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平均点はまだ下がる

金曜日

カケルはなんとか妹の誤解を解き、自分が軽音楽部に入部したことを兄妹に説明。楽器を持って帰りたかったのでどうしても説明が必要になった。その際色々あったがサキは納得してくれたし、ハヤテはそんなに気にしていた風はなかった。むしろカケルのベッドの下に何もないことがわかりつまらなさそうな感じだ。

そして次の日朝8時。

「兄ちゃん、お友達くるんでしょ!さっさと顔洗ってきて!」

「まて、来るのは昼過ぎだぞ」

「何言ってるの!部屋の掃除と、おやつと夕飯の支度とやることが山ほどあるんだから!」

「夕飯まで食ってがないし、ていうかそんなに気を使わなくてもいいから!」

お前はオカンか、とカケルは無性につっこみたくなった。兄に友人ができたと泣いていた妹は、それから程なくして友人がうちに来ることになり激しく興奮している。どうやら本当にしっかりおもてなしするつもりのようだ。結局カケルはあの2人の勉強を見ることになったのだ。

「なー、サキ、朝食は?」

「たまには自分で作りなさい」

もはやお前に構っている暇などないと、サキはハヤテを一蹴する。

「なー、サキ、今日昼から部活だけど…」

「それどころじゃない!」

「いや、こいよお前うちのエースだろう!」

「じゃあ私のフリしてでて!」

「いや無理、さすがにバレる!」

朝から双子のやりとりは和むなー。カケルは大忙しで掃除して回るサキを横目にソファでくつろいでいる。

「兄ちゃん、早く顔洗って!自分の部屋掃除してきて!」

「アイアイサー」

カケルはやる気なく立ち上がると洗面台へと向かった。今日のサキさんは迫力が凄すぎる。逆らわない方がいいだろう。


そして昼、サキは無理やりハヤテに部活へ連れていかれた。サキは本当におやつにケーキまで焼ていった。すごく美味しそうなシフォンケーキだ。3時が待ち遠しいカケルだった。約束の時間まで少し時間がある。カケルはおもむろにベースを取り出す。とりあえず指の体操をする。アンプに繋いでいないので音は小さい。先輩曰くアンプ繋がずに練習してもあんまり上手くならないらしい。指の体操、きらきら星、チューリップ、その他諸々簡単な曲。昨日からの練習でだいたいなんとかなるようになってきた。上手くはないが。しかしかけるの気分は高揚していた。一歩一歩上手くなっているような気がして。

(そろそろ貰った曲の練習を始めてもいいかな)

などと楽譜を眺めていた。すっかり時間も忘れて。

『ピーンポーン』

1人の時間は終わりを告げた。カケルは休日返上であの2人の相手をしなくてはならない。そう考えると無性にストレスが溜まってきた。せっかく乗ってきたところだというのに…

カケルはインターホンで出る。

「はい」

『カーケル君、あーそーb』

ブツ。

カケルはムカついたので途中で切った。今日は勉強する日だっての。しかし約束した手前入れないわけにもいかないので玄関に向かう。扉を開けると例の二人、ツボミと三上が立っていた。

「おう、相棒!来てやったぞー!」

「帰れ」

「酷い!」

後ろで少しふわっとした服を着たツボミが溜息をついた。まあ三上に向けられたものだろう。

「はあ、約束したからな。上がってくれ」

カケルも仕方がないので2人を上げる。

「ヒャホウ!カケルンチだー!おっじゃまっしまーす!」

「お邪魔します」

三上はろくに靴も揃えず上がりこむ。対してツボミは綺麗に靴を揃える。そのあときょろきょろと玄関をを見回した。そして顔をこわばらせながら廊下を歩く。何を緊張しているのだろうか。

「おれの部屋2階だから。ついてこいよ」

「はーい!」

「…」

三上は落ち着きなくバタバタと、ツボミはゆっくり首を動かしながら家の中を見ている。同じ行動を取っている2人だが心情は全く別だ。

「お?ここか?」

「そこは弟の部屋だ」

「じゃあこっち?」

「そっちは妹の部屋だ」

「そうか、じゃあお邪魔し」

次の瞬間三上は倒れた。というかカケルが倒した。

「お前、次やったら追い出す」

「はい、大変申し訳ありませんでした」

「最低ね」

「やめて!そんな目でおれを見ないで!」

カケルは思った。きっとこの男のベッドの下にはさぞかしたくさんの埃が溜まっていることだろうと。

「ここだ、入ってくれ」

「うっシャー!」

三上は言われると速攻扉を開け入る。そしてベッドへダイブ!しようとしたところをカケルが蹴り上げる。

「やると思った」

「くっ、さすがだぜ相棒」

(いい加減こいつ気持ち悪いな)

しかし転んでもただでは起きないというかなんというか。三上はそのままベッドの下に入り込もうとした。

「ベッドの下の埃なら、この間母さんが掃除してったぞ」

「な、なん、だと…」

こうしてカケルは三上の封殺に成功した。そしてようやくツボミに目を向ける。まだ部屋の前で突っ立っている。落ち着かない様子で目をきょろきょろとさせている。

「どうした?早く入れよ」

そう言われてようやくツボミは部屋に入ってくる。そして部屋の真ん中にあるテーブルの周りに正座する。

「よし、それじゃあ早速始めるか」

「よろしくお願いします、師匠」

「よろしく…」

「ツボミ、顔赤いぞ、暑かったら扇風機出してくるぜ?」

「いらない」

「そうか」

部屋の空気が少し変だ。この部屋には昔はよくツボミが遊びにきていた。家が隣で割と高頻度で一緒に遊んでいた。しかし最後に来たのは小学6年生のころだ。久しぶりでツボミは緊張しているのかもしれない。カケルはというと久々にやってきた幼馴染を見て少し嬉しくなった。二人はあの頃からお互い立ち直りつつある様だ。

「ツボミちゃん熱いの?服装決めすぎたんじゃない?」

そう言われてツボミが三上を睨む。このあとはおそらくおきまりのあの言葉だろう。

「ツボミっていう…、あっ!」

三上はニヤニヤと笑ってツボミを見ている。それを見たツボミがカケルの方を向いて、

「ツボミって言うな!」

「お、おう」

この後ツボミの顔がますます赤くなったので、とりあえずカケルは窓を開けた。


「で、どの教科を勉強したいんだ?」

「オール」

「同じく」

「ちょいまち、お前ら中間どんなだったんだ?」

どうやら2人の成績は散々なものらしい。三上は暗記科目が壊滅的、本人曰く暗記とかつまらなすぎてやってるうちに死ぬらしい。コードが覚えられなかったのはそのためだと。ちなみに暗記が出来ないと国語では漢字、英語では単語、倫理、生物、家庭科、保健体育全般において壊滅的な打撃を受けることになる。かといって他が得意かというとそういうこともなく、全部平均以下だ。ツボミは数学、物理が悲惨だ。物理にいたっては今回70点くらいは取らないとかなり危険だ。中間ではほぼ追試が決まる様な点を取ったらしい。この2つがおかしいせいであとはましに見える。残りは平均くらいをウロウロしているらしい。

「ということで全教科教えください」

「断る」

「えー、なんで?」

「普通に嫌だ。おれが教えるのは本当にやばいやつだけだ。というか三上は自分で勉強すればなんとかなんだろ。頑張って覚えろ」

「無理無理、こんなん覚えられない。なんとか赤点を回避する方法教えてよカケえもん」

「アンキなんたらはないぞ」

「コンピュータなんたらでもいいよ」

「もっとない」

正直あったら渡して帰らせたいとカケルは思った。それでたとえが三上が学年一位を取ろうが知ったことではない、どこぞのダメダメ小学生の様なことを言う三上を、真人間にする義理はカケルにはないのだ。

「じゃあ、私は数学と物理を教えて」

「元からそのつもりだ」

ツボミはもう放っておいたらまずいレベルだと思い、ちゃんと教える気になったカケルだった。


「うわっ、なんだこれ!カケル、お前のノート!」

そう言って三上がカケルにノートを突きつける。

「女子か!何色色使ってんだ!」

そのノートは恐ろしいほど整頓され、色使いはもはや芸術の域に達していた。

「は?なにこれ…アンタなんなの?」

「文句があるなら返せ」

2人にはとりあえず授業でとったノートを貸した。

「私のと全然違う」

「こいつだけおれらの倍の授業時間を生きてるんじゃないかな?これ作るの授業時間内じゃ足りないだろ」

「ノート取ってないあんたと一纏めにしないで」

カケルは2人の反応に呆れながらも説明を始める。

「いいか、おれは予習をして授業内でノートをまとめやすくする。次に復習をしてノートを家で綺麗に直す、の二段階でノートを作った。それだけで十分テストに立ち向かうだけの学力はつく」

「嫌だこの子ガリ勉」

「三上、ノート返せ。とにかくそのノートの赤線部分をカバーすれば赤点は回避できる。それが第一段階だ」

「先生、赤線多いです!」

「多くないです」

三上には倫理のノートを貸した。覚えることが多いためどうしても赤線が多くなるのだ。しかし他のノートと比べれば多いという話で、カケルからすれば普通である。

「さっさと勉強しろ、わからないところがあったら教えるから言えよ」

「あ、うん」

そう言ってカケルはツボミに向かって言う。三上は不服そうに何かを言ったが無視して自分の勉強を始めるカケルだった。

勉強は快調に進んだ。最初三上がうるさかったので黙らせた。その10分後くらいからようやく三上も勉強に集中し始めたのでまともに勉強ができるようになった。ツボミは質問が多かった。想像以上だ。公式、定理1つごとに引っかかる。授業を聞いていてもまるで理解していないタイプだ。

「これは順列じゃなくて組合せの問題だからな。

PじゃなくてCを使うんだ」

「なるほど、あー、じゃあこうやって」

「そうそう」

しかし理系は授業速度について行けない以外は実は案外問題なくゆっくり教えればすんなり理解するタイプだった。

三上はというと何かに取り憑かれたようにノートを睨んで書き写している。最初はコピーするとか言っていたが真面目やり始めてからは意外なことに勉強が進んでいる。暗記はしたくないが写す作業は苦手ではないのかもしれない。

カケルは別に焦って勉強する必要がないため適当にノートを眺めている。本当は楽譜を取り出したいがそんなことをしたら一気にこの空間の集中力は低下する。それから2時間ほど経ってからだったか。1度休憩を挟むことになった。カケルは下に行って妹に食べていいよと言われたシフォンケーキを持って戻る。ホイップクリームとイチゴジャム付き、とてもふわふわして美味しそうだ。

「うまい」

「おいしい」

「なんだこれ」

いつの間にサキの料理スキルはここまで上がっていたのだろう。一瞬宇宙が見えた。イチゴジャム、生クリームは時間がなくて市販のものにしたという。しかしその甘味、酸味からケーキの甘さ計算し完璧なバランスで調和させている。そのため一歩彼らは真理に近づいた気がした。もはや美味、以外の言葉は必要ない。

「この食感…イデアだ、シフォンケーキのイデアだ」

「なにこの美しさ、これが調和の法則。ああ、今なら分かるわ…こんな風に惑星は回り続けているのね」

「完全、8度」

三上は覚えたての言葉を使ってサキのケーキを賛美する。バカらしいが言いたいことは他2人にも分かった。ツボミは感動のレベルが壮大だ。というか天体なんて今回の物理の範囲にはない。一体サキはシフォンケーキになにをしたのだろう。意外なことに一番意味不明なのはカケルだ。完全8度ってただ1オクターブ一緒に弾いただけなのだが…。

「カケル、あんた完全8度なんて言葉を知ってたのね」

「ああ、最近ずっと勉強してたからな。だから今回の範囲の終わりの方はまだノータッチなんだ」

そこで、三上ふとあることにがついた。そしてカケルに聞く。

「なあ、カケルよ。もしかして部活用ノートもあるんじゃ…」

「…もちろんだ」

「見せてくれ!」

「いいだろう!」

思えばここから全ての計算が狂った。もしもこのタイミングですぐに勉強を始めていたら、シフォンケーキ効果で異常なまでの能率を発揮し、今日1日で全範囲の勉強が終わったかと思えるほどの集中力と気合を全員が発揮していた。しかしその矛先はカケルの部活ノートへと向けられてしまったのだった。


数時間後

「楽譜が、読める」

「ああ、読める」

三上とカケルは目の前のベースの譜面を見ていた。午前との違いは完全に読めるようになっていたことだ。いつの間にかベースを取り出していたカケルはゆっくりと曲を弾いている。ツボミも弾きたくてうずうずしているという様子だ。

「今ならできそうなのに、完璧に弾き語れそうなのに…」

楽器を持ってない現状ではすごくもどかしそうである。

するとドアをノックする音が聞こえた。そしてドアが開く。

「兄ちゃん、まだ勉強してる?夕ご飯できたけど…」

サキの目に映ったのは、何時間も勉強していなかったこと丸わかりの荒れ果てた兄の部屋だった。


「それでみんな勉強するのを忘れていたと、なんだか嬉しいような申し訳ないような…」

「いやいや!お前は全く悪くないからな!」

「そうよ、サキちゃん!本当にケーキ美味しかったわ!」

「そうです妹さん、けっこ」

カケルはとっさに三上を取り押さえた。放っておいたら彼が頭のおかしいことを口走るだろう。

しかしそれを見てサキは

「ちょっと兄ちゃん!お友達に暴力ふるっちゃダメでしょ!」

まさかの三上の救済である。これまでたまに三上に同情をしたが、救いの手を差し伸べたのは彼女が初めてだった。三上は感極まっている。それを見てカケルは余計にまずいと感じ始めた。

(ヤバイヤバイ、これは三上が本当になにを言い出すかわからなくなってきた。だからこそこの手を離せないのだが、でも放さないとサキに怒られる!あー!もうどうしたらいいんだああ!)

カケルはこれまでにない葛藤に襲われる。妹を守るための葛藤と、自分の評価を守るための葛藤の間で揺れ動いている。その隙に三上はカケルの拘束から抜け出す。そしてサキに駆け寄りその手を持つ。

「おお、あなたは私の天使だ。今後とも仲良くしていただきたい」

「はい!兄のお友達なら喜んで!」

あの気持ちの悪い三上の対応に満面の笑みで答えるサキは実は大変な魔性なのかもしれない。ちょろい三上は完全にコロッといったようだ。そして三上がサキの手に顔を近づけていき…

「その手を離せぇ!」

考える間もなくカケルは三上を殴り飛ばす。現役番長時以上の力を発揮したのではないだろうか。

「ちょっと!兄ちゃん?!」

突然のことにサキも驚きを隠せない。目の前で人がぶっ飛んでいったわけだ。

「サキちゃん!大丈夫?あれはね、あなたの思っているような人ではないのよ!カケルはあなたを守るために仕方なくやったのよ!だから今回は…?サキちゃん?」

声をかけるツボミを見るサキの目は、今までのような暖かな笑みが完全に消え失せていた。そして軽く舌打ちをした。その行為に、完全にツボミの思考が停止する。

「なに、気安く話しかけてんのよ」

おっとサキさん、声がハヤテ以上に低くなっていますよ。きっとハヤテが声変わりしたらこんな感じだろうなとカケルは思考をそらす。

「兄ちゃんの友達くるって、しかも1人は女子って聞いて楽しみにしてたらこれだよ。あーあ、まさか1人がこの女なんて」

かつて、サキはツボミにべったりだった。毎日のようにサキの家に行ったり、うちに呼んだりしていた。その様子は仲良し姉妹という言葉が相応しかった。しかし次第にサキはツボミの話をしなくなっていった。今彼女の内心はどうなっているのだろうか。

「サキ、どうしたんだ?落ち着け」

「…落ち着いてるよ、私は」

こう言っている時のサキは大抵マジギレ状態だ。棒をもたせたら天橋家で最強の戦闘力を誇る彼女にはもう誰も逆らえない。先程までとは迫力が違う。三上も完全に震え上がっている。

「悪魔や、悪魔が降臨した…」

サキの迫力で一歩引いたツボミに、一歩サキが歩み寄る。

「ねぇ、久々のうちはどうだった?内装結構変わってたでしょ。兄ちゃんの部屋は?もう昔みたいに兄弟一緒で使ってないよ、みんな1人部屋、私の部屋もあるんだ…まあ見せてあげないけど。ねぇどうだった?兄ちゃんの部屋に上がり込んでみんなで楽しく私のケーキを食べた感想は?ねぇねぇ?答えてよ?なんで逃げるの?」

((怖いからだよ!))

カケルと三上が同時につっこんだ。しかし声には出せない。カケルはあそこまで怒り狂う妹を初めてみた。あれで本当に強いとかなんなの?あの子は鬼の子なの?

そうして詰め寄られるツボミは今どんな気持ちなのだろうか。かつて本当の姉妹のように仲良くした相手に、ただ話しかけただけであそこまで拒絶されて、あの呆気にとられた表情の下にはどんな気持ちが渦巻いているのか。単純な恐怖ではないはずだ。あの2人がああなってしまったのは多分カケルのせいだから、なんとなく想像がついた。

ついにツボミは壁際まで追い詰められる。そして表情が次第に泣きそうな顔へと変化し始める。サキの口元が釣り上がる、もう逃げ場はないぞ、と言いたげに。

「なあサキ?飯まだ…ってあれ?あ、ツボミさんじゃないですか、お久しぶりです」

やや他人行儀に、空気を読まずにハヤテが入ってきた。しかし壁際まで追い詰められたツボミを見て、ただならぬ状況と判断し…

「待て、ハヤテ!逃げるな!サキを抑えられるのはお前しかいない!」

「いやだよ!おっかねぇ!」

「後でおれの秘蔵のコレクション見せてやるから!」

「OK任せとけ!」

そう言ったら簡単にハヤテは簡単に釣れた。秘蔵のコレクションは先輩たちにもらった楽譜の山のことなのだが…

「サキ覚悟ー!」

ハヤテは後ろからサキを羽交い締めにして取り押える。サキは拘束から逃れようと暴れる。長くは持たないだろう。

「今のうちだ!逃げろツボミ!」

しかしツボミは腰を抜かしてしまっている。完全に動けなくなってしまった。

「兄ちゃん!今その女のことなんて呼んだ!?」

「兄ちゃん!早くして!こいつさっきからおれの急所を蹴ろうと…」

さっきまで楽しく音楽の勉強をしていたのになんでこんなことに。なんとかしてツボミを逃がさなければ。

「三上!今日は解散だ!ツボミを連れて逃げろ!」

「お、おう」

三上は震えながら立ち上がろうとして…こける。

「お前まで腰ぬかしてんじゃねぇ!」

そうして一発蹴りを入れて無理やりカケルが三上を起こす。

「くっ!土御門さん!逃げるよー!」

三上はツボミの腕を掴んで立ち上がらせると一目散に逃げていった。

「待て!くっ、ハヤテ!放せ!」

「兄ちゃん…もう限界だ。ぐっ、あとは任せた。あとコレクションは枕元に置いといて…」

ハヤテがその場で倒れる。完全に急所を突かれたらしい。

(すまないハヤテ、ほんとごめん)

その頃にはすでにカケルは今の扉を塞いでいた。

これでもうサキが2人を追いかけることはできない。

「兄ちゃん、なんであの女の味方をするの?なんでツボミなんて呼ぶの?ねぇ?ねぇ?」

「すまん、サキ。また今度ゆっくり、お互い冷静なときに話そう」

元番長対現役最強剣士の戦いの火蓋が、切って落とされた。


それからしばらくして、居間は荒れ放題だ。カケルは妹を攻撃できず、なんとか防御したり受け流したり拘束したりして少し前にカタをつけた。

結果は元番長の勝利、剣を持たない剣士は敵ではなかった。サキは今自分の部屋に閉じこもってしまった。ハヤテに手伝ってもらいながらカケルは部屋を片付ける。

「なあ、アニキ。今日のサキって、絶対なんかおかしかったよな」

「ああ」

「聞いてきたけど、夕飯もいらないって」

「ああ」

今日の夕食はカレーだ。鍋からスパイシーな香りが伝わってくる。いつもと少し匂いが違う。おそらく兄の友人のために頑張って作ったのだろう。大変嬉しいのだが、どれだけ良い匂いがしようとも、今の気分ではカケルのお腹は空かなかった。

「米もカレーも、ちょっと作りすぎだよあいつ。いったい何食分だ?」

「…すまん」

「なんでアニキが謝るんだ?うーん、まあわからんこともないか。随分と久しぶりだったしな、ツボミさん」

何度も語っているようにカケルには大変な時期があった。その時カケルとツボミの間に大きな亀裂が走る事件があったのだ。それ以来今日まで、ツボミはこの家に来なかった。そのことが今日のサキの発狂に関係があることは間違いなかった。

「ツボミさん、ね。お前も随分他人行儀に呼ぶようになったな」

「しゃーねえだろ。本当に久しぶりだったからな。もう3年ぶりくらいだったし」

「そうだな…」


部屋を片付けて2人でカレーを食べる。いつもなら会心の出来と妹の頭を撫でてやるのだが、今日はできなかった。仕方ないので代わりに弟の頭をぼんやり撫でていた。サキの顔を重ねながら。

「ちょっ!何すんだよやめろよ!キモイ!」

「いや、すまんな。あとでおれの楽譜コレクション見せてやるから…」

「は!?」


シリアス下手ですみません

いや、本当はシリアスにするつもりなんてなかった

シリアスに挟まれたボケがその証拠です

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