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6/8

6日目 土曜日

「あっ、先輩。こっちですよ〜」

「千夜雫……ちゃん?」


 翌日の午前9時。約束した場所に到着すると、そこにはいつもと違う格好をした千夜雫ちゃんがいた。

 私服なのは当然だけど、つば広帽子をかぶって眼鏡をかけている。


「どうしたの? その格好」

「わたしってことが、わからないようにした方がいいかと思って」

「ああ、なるほど」


 だけど、その思惑は完全に失敗していた。

 なぜなら彼女は、白のワンピースに白のサンダルという、男の理想を完璧なバランスで取り込んだ服装をしていたからだ。

 被っている帽子も服装に合わせたかのような白色で、山の基部にオレンジ色のリボンが巻かれている。

 そして眼鏡のフレームも、リボンと同じオレンジ色で彩られていた。

 こんな姿をした千夜雫ちゃんが、目立たないわけがない。

 まわりからしてみたら、アイドルが写真集の撮影でもしているのかと思うだろう。


「でも……さっきから、すごく視線を感じるんですよね」

「そりゃあ、そんな格好をしていたらね」

「えっ? この服、似合っていませんか?」

「いや、すごく似合っているよ」

「よかった〜。がんばったんですよ。わたしまだ、諦めたわけじゃないですから」

「は、ははは……」


 なにを? ってのは、怖くて聞けなかった。

 休日に女の子と2人きりで外出するんだ。デート以外の何物でもないだろう。

 こんな姿を誰かに見られたら、なにを言われるかわかったもんじゃない。


「ところで、そのキャリーバッグはなに?」


 千夜雫ちゃんの姿も目立ちまくっていたけど、それと同じくらい彼女のウエストほどの高さがある大きな鞄が目に付いた。

 海外旅行なんかでよく利用する、上の部分に取っ手があって、底に車輪が4つ付いているやつだ。

 アンティークなデザインで彼女の服装とよく合っていたけど、なぜそんなものを持っているのか不思議だった。


「これは、あとで必要になるから用意したんです」

「ふ〜ん。とりあえず、それはオレが持つよ」

「ありがとうございます」


 千夜雫ちゃんからキャリーバッグを受け取って動かしてみる。

 ある程度の重さは覚悟していたけど、思ったよりも軽かった。


「意外と軽いね。中になにが入っているの?」

「着替えが入っています」

「……はい?」


 なんでそんなものが入っているんだ?

 まさか、今日はお泊まり……なんてことはないよな。こっちはそんなつもりはないし。

 しかし、こんなものを持って男と女が歩いていたら、マズいんじゃないだろうか?


「なんか、端から見たら誤解されそうだね」

「なにを誤解されそうなんですか?」

「ほら。2人きりで旅行とか――」

「あ、わかった!」


 オレの言葉を遮って、千夜雫ちゃんが大きな声を出してくる。

 同時に、イタズラっぽい笑みを浮かべてきた。

 このパターンは、まさか――


「これから、駆け落ちするんじゃないかってことですね!!」

「わあああああああああああああっ!!」


 予感的中。一昨日の教室のときと同様に、大声でとんでもないことを言い出した。

 待ちゆく人々の視線が、一気にこっちに集まってくる。


「なな、なんてことを大声で言うの」


 オレは小声で、千夜雫ちゃんの発言をとがめた。

 これだけ人がいると、学園の関係者だっているかもしれないのに。


「いいじゃないですか。わたしはそれでもいいかなって思ってますし」

「オレは全然よくないよ!」


 ダメだ。なんかもう完全に千夜雫ちゃんの独壇場になっている。

 すでにどん底まで落ちている学園でのオレの立場を、彼女はさらに落とし込むつもりなんだろうか。

 しかし、千夜雫ちゃんの気持ちに答えられなかった後ろめたさがあるから、あまり強気に出ることもできない。

 とにかく、注目されまくっているこの場から退避しよう。


「そ、それで、どこに行こうか?」

「ん〜。さすがにこの街でデートってわけにはいきませんから、隣街のテーマパークに行ってみませんか?」

「いいね」


 今日一日、千夜雫ちゃんに付き合うって決めたんだ。なんとか乗り切らないと。

 オレたちはバスに乗って、最近、話題になっているテーマパークに行くことにした。


 最寄りのバスターミナルに到着してバスを降りると、近くにあったコインロッカーにキャリーバッグを入れた。

 さすがにこういうところだと、大型サイズのものが用意されているみたいだ。

 それからチケットブースでパスポートを購入し、メインエントランスを通り抜ける。


「わあっ、素敵! わたし、こういうところに来るのって初めてなんです」


 すると、千夜雫ちゃんが歓声を上げてきた。


「そうなの?」

「はい、今まで遊びに行ったりする余裕が、ありませんでしたから」

「…………」


 千夜雫ちゃんの家庭の事情……か。

 昨日の夜、母親からその辺の話を聞き出そうとしたけど、なにも教えてはくれなかった。

 いや、それほど詳しい内容を知っている様子ではなかった。

 やはり直接、親父から聞き出すしかないか。

 今日の夜は家に帰ってくるから、最後まで話をしないと。


「先輩、なんか表情が暗いですよ」

「ああ、ごめん」


 こんなところで、あれこれ考え込んでも仕方ない。

 せっかく来たんだし、楽しまないと損だ。


「よし。それじゃあ休日で混んでるだろうから……まず始めに、指定された時間に専用入場口から入れるパスを取ろう」

「はい」

「それから各種ショーの開催時間前に戻ってこられるように、インフォメーションボードでアトラクションの待ち時間を見ながらまわろうか」

「……先輩、結構詳しいですね」

「そ、そうかな?」


 千斗瀬さんと一緒に来ることを夢見て、脳内で何百回もシミュレートしたことがある!

 なんて、恥ずかしくて言えるわけないし。


「でもその分、楽しめそうです。まずはパスからですね。さっ、行きましょう」

「う、うん」


 千夜雫ちゃんが急かすようにして、先を歩き始める。

 経緯がどうであれ、オレにとって人生初のデートなんだ。

 千夜雫ちゃんが満足できるように、精一杯、案内していこう。

 …………………………。


 それからオレたちは、夕方近くまでテーマパークで遊び尽くした。


「結構、長い時間、遊んだね」

「はい、すっごくおもしろかったです」


 本当に、楽しすぎてあっという間に刻が過ぎてしまった。


「閉園まではまだ余裕があるけど、そろそろ出ようか」

「ちょっと残念ですけど、仕方ないですね」


 さすがに夜遅くまで、連れまわすわけにはいかないし。

 でも、千夜雫ちゃんは十分喜んでくれたみたいだ。


「このあと、なにか食べていこうか?」

「いいですね。先輩の懐具合を考えると、あまり高級なお店に行くのもかわいそうですから、ファミレスあたりで手を打ちますよ」

「ありがと」


 テーマパークを出て、キャリーバッグを回収すると、オレたちは近くのファミレスで早めの夕食をとることにした。

 たしか、駅がある方に一件あったはずだ。


 店の前に移動して中の様子をうかがってみると、休日だけど夕食には早い時間ということもあって以外と空いていた。


「ここでいい?」

「ええ」


 店内に入って、ウェイトレスに案内してもらう。

 座席を前にすると、千夜雫ちゃんは被っていた帽子を取ってから座った。


「ふぅ……ちょっと疲れちゃいましたね」

「えっ!? あ、うん」


 思わず驚きの声を上げてしまったけど、平静をよそおいながらオレも反対側の席に座る。

 ああ、ビックリした。千夜雫ちゃんの姿が一瞬、千斗瀬さんに見えるなんて。


「どうしたんですか?」

「い、いや、なんでもないよ」

「……もしかして、わたしをお姉ちゃんと見間違えたんじゃないですか?」

「うっ……ごめん」


 毎度のこととはいえ、ホント鋭いよな。

 千斗瀬さん同様、下手な言い訳は即座に見抜かれてしまう。


「仕方ないですよ。帽子のせいで髪型がいつもと違ってますし、今日は暑そうだったんで髪を後ろで縛ってきましたから」

「あらためて見ると、2人ともよく似てるね」

「そりゃあ双子ですから、似ていて当然です」

「双子!?」


 そんな話、千斗瀬さんからも聞いたことないぞ。


「あれ? 先輩、知らなかったんですか?」

「当然だよ! だって、学年が違うし」

「わたしは2年ほど、施設に預けられていたことがあるんですよ。だから、同じ学年に通うことはできなかったんです」

「そ、そうなんだ」


 なんで預けられていたか……は、聞かない方がよさそうだ。

 両親を亡くしたあと、いろいろ苦労したって言ってたし。

 しかしこの子は、オレが今まで知らなかった千斗瀬さんの家庭の事情を、あっけらかんと話してくるな。


「そんなわけで、わたしの方が先輩より年上ですから、これからはお姉ちゃんと同等に扱ってください」

「いや、今さらそんなこと言われても」

「ふふ、冗談ですよ。これまで通りでかまいません。その方が、お互いしっくりきますし」

「ありがとう」


 双子か……それなら、千斗瀬さんと見間違えてもおかしくはない。

 ……待てよ。もしかして、お互いがちょくちょく入れ替わっていたりして!?

 じつは私、姉の方なんです……なんて、ありきたりな展開が起こったりはしないか。

 オレが千斗瀬さんを見間違えるわけないし。


「とりあえず、なにを食べるか決めようか」

「はい」


 メニューを眺めてそれぞれ食べるものを決めると、ウェイトレスさんを呼んで注文を済ませた。

 しばらくして料理が運ばれてくると、それを2人で談笑しながら食べる。

 …………………………。


「ごちそうさまでした」

「ごちそうさま」


 食事を終えて、のんびりとした時間を過ごす。

 千夜雫ちゃんと一緒に食事をするのも、ずいぶん自然になってきた。

 最初の頃は、緊張しまくっていたっていうのに。


「先輩、今日はわたしのわがままに付き合ってもらって、ありがとうございました」

「お礼を言われるようなことはしてないよ。オレも楽しかったし」

「そんな風に友達ヅラして、あたりさわりのないセリフで同情するくらいなら、わたしと付き合ってくれませんか?」

「あのねぇ……」


 この子はまた、さらりととんでもないことを言ってくるな。


「オレは同情しているつもりはないよ」

「ふふ……わかってますって」


 千夜雫ちゃんが目配せをしながら笑ってくる。

 こういうのにも、だいぶ慣れてきた。


「先輩が本当にやさしい人ってことは、今日一日付き合って再確認できましたから」

「そ、そう?」

「でも、そのやさしさが……すごく妬ましくなるときもあるんです」

「えっ?」

「……そろそろ行きましょうか」

「あ、うん」


 精算を終えてファミレスを出ると、もうすぐ日が落ちそうになっていた。

 千夜雫ちゃんの最後の言葉が気になるけど、そろそろお開きにしよう。

 オレはこのあと、家に帰って親父を説得しないといけないし。


「暗くなる前に、帰ろうか」

「あの……先輩、最後にもう一か所だけ、わたしに付き合ってもらえませんか?」

「えっ?」

「なにも聞かずに、そこまで一緒に行ってほしいんです」


 千夜雫ちゃんが真剣な目差しで、オレに訴えかけてくる。

 あまり遅くなるわけにはいかないけど……今日一日、最後まで付き合うって決めたんだ。


「うん。いいよ」


 オレは笑顔で、千夜雫ちゃんの願いを受け入れた。


「ありがとうございます。えっと、電車に乗るので、このまま駅に向かってもらえますか」

「わかった」


 言われるまま駅の方へと移動する。

 どこに行くのかわからないけど、そんなに遅くはならないだろう。


 最寄り駅に到着すると、千夜雫ちゃんが券売機で2人分の切符を買って、そのうちの1枚をオレに渡してきた。


「はい、先輩の分です」

「あ、切符代は払うよ」

「それはいいです。今日一日、おごり続けてもらいましたら」

「そう……」


 切符を受け取り、改札を抜けてホームへと移動する。

 そこには、すでに電車が止まっていた。


「ちょうどよかった。この電車に乗ってください」

「うん」


 行き先を確認する暇もなく、千夜雫ちゃんと一緒に電車に乗り込む。

 車内にはそこそこ人がいて、座席が空いてなかったので、オレたちはドアの側に立つことにした。


「…………」


 電車に乗ってからというもの、千夜雫ちゃんは物思いにふけったように外の景色を見ているだけで、話しかけてこなかった。

 ……なんか、本当に駆け落ちをするみたいな雰囲気になっているんだけど。

 ここでも千夜雫ちゃんは目立っていて、多くの人が二度見してくるし。

 それからしばらくの間、オレたちは電車に揺られ続けた。

 …………………………。


 途中、乗り換えを何度か繰り返して、かなり遠くまで来てしまった。

 今、乗っている電車の車内には、オレたち以外誰もいない。

 窓の外の景色は、すでに真っ暗になっていた。


「次の駅で降りてください」

「わかった」


 電車が駅に着いたところで、2人でホームに降りた。

 駅の名前を確認したけど、まったく見覚えのない場所だった。

 乗ってきた電車が走り去ると、あたりは真っ暗になってしまう。


「暗いな」

「ここは無人駅なので、電気はほとんどついてないんですよ」

「そっか」


 足下に気をつけながら改札まで歩いて、切符を箱に入れてから……駅を出た。

 見知らぬ街並みを前にして、すこし不安になってしまう。

 ここはいったい、どこなんだろう?

 かすかに潮の香りがしてくることから、海が近いのかもしれない。


「先輩、こっちです」

「う、うん」


 キャリーバッグを引きながら、千夜雫ちゃんの後ろを黙ってついていく。

 かなり田舎みたいで、駅前なのに街灯はほとんどなかった。

 暗くて人通りのない道に、オレが引くキャリーバッグの音だけがやけに響いている。

 …………………………。


 しばらく歩いていると、海が見えてきた。

 どうやら、港のようなところに来たみたいだ。

 まわりに年季の入った漁船が数隻泊まっているから、おそらく漁港なんだと思う。

 しかし、まったく人の気配がしなかった。


「ここって、もう使われてないのかな?」

「すこし前に、破棄されたようですよ」

「そっか……ねぇ、そろそろオレをここに連れてきた理由を教えてくれないかな?」

「先輩、海を見るのは、デートでお決まりのコースじゃないですか」

「……はっ?」


 まさか、そんな理由でこんなところまで案内したのか?


「いや、そういうときは浜辺に行くもんだし」

「そうなんですか?」


 あたりまえだ。ここじゃ裸足で海岸を歩いたり、波と戯れたりといったお約束なこともできない。

 なにより、雰囲気もなにもあったもんじゃない。


「あいにく、ここが目的地ってわけじゃないんですよ。だから、もうすこし歩いてください」

「あ、ああ」


 再び千夜雫ちゃんが歩き始める。

 オレはそのあとを、あわててついていった。

 まだ着かないのかな……夜も更けてきたし、今日中には帰りたいんだけど。


 そうこうしているうちに、倉庫のような建物がいくつか見えてきた。

 ここも外灯がほとんどなくて、人の気配もしてこない。

 なんか、すっごく不気味な感じがしてくるんだけど。

 よくドラマとかでは、こういう場所で銃撃戦やカーチェイスをやっているし。

 不安な気持ちで歩いていると、千夜雫ちゃんが一番奥の建物の前で立ち止まった。


「はい、到着で〜す」

「ここって……」


 そこは他の倉庫と比べて、すこし感じが違っていた。

 多分、水揚げされた魚を保管したり、競りを行ったりするための場所じゃないだろうか。


「なんでこんなところに、オレを連れてきたの?」

「そ・れ・は、ここに先輩を拉致監禁するためで〜す」

「ええ゛っ!?」


 拉致監禁って……本気でそんなことを考えているのか?


「ふふっ、冗談ですよ」

「な、なんだ、脅かさないでよ」

「先輩、なにも聞かずにここまで付いてきましたけど、そうなる可能性を考えなかったんですか? わたしがヤンデレな女の子だったら、絶対にそうしていますよ」

「いやいやいや」


 ヤンデレって、精神的に病んだ状態にありながら愛情表現をすることだよな。

 そんなあぶない考えをする子が、そうそういるわけがない。


「とにかく入ってください。中にはスペシャルゲストも待っていますから」

「スペシャルゲスト?」

「ええ、先輩のよく知っている女の子ですよ」

「それって――」

「ささ、どうぞ」


 千夜雫ちゃんが正面の重い扉を開き、中に入るように示してくる。


「…………」


 いきなり、こんなところに連れてこられても……

 なんの目的があるのか? そして誰が待っているのか?

 いろいろと気になることはあるけど、聞くより自分の目で確認した方が早そうだ。

 オレは促されるまま、倉庫の中に入った。


「……あれ? 真っ暗で、なにも見えないんだけど」

「寝るときは、電気を消すものですよ」

「えっ?」

「だから――おやすみなさい、先輩」

「ぐっ!?」


 首の後ろに鈍い痛みを受けて、目の前が真っ暗になってしまう。

 そのまま両ひざをついて、受け身もとれないまま床に倒れた。


「う、うう……」


 そしてオレは……意識を失った。

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