなかった。
そして答えた。
「おれ、楽器わかりません!」
「「あ」」
天橋 翔は完全にズブの素人だったことを一堂忘れていたのだ。