エピローグ
「ふんふふ〜ん♪」
月曜日の朝。
いつものように早めに起きて、わたしは家の台所で朝食の準備に取りかかった。
あれから、およそ1週間。
お姉ちゃんと先輩は、依然として行方不明のままだ。
学園では、2人は駆け落ちをしたんじゃないかという噂が飛び交っている。
……こちらの、もくろみ通りといったところか。
わざわざ先輩と、デートなんてものをしたかいがあった。
「さて、そろそろできてるかな」
わたしはメインディッシュを選ぶために、冷蔵庫のドアを開けた。
中には、きちんと処理を施した……お姉ちゃんが入っていた。
「おはよう。今日も綺麗だね」
いつもと同じように、愛しい姉に挨拶をする。
――あの日。
先輩の息の根を止めたあと、わたしは汚れた心を取り除いたお姉ちゃんを、家で保存できるようにした。
最初に首を切り取って、顔を綺麗に残せるように処置を施す。
多少危険ではあるけど、これだけは手元に残しておきたい。
それから動脈を切って、体から血抜きをし、内臓を切り分けて丁寧に水洗いをした。
汚れていない部分は、どこであろうとも無駄にするつもりはない。
血を抜いた体は、用意しておいた熱湯につけて、毛を抜いてからバラバラに切り分けた。
それらをひとつずつビニール袋に封入して、倉庫にあった大きめのクーラーボックスに入れて冷凍する。
あらかじめ中に大量の保冷剤を入れておいたから、しばらくすればいい感じに冷やされるだろう。
「これで綺麗なお姉ちゃんを、持って帰ることができる」
そこまで作業を終えると、今度は邪魔者の処分に取りかかることにした。
動かなくなった先輩を拘束から解き放ち、衣服をはいでいく。
体をむき出しにしたところで、近くにあった水道からホースで水を引っ張ってきて、先輩に付いた血を洗い流す。
汚れた心はともかく、美しいお姉ちゃんの血を、こんな男に振る舞う必要はない。
「面倒ではあるけど、仕方ないわね」
それから自分も血の付いた服を脱いで、体を水で洗った。
やはり、水が使えると便利だ。
汚れた自分と先輩の服は、放置してあったドラム缶の中に入れて燃やすことにした。
必要となる可燃物と着火剤は、すこし前に下見に来たときに用意してある。
服を燃やし終えると、キャリーバッグから新しい服を取り出して着替えた。
先輩にも、前もって購入しておいた男物の服を着せる。
「さて、ゴミ捨てといこうかな」
わたしは近くに置いてあった台車を拝借して、先輩を上に乗せた。
外に人の気配がないことを確認してから、台車を押して外に出る。
そして慎重に、港へと向かった。
誰にも見られないと思うが、万が一ということもある。
しばらくして港にたどり着くと、手漕ぎボートに先輩を乗せて、すこしだけ沖へとこぎ出した。
夜の海に出るのは危険だけど、目的のためなら仕方がない。
「このあたりで、いいかな」
予定していた場所に着くと、先輩を夜の海に投げ捨てた。
ここなら潮の流れからして、簡単には見つからないだろう。
仮に見つかったとしても、行く当てもなく心中したと判断されるはずだ。
わたしが疑われることは絶対にない。
「両親を殺したときのようなヘマを、するわけにはいかないから」
先輩を捨てると、わたしはお姉ちゃんのいる場所まで戻った。
台車を元の場所に置いて、朝になるのをじっと待つ。
…………………………。
夜が明けると……
クーラーボックスの中で冷凍しておいたお姉ちゃんを、キャリーバッグに詰め込んだ。
一晩かけて冷凍したから、いい感じに冷えている。
最後に証拠になりそうなものを残していないか確認してから、わたしは漁業施設を出た。
家までの帰り道を、自然な姿で戻って行く。
来るときとは対照的に、地味な服装を着ておいたから、特に怪しまれることもなかった。
無事、家に到着すると、空にしておいた冷蔵庫にお姉ちゃんを入れて、腐敗しないように保存した。
あれから一週間……ようやくこのときが来た。
「まずは、この部分からいただこうかな」
わたしはビニール袋に入れられた、お姉ちゃんの体の一部を取り出した。
「ふんふんふん♪」
それを鼻歌交じりに調理していく。
最近はおいしく食べるための方法をネットで紹介されているから、すごく助かる。
そして――
「できた〜!」
完成した料理をテーブルに並べると、エプロンを外して席に着いた。
「それじゃあ、いただきま〜す」
はやる気持ちを抑えながら、お姉ちゃんを食してみる。
「ん〜。すっごく、おいしい!」
1週間、冷蔵して熟成させたお姉ちゃんの体は、とっても美味だった。
やっぱり汚れていない、綺麗なお姉ちゃんは最高だ。
「ふ、ふふふ……」
これから毎日、自分の中にお姉ちゃんを取り込んでいこう。
そしてわたしたちは、ひとつの存在になるんだ。
「ああ……なんて、すばらしいのかしら!」
綺麗なお姉ちゃんと、ずっと一緒にいられるなんて。
笑みがこぼれるのを隠すこともなく、じっくりと味わいながら、わたしはお姉ちゃんを食べ続けた。
…………………………。
「ごちそうさまでした」
食事を終えると食器を手早く片付けて、学園に行く準備をする。
そして――
「いってきま〜す」
冷蔵庫の中のお姉ちゃんに挨拶をして、わたしは家の玄関を出た。
さあ、今日も普通の振りをしながら、退屈な学園生活を送ろう。
誰からも、疑われることのないように――
「あの、ちょっといいかしら」
「え……」
歩き始めようとしたところで、女の人に声をかけられた。
その顔に、わたしは見覚えがあった。
「ごめんなさい。はじめまして、あたしは――」
「知ってます。先輩のお姉さん……ですよね?」
「え、ええ。すこしだけ、お話ししてもいいかしら?」
「……はい」
以前、見たときはもっと輝いているような雰囲気だったけど、今は完全に影を落としてしまっている。
かなり衰弱しているのだろうか……せっかくの美人が台無しだ。
「あたしの弟と、あなたのお姉さんが行方不明になってから……もう1週間になるわ。お姉さんから、なにか連絡はないかしら?」
「いえ、なにも……」
「そう……。一応、捜索願いを出して、探偵も雇っているけど、まったく情報が入ってこないの」
やはり、そのことで話を聞きに来たのか。
この人、先輩の行方を必死に捜しているんだろう。
「わたしの方は、捜索願いとかは出してないんですよ」
「えっ!?」
「だって、2人は一緒にいなくなるんじゃないかって……なんとなく感じていましたから」
「……あたしはそれに、気づくことすらできなかったわ。ずっと……ずっと見続けていたのに」
「…………」
「本当、家族……失格ね。こんなことになるなんて考えてもいなかったから」
お姉さんが、瞳に涙をためている。
よほど先輩のことを信用していたんだろう。
いや、家族以上の感情を……抱いているのかもしれない。
それなら、さっさと自分のものにしておけばよかったんだ。
そうすれば、こんなことにはならなかったのに。
「あ、ごめんなさい」
「いえ」
「あのね。お父さまも2人が無事に帰ってきてくれるなら、関係を考え直してもいいっておっしゃってるの」
「本当ですか?」
「だから、もし連絡があったら、そのことを伝えてもらえないかしら」
「わかりました」
「それと、困ったことがあったら遠慮なく言ってね。あなたはあたしの、義理の妹になるかもしれないんだし」
「あ、ありがとうございます」
この人……外見だけじゃなく、中身も本当に綺麗な人だ。
心が宝石のように、キラキラと輝いている。
そういえば一時期、お姉ちゃんと友達同士だったはず。
「ねえ。よかったら、一緒に学園に行かない」
「は、はい」
わたしは大喜びで、お姉さんの隣を歩き始めた。
こんな素敵な人、そうはいない。
きっとわたしのことも、理解してくれるだろう。
ふ、ふふふふふっ――
『新しいお姉ちゃん。見ぃ〜つけた』