母とお母さん
私には2人の母親がいる。
きっと2人とも考えていることは同じだったんだろう。
母親がやって来た。
父が愛した2番目の母。
私を産んだ母とは違う母。
全く何も知らない赤の他人。
帰るのが憂鬱だな。
赤の他人にただいまなんて言いたくない。
そうだ。今日は川に行こう。優しい自然の川へ。
帰りの道の中にある橋の下の川へ行こう。
帰り道は、長い道のりだから、よかった。
家に近づくにつれ、田舎になっていく。
それは心を綺麗にさせたり虚しくさせたり諸々だ。
少しずつ建物が減っていって、空が大きくなっていって、緑が多くなっていく。
空気は淡く軽くなっていき、自分が受験生だなんてことを忘れてしまう。
もう、1月の後半だというのに勉強をする気が起きない。
空を見ると、空は大人しかった。
惹き込まれるような暗い青に、
少し茶色が混ざったような渋い緑、
わたあめにほんのり色がついたかのような淡いピンクはほんのりと優しい。
空は無条件に私を受け入れてくれる気がする。お母さんのようにすら見える。
空を見上げながら、ゆったりとかかとからつま先へしっかりと踏みしめる。
いつしか川に着いて、砂なんて気にせずに座る。
汚い川なのか、空の色をよく映す。
汚くても、綺麗になれるなんて、羨ましい。
最近は何を見ても癒される。
通う学校は近くの公立中学校で、色々な趣味嗜好の人がいる。
進路もバラバラで気の合う友達なんか全然いない。
私は一人になるのが嫌。寂しくて、惨めで、虚しくて、誰も私なんか認知していないだろうと思ってしまうから。
いくら気が合わない人でも、居場所が欲しい。
だから私は愛想笑う。馬鹿みたいに笑うふりをして、どんな顔かもしっかり覚えていない友達との時間を仲が深まったかのように刻み込む。
自分の意見は言わなくてもうんうん話を聞いてれば人は自然と自分の話をしてくれる。
要するに人は話を聞いてもらいたいんだ。
空がどんどん暗くなっていく。太陽を隠して、光を失わせて、世界を殺していく。だが、街は強い。
街灯が至るところに灯っていくと、街は夜なのに明るく生き返っていく。
世界はいいなあ。人間が勝手にでも、元気づけてくれて。
川もそうなの。表面が街灯の光で光っていって、中に生物がいるかのように錯覚させる。
綺麗になりたいな。
目が霞んでいく。眠い。寝てしまおう。短い川沿いの草に包まれて寝てしまおう。
身体が宙に浮くような感覚が迫り来る。
それは地面のない果てしなく続く穴にゆっくりと落ちていくような感覚。空気抵抗を感じつつも、身体は落ちていくような感覚。
それは寝る前の合図のようなものだった。
あぁ、眠れる、と安心した。
目を閉じるとそこに街灯なんかないみたいに真っ暗で、なんだ弱っちい元気だと、思わず顔が緩んだ。
夢を見た。明晰夢というやつだ。夢の中でこれが夢だとわかるやつ。
お母さんに会った。お母さんはやけに私を褒めた。
会話ではなく一方的に褒められるだけだった。
「あなたはすごい」
「昔からちょっとペースが遅いだけだから、あなたはあなたのペースでいけばいいの」
「お母さんはあなたが頑張っていることを知っているからね」
「お母さんがいなくても頑張れるのね」
悲しそうに呟いた。お母さんは生前もよく私を褒めてくれた。
長い説教をすることもあったけど、私を理解してくれる人だった。
私はなんとなく何も無いのに何かで泣きたいと思ったことが何度もあった。
そんな時お母さんは欲しい言葉をくれた。
お母さんは私の中ですごい人だった。
お母さんは髪を定期的に染めていた。だから、髪からは強い薬の匂いがほんのりとした。夢の中でその匂いはすごくリアルだった。
お母さんはよく意味もなく私の頭をなでた。
私は意味のわからないような素振りをしつつ、すごく嬉しかった。
会いたい。会いたいな、お母さん。いっぱい話したいことがあるの。
「お母さーーー」
話そうとしたらお母さんは歩いてどっか遠くに行ってしまった。お母さんの行く先は輝いていて目が痛い。
待って。待って、私も伝えたいことがあるの。夢でもいいから、お願い、私の話を聞いて。
走ってるのに追いつけない。お母さんはあんまり速かないのに追いつけない。
いつの間にか見えなくなって、夢の映像が途絶えた。
意識が戻る。目には涙がたまっている感覚がある。
相変わらず私は情けない。
ゆっくり目を開けるとやっぱり涙は静かに流れていった。この、涙が落ちる感覚はなんか好きだ。
上体を起こしてみると、草の感覚がある。
外で寝ていたことを思い出し、急に心が焦り出した。
今、何時だろう。
空は真っ暗で、どこかの家から親子の笑い声や
皿に箸が当たる時の軽い音、コロッケの匂いや、肉じゃがの匂いがする。
帰ろう。お腹がすいた。
重たい学校のメインバックを右肩に乗せて家路を急いだ。何だか鼻が冷えていることが気になった。
家に帰ると、電気はついているのに母はいなかった。
父は帰りがいつも遅いからきっとまだいないだろう。
食卓には冷めているかぼちゃの煮物ときっと冷たいであろうみそ汁、暖房でパサパサになっていそうなご飯が置いてあった。
あぁ、そういえば今何時だろう。そう思って時計を見ると8時を指していた。
結構寝てしまった。
それにしても母はどこに行ったのだろう。
母は専業主婦なので、いつも家にいるはず。
夕飯を作る時に何か足りない調味料でもあったのかな。
なんとなく、母の帰りを待った。夕飯は母と食べなければと変な使命感があったから。
8時半を回ったあたりで外が騒がしくなった。
私はぼんやりとバラエティー番組を見ていた。
なんか胸騒ぎがした。
何か家族の不幸とかの予感の類じゃなくて、
悪いことをして怒られるであろう予感の類。
もしかして心配されていたのだろうか。
いつも帰りは早いから、母は心配して探したのだろうか。
でも、母は私のことに興味を持ってないように思える。
だから、違うんだろう、と思った。
そう思っていたら、急に勢いよく玄関が開けられた。
あっ、鍵を占め忘れたな、と焦った。
そっと、玄関を覗こうと行くと、急いでブーツを脱ぐような音が聞こえる。
母かな。
覗いてみると、母だった。
私はいつものように笑顔をつくる。
「おかえりなさい」
そう言うと母は驚いたような顔をした。
違和感。母の周りにはレジ袋も何もない。
調味料を買いに行ったわけじゃないのか。
勝手に推測していた事とはいえ、違う目的で外へ出ていったことに驚いた。
母はブーツを急いで脱ぐと私のところへ走ってきた。
なにか、怖かった。急に怒られる予感がした。
母はおしゃべりなのにまだ一言も発しない。
母は私の頬に手を添えて私の顔を覗き込んだ。
母が何をしようとしているのかわからなくて怖い。
それはきっと30秒もない短い時間だったが、怖いためか長く感じた。
母は何かを確認し、急にホッとしたかのようなため息をついた。そして、私を強く抱きしめた。
「…どうしたの?」
私は驚いた。母は私にこんなことをしたことがない。
ほんのりと髪から汗の匂いがする。
「心配したんだから」
母はより強く私を抱きしめて泣きそうな声でそう言った。
腕が痛い。何の心配をしたんだろうか。
「なんで?」
本当にそう思ったからそう聞いた。
すると母は
「親の心子知らずとはこのことだね」
と呟いた。
もしかして、私の帰りが遅かったから探していたのだろうか。
「探したの?」
私はあえて、主語も目的語もつけずに言った。
なんでわかりづらく言ったかは分からない。
「そうだよ。こんなに遅くまで家にも帰らずどこ行ってたの」
母は私の伝えたいことを理解し言葉を返した。
私は、この人に愛されてると急に確信した。
この人は若い。もしこの年齢で私を産んだのなら10代から子育てを開始することになる。この人は29歳。
なめていた。血がつながっていないから、私のことを愛することなんてないだろうと、思っていた。
だけど母の姿をじっくり見ると、冬なのにコートも着ずに目が腫れていて、顔が真っ赤になっていた。
母の強い抱擁に甘えて母の身体に密着すると
外に吹く風の匂いがした。小さい子が外で暴れ回った後のような、あの、微かな匂い。
母は必死に私を探していたのだろうか。
じんわりと目が熱くなって、鼻は息をしづらくなって、自然と涙が溢れた。
愛されてる。母は母だけど、私のお母さんだ。
今まで、愛想笑いで触れ合っていたことに申し訳なさを感じた。母はお母さんとは違って、愛し方が明確じゃなかったんだ。だから、私は気づけなくて、あえて壁を作ってしまっていた。
母は長いあいだ私を抱きしめていた。
そしてゆっくりと身体を離し、
私の目をじっと見て、ご飯食べよっかとはにかみながら言った。
初めて書いたので、構成もめちゃくちゃで
受験勉強の合間に書いたので、あんまりまとまりがない話でしたが、読んでいただいてありがとうございます(^。^)