番外 初めましてベースさん
双子の番外第2弾
今回は三上とツボミがカケルの家にくる前日の話です
「ただいま〜」
「おかえり〜」
カケルは最近で一番疲れて帰ってきた。ちなみに出迎えはない。まだあの誤解が解けていないのだ。代わりに弟の声が帰ってくる。
カケルは楽器を持って居間に入る。さすがにそろそろ誤解を解いておきたい。でないと今日の夕飯もカケルだけお粥になるのだ。というか家で大ぴらに楽器に触りたいのだ。もう隠していられない。
「おーい、二人とも話があるんだが…」
そう言ってカケルは二人に居間に入りながら二人に声をかける。
「おう、おかえり〜って何それ?」
先に反応したのはハヤテだった。兄が見慣れないものを背負っているから気になったらしい。
その反応にサキも首をこちらに向けて、固まる。
「ちょっと誤解を解いておきたいんだけど、聞いてくれる?」
「なるほど、兄ちゃんが最近帰りが遅かった理由、ハヤテに部屋に入られた時隠したもの。全部わかりました」
「なんだ、そんなことか。つまんねぇ」
サキは安心したようだが、反対にハヤテはつまらなそうだ。話してみたら案外たいしたことはなかった。ハヤテなんかには物凄い煽られるかと思っていたのだが。
「もう、それならもっと早く本当のこと教えてくれれば良かったのに」
「聞かなかったのはサキだろ」
「てへっ☆そうでした」
「うわぁ、あざと…」
「ハヤテは黙って」
「兄ちゃん、1つ頼みがあるんですけど、いいですか?」
「なんだ?言ってみろ」
サキは恥ずかしそうにこちらを見上げてくる。
「楽器、構えてみてくれませんか。ちょっと見てみたくて」
「ああなんだそんなことか、いいぞ」
カケルは楽器をケースから出して構えてみせる。するとサキが予想外の反応を示した。
「なにこれ、やっば!え?!兄ちゃん?!」
サキが顔を真っ赤にして飛び跳ねる。
「ど、どうした?!」
「ちょっと、動かないでね」
そう言ってサキは大急ぎで居間を出ていく。ドタバタとした足音は上へと消えていった。しかしすぐに戻ってきた。手に持っていたのはケータイだ。ちなみにガラケーだ。
「兄ちゃんこっち向いて!撮るよ!はい。もう一枚。ひゃあーなにこれすごい、すごい!」
「ちょっと落ち着け!今のお前は異様だぞ!」
サキは一心不乱にベースを持ったカケルを撮りまくる。
ここまでおかしな自分の妹の姿を初めて見たカケルは頭の整理がつかない。落ち着けと言っているのは自分なのに自分も落ち着いていない。ちなみにハヤテはサキに冷たい視線を向けている。
「ママにメールして、パパにも、えっと、どうしよう。とりあえず待ち受けにして、友達にも送ろう!」
「本っ当に落ち着け!友達に迷惑だろう!」
このあとカケルが妹をなだめるのに、小一時間かかった。幸いカケルの写真拡散は未遂に終わった。この時カケルは案外三上の『ギター持ったらモテる』発言は間違っていなかったのかもしれないと思った。
「えへへ…」
「本当に待ち受けにしないでくれよ、恥ずかしい」
好かれるのは兄として嬉しいのだがさすがにここまでされるとちょっと引くカケルだった。ハヤテは露骨に引いている。
「お前そういうのどうかと思うぞ…」
「まあ飽きたら変えるわ」
(変えられちゃうのか)
変えられたら変えられたでそれはそれで悲しくなる面倒なカケルくんだった。
「あんまり見せびらかすなよ。今のままだとおれはベーシストじゃなくてただのベース掛けだから、恥ずかしいんだよ」
「うーん、じゃあベーシストになったらもう一回撮らせて」
「はぁ、まあいいけど。それより明日うちに友達が勉強しにくるから」
『ガタッ』
2人が同時に立ち上がる。そして兄の顔を見る。その目は明らかな動揺を浮かべている。
「うそ、兄ちゃんがうちに友達を…」
「バカな!あの一匹狼が?孤高の番長が?」
「ちょっと待て、お前らの中でいつから俺に友達がいないことになってる」
「「中1」」
「確かにそうだ、しかしもう違う。おれは更生した。」
いくら友達がいなかった過去があったとはいえ、いつまでもその印象を持ち続けられているのは大変不服だとカケルは思う。そこで自分が変わったことを主張した。
「で、さっきも言ったように軽音楽部の友達が一緒に勉強しようってことで、明日うちに来ることになったんだ」
「はわ、はわわ、まさか本当に?夢じゃない?」
急にサキが涙ぐみ始める。彼女はカケルのなんの気分なのだろうか。さっきから反応が過剰というかなんというか。
「へー、で、男?女?」
年頃の弟にとってはその辺のことは大切らしくカケルに探りを入れた。
「男女1人ずつ」
「女の人!ということは未来のお姉さん候補!」
「待て落ち着け、なぜそうなる」
「こうしちゃいられない……ごちそうさま!」
大急ぎでご飯をかきこんだサキは居間をさっさと出ていく。
「変な奴」
ハヤテは奇妙なものを見る目でサキの出ていった扉の方を見る。
(友達って言ってもツボミだしな、あいつ彼氏いるって言ってたし。あれ?彼氏いるのにうちなんか来て大丈夫なのか?まあ三上もいるしいいのかな?)
しばらくして今に繋がる扉から首を覗かせて
「あ、そうだ、ちょっと出てくるから洗い物よろしくね♪」
そう言って元気に駆け出していく妹の足音が…
「ちょっと待て、今何時だと思ってるんだ!あの野郎!」
カケルは急ぎ立ち上がりサキを追いかけようとする。しかしすでに姿はない。
「ちょっと探してくる!ハヤテ、洗い物頼んだ」
「えっ?!ちょっと待てって、あいつ強いからほっといても大丈夫、って本当におれがやんの?!」
カケルは夜の街に飛び出していった。サキの行きそうな場所を考えひたすら探したのだが、結局サキは見つからなかった。妹に再会したのはハヤテから帰ってきたとメールを受けてからである。
そのあとカケルはサキをこっぴどく叱りましたとさ。
「で、何買ってきたんだ?」
兄が風呂に入っている間、双子が今でテレビを見ながら会話している。1人は湯上りでくったっとソファに寝転がり、1人はテーブルで明日の宿題をやっている。
「明日の夕飯と、おやつの材料。明日はシフォンケーキを作ろうと思ってね」
「なんでまた突然…まさか」
ハヤテはなんだかんだ言いながらもサキの考えそうなことはわかる。わかってしまう。
「兄ちゃんの友だちが勉強するっていうから糖分が必要だと思ってね」
「それはお前の役目じゃないでしょうに」
予想通りの答えでハヤテは呆れ返った。サキの考えることはわかるが全く理解できない。
「というかお前のそのアニキへの入れ込み具合何?ちょっと怖いよ。写真のことといい友達のことといい」
「当然でしょ、兄ちゃんだもん」
「当然じゃないでしょ…」
ハヤテはどうにも異様に感じる。しかしそうある理由もなんとなくわかる。
「さすがに兄ちゃんが好きってのはないよな」
「えっ?大好きだよ?ハヤテは違うの?」
「そうじゃない。というかよくそう平気で大好きとか言えるな」
「私はそんなに恥ずかしがる理由が分からないよー」
どうやらハヤテが理解できないのはサキも一緒らしい。2人は意思疎通はできるが感情的な部分で相容れないのだ。そのせいか仲が悪いわけでもないがしょっちゅうケンカしている。
「そうじゃなくて、その…」
ハヤテは続きを言おうとして急に恥ずかしくなる。いくらなんでもこんな質問を妹に投げかけるのはハヤテには荷が重い。しかしそこが彼らの便利なところで。
「大丈夫、そういうことじゃないから。でも兄ちゃんは最高の兄ちゃんだからね。友達とは仲良くしてほしいし、もし彼女なんかを連れてくることがあるなら…」
ハヤテは思った。自分の片割れの愛は異常なまでに重いのだと。だからこそ兄に対する対応が年相応の妹のようであったり、母のようであったり、憧れの相手を見る乙女のようであったりと複雑に感情が入り乱れているのだと。
「明日は見定めるわよ!兄ちゃんに相応しい、そして私の義姉に相応しいかどうか!」
(この小姑め!)
ハヤテは口に出さなかった。その代わり別のことを言った。
「明日は昼から部活あるぞ」
「うん、休む」
「させねーから」




