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4日目 木曜日

「……ん?」


 翌日。4時限目の授業がもうすぐ終わろうとしたところで、窓の外から雨音が聞こえてきた。

 どうやら、雨が降り出してきたようだ。

 多分、通り雨になるだろうと考えているうちに、授業を終えるチャイムが鳴り響く。


「さてと」


 今日も千夜雫ちゃんと一緒に、屋上で昼食をとるんだっけ。

 まあ、あそこなら誰かに見られることもないし、大丈夫だろう。


「あれ? そういえば――」


 雨が降っていると、屋上で食事なんてできないよな。

 その場合、どうすればいいんだろう?

 ……なんか、すごく嫌な予感がしてくるんだけど。


「先輩、今日は雨が降っていますから、ここで一緒に食べましょう」

「げっ!?」


 予感的中。学園でのオレの立場を完全に失わせるセリフと共に、千夜雫ちゃんが教室にやってきた。

 クラスメイトの突き刺さるような目差しが、一斉にこっちに向けられる。


「ああ、あの――」

「約束通り、ちゃんと先輩の分のお弁当も作ってきましたよ」

「ぐはっ!」


 もはや、誤魔化すこともできないような言葉を、あっけらかんと言われてしまう。

 おいおい。この子は自分がどれだけ影響力のある人間なのか、まったく理解してないのか。


「この席の人、いないみたいだから椅子を使わせてもらいますね」

「え、ええと……」


 あわてふためくオレを無視しながら前の席の椅子をこちらに向けて、千夜雫ちゃんがすばやく座った。

 そして、持ってきたふたつのお弁当を、机の上に広げ始める。


「ふふん、今日のお弁当は自信作なんです」


 いや、そんなことよりも……今ここで大問題が発生しているんだけど。


「あの、千夜雫ちゃん。昨日、この教室には来ないって約束してくれたよね」

「あっれ〜。わたし、そんな約束しましたっけ」


 あさっての方向を見ながら、千夜雫ちゃんがすっとぼけた声を上げてくる。

 わざとか……わざとなんだな。

 どうやらオレは、この子の恐ろしさを全然理解していなかったようだ。


「やっぱり隠れてあいびきなんて、学園生徒としてよくないですからね」

「ふごっ!?」


 ここまで言われると、もはやどんな言い訳も通用しなくなってしまう。

 ああ……なんで、こんなことになったんだ。

 たしかに、雨の日はどうするか決めてなかったけど。

 いや、問題なのはそこじゃない。

 もし、こんなところを千斗瀬さんに見られたら――


「あれ、お姉ちゃん」

「えっ? うおっ!?」


 教室の入り口付近を見てみると、ドアのすぐそばに……千斗瀬さんが立っていた。

 手にお弁当箱を持って、いつもと変わらない無表情ではあったけど、オレには背後にどす黒いオーラが立ち込めているように見えた。

 あわわわわ……殺される。これは確実に殺されてしまう。


「お姉ちゃんも、一緒に食べようよ」

「ええ゛っ!?」


 千夜雫ちゃんの斜め上すぎる提案に、変な声が出てしまった。

 じょ、冗談じゃない。この場に千斗瀬さんまで加わろうものなら、オレの精神は確実に崩壊してしまう。

 なんとか……なんとかしないと。


「ええ、そうさせてもらうわ」

「なんですと〜!!」


 その提案に反論することもなく、千斗瀬さんがオレたちのそばに近づいてくる。

 近くの空いている席から椅子を奪い取り、千夜雫ちゃんの真横に座ると、おもむろに自分のお弁当箱を広げ始めた。

 ななな、なんなんだ……この状況は。

 美女2人をはべらせて、教室で食べる昼食。まさに、至高の学園イベントと言っていいだろう。

 しかも、そのうちの1人が千斗瀬さんだなんて……

 絶対に実現しないと思っていたことだけに、感動で打ちひしがれそうになる。

 だが、しかし――


「2人ともいつの間に、毎日一緒にお昼を食べるほど親しくなったのかしら」

「ひぎぃっ」


 千斗瀬さんの機嫌は、ハッキリわかるぐらい悪かった。

 いつもと同じように聞こえる口調の裏には、明らかに怒りの声が含まれている。

 そりゃあそうだ。愛する妹が、男なんかと一緒に昼食を食べようとしているんだから。


「はい、これが先輩の分ですよ」

「あ、ありがとう」

「しかも、お弁当を作ってもらうなんて……驚きだわ」

「ぐっっ」


 その上、千夜雫ちゃんはオレの分のお弁当まで作ってきてくれている。

 これで怒りゲージが振り切れない方が、おかしいってものだ。


「ひそひそひそひそひそひそひそひそ」


 クラスの他の生徒たちは、オレたちを遠巻きに観察しながら、あれこれ話していた。

 はは……オレの平穏な学園生活は、確実に崩れ去っただろうな。


「それじゃあ、いっただっきま〜す」


 微妙な空気を気にすることなく、千夜雫ちゃんが明るい声を出しながら手を合わせる。


「い、いただきます」

「……いただきます」


 それにつられて、オレたちも手を合わせた。

 とにかく、この状況を早く終わらせないと。

 昼食を食べ終わりさえすれば、この場から退避する口実もできるはずだ。

 そう判断して、すばやくお弁当に箸をのばし、おかずの一品を口にした。


「あ、おいしい」

「ホントですか? よかった〜」


 お世辞でもなんでもなく、千夜雫ちゃんのお弁当はすごくおいしかった。


「わたし、料理には自信があるんです」

「へぇ、そうなんだ」

「お嫁さんにしてくれたら、毎日食べられますよ」

「ふぼっ!?」


 あやうく口の中のものを全部、吐き出しそうになった。

 こっ、この子は……どこまでオレの立場を悪化させれば気が済むんだ。

 こんなことを言われているにも関わらず、無言のままでいる千斗瀬さんの顔色をうかがってみると――


「……なにかしら?」

「ひいっっ」


 すでに怒りが大爆発していたようで、悪鬼羅刹のような表情で睨まれた。

 この世のものとは思えない恐怖を経験して、全身から嫌な汗が流れ続ける。


「先輩、さっきから変な声ばかり出してますね。それに、挙動不審な感じがしますし」

「そそそ、そうかな?」

「ラノベの主人公みたいなイベントを経験して、浮かれてるんじゃないの」

「あ、あはははは……」


 千斗瀬さんのまったくフォローになっていないセリフに、乾いた笑いで返してしまう。

 こんな状況に置かれて、平静を保てるわけがない。

 早くなんとかしないと、この世界からオレの存在が消される危険性がある。


「なんかお姉ちゃん、機嫌悪くない」

「そう? 私はいつも通りよ」


 ええ、いつも通りですよ。溺愛する妹が男と一緒にいて、殺意がこみあげているのだから。


「あっ、ひょっとして……心配しているのかな?」

「なにを?」

「ふふ、大丈夫だって」


 微笑みを浮かべながら、千夜雫ちゃんが大きく息を吸い込む。

 そして――


「お姉ちゃんの先輩を、泥棒猫する気はないから!!」

「ぶぅうううううっ!?」


 教室内に響くほどの大声で、とんでもないことを言い出した。

 周囲のざわつきが、いっそう大きくなったのがわかる。


「ちちち、千夜雫ちゃん。なんてことを大声で言うの!」

「だってほら、まわりの人にも、誤解しないように言っておこうと思って」


 誤解もなにも、その発言そのものが誤解だし。


「…………」


 千夜雫ちゃんの発言に対して、千斗瀬さんは特に反論することもなく、黙々と食事を続けていた。

 こっ、怖い。なにも言い返さないのが、逆に怖くて気を失いそうになる。


「あの、千斗瀬さん?」

「バカなこと言ってないで、早く食べないとお昼が終わるわよ」

「は、はひ」

「は〜い」


 たしかに……こんな状況をいつまでも続けるわけにはいかない。さっさとお昼を食べてしまおう。

 それからオレたちは、大した会話をすることなく、お弁当を食べた。

 …………………………。


「ごちそうさまでした〜」

「ごちそう……さまでした」

「……ごちそうさま」


 ほどなくして、昼食を食べ終える。

 お弁当はおいしかったけど、千斗瀬さんの視線が怖くて、ずっと胃がキリキリしていた。


「それじゃあ先輩、また明日」

「う、うん」

「私も自分の教室に戻るわ」


 空になったお弁当箱を手早く片付けて、千夜雫ちゃんと千斗瀬さんが教室を去っていく。


「ふぅ……」


 1人教室に残されたオレは、まわりからものすごく奇怪な目で見られた。

 とはいえ、誰かが突っ込んで話を聞いてくるわけでもない。

 千夜雫ちゃんはともかく、千斗瀬さんが関わっている以上、うかつに茶化したりはできないのだろう。

 あの人を敵にまわすと、学園での立場がなくなるからな。


 クラスメイトから腫れ物のように扱われたまま、オレは午後の授業を受けることになった。

 …………………………。


「ううむ……」


 放課後。いつものように生徒会室の前まで来たのはいいけど、入る前に足がすくんでしまった。

 中にいるであろう千斗瀬さんがどんな状態なのか……考えるまでもない。


「オレ、今日は生きて帰れるかな」


 かといって、こんなところで立ち止まっていても仕方がない。

 やらなきゃいけない仕事もあるし、覚悟を決めて中に入ろう。


「失礼します……あれ?」


 鍵を解錠してドアを開けてみたけど、生徒会室の中には誰の姿もなかった。

 はて? 今日も千斗瀬さんはあとから来るのかな?

 そんなことを考えながら中に入り、ドアを閉めて鍵をかける。

 すると――


「うっ!?」


 首筋に痛みを感じて、意識が薄れていった。


「あ、あああ……」


 そのままドアにもたれかかるようにして、膝から崩れ落ちていく。

 いったいなにが……起こったんだ。


「……あれ?」


 目を覚ますと、体が浮いているような感覚がした。

 生徒会室の中にいるのに、まるで空を飛んでいるような――


「って、なんじゃこりゃあああああっ!?」


 よく見るとオレは、体をロープでグルグル巻きにされたまま、生徒会室の中央につるされていた。

 まるで、みのむしにでもなったような気分だ。

 いったい誰が、こんなことを……


「あら? もう目が覚めたの」

「えっ?」


 あわてふためいていると、背後から聞き慣れた声がしてきた。


「あなたって、思ったより丈夫なのね」

「千斗瀬……さん?」


 オレの後方から前方へと千斗瀬さんが回り込んできて、冷めた目でこっちを見上げてくる。

 その手には、拷問で使われるような鞭があった。

 ……それを使ってなにをするつもりか、想像したくもない。


「あの、千斗瀬さん。これはいったい、どういうことなのでしょうか? たしかオレ、いつものようにここに入ってきたんですけど」

「そのあなたを私が気絶させて、縛ってつるし上げたのよ」

「気絶させた!?」

「ええ、頚動脈洞反射を起こしてね」


 それってたしか、首筋を刺激して相手を落とす技ですよね。

 そんなことを一瞬でやってのけるなんて、普通の人間にはできないと思うんですけど。


「な、なんでそんなことをしたんですか?」

「なんで……ですって?」


 千斗瀬さんが手にした鞭を、おもいっきり振りかぶり……床に叩きつけた。


 バシッ!!


「ひいっ!?」

「まさか、昼の一件を忘れたわけじゃないでしょうね」

「あわわわわ……」


 やや、ヤバい。完全に目が据わっている。

 ここまで怒りをあらわにした千斗瀬さんは、初めて見るかもしれない。


「まま、待ってください!」

「弁明は聞かないわ。今さら言い訳なんてしても仕方がないでしょう。おとなしく私の拷問を受けなさい」

「そんな――」

「飢えた狼と評価された私の攻撃を、どこまで耐えられるか……楽しみだわ」


 千斗瀬さんが狂気じみた笑顔で言い放つ。

 じょじょじょ、冗談じゃない。オレはいたぶられて喜ぶような変態じゃないぞ。

 なんとか……なんとかしないと。


 カチッ


「えっ!?」


 思考をめぐらしていると、ドアが解錠される音がした。

 まさか、誰かが入ってこようとしているのか?


「千斗瀬さん。今、鍵を開ける音がしたんですけど!」

「なにを言ってるの? ここに入れるのは、あなたと私と柏木先生だけ――」


 千斗瀬さんのセリフが終わる前に、生徒会室のドアが開けられる。

 そして……白鴎学園の名物教師、柏木先生が姿を現した。


「すまん。ちょっと急いでもら……なっ!?」


 いつもと同じ白い白衣と黒いネクタイを身に付け、入り口に凛とした姿で立っている。

 しかしその表情は、すぐに驚愕に歪んだ。


「おお、おまえら、いったいなにをしているんだ?」

「こ、これは、その……」


 千斗瀬さんが言い訳できずに、しどろもどろになってしまう。

 そりゃそうだ。こんな状況を、どう説明しろって言うんだ。

 だけど――

 オレはすぐさま、この状況を打開する方法をひらめいた。


「柏木先生! 誤解しないでください!」

「な、なにをだ?」

「オレたちは、こういうプレイを楽しんでいるんです!!」


 …………………………。

 一瞬、生徒会室が静寂に包まれたような感じがした。


「……そうか。まあ、性癖ってのは人それぞれだからな」


 どうやら、柏木先生は納得してくれたようだ。


「えっ? あの、ちょっと――」

「安心しろ。おまえたちの関係は理解しているし、このことを誰かに言いふらしたりもしない」

「か、柏木先生?」

「ただ、頼んでおいた資料は、明日までに必ず提出してくれ。今日はそのことを言いに来たんだ」

「……わかりました」

「うむ。お邪魔だろうし、私はこれで失礼する」


 ドアを閉めて、ご丁寧に鍵までかけてから、柏木先生が生徒会室の前から去っていく。


「ふぅ、どうにか誤魔化せたな」

「誤魔化せたな……じゃないわよ!」


 千斗瀬さんが顔を真っ赤にしながら、オレに抗議の声を上げてきた。


「なに勝手なこと言ってるのよ! 柏木先生に変な誤解されたじゃない!」

「あの場合、他に言いようがなかったですし」

「ぬぬぬ……またあの人に、弱みを握られてしまうなんてっ」

「あれ? 千斗瀬さん、なにか弱みでも握られているんですか?」

「そんなこと、あなたには関係ないでしょ!」

「は、はいっ」


 千斗瀬さんが、かつてないほど狼狽している。

 めずらしいな。妹に関係すること以外は、常に沈着冷静なのに。

 とにかく……予想外の人物の登場で、状況が変わりつつあるようだ。

 ここは一気にたたたみかけて、この場を乗り切ろう。


「あの、柏木先生が言っていた資料を明日までに仕上げないといけないですし、今日のところは下に降ろしてもらえませんか?」

「なんですって」

「今の状態だと、2人がかりで急いでやって、なんとか間に合うようなペースですし」

「…………」

「千斗瀬さん」

「……仕方ないわね」


 かなり納得いかない感じだったけど、千斗瀬さんはオレを降ろしてくれた。

 そして体に巻き付けられていたロープを、手際よくほどいてくれる。


「ふぅ……」


 あんな状態ではあったけど、上手く縛り上げてくれたおかげか、体の方はそれほど痛まなかった。

 しかし、よくオレを上までつるし上げられたな。

 不思議に思いながら天井を見上げると、中央部分に滑車が埋め込まれていた。


「いつの間に……」


 足下には、ロープを巻き上げるための小型ウインチまで置いてある。

 こんなもの、どこから持って来たんだろう。


「ほら、時間もないことだし、さっさと仕事にかかるわよ」

「あ、はい」


 オレたちはいつもの席に座って、仕事に取りかかることにした。

 …………………………。


「そろそろ完全下校の時間ですね」

「ええ、今日はこの辺にしておきましょうか」


 あれから集中してやり続けたおかげか、かなり進めることができた。


「このペースなら、なんとか明日の夕方までには間に合いそうです」

「もし明日、あなたが急な風邪とかで休んだら、七生まで祟るわよ」

「だ、大丈夫ですよ。そこまでヤワな体じゃないですし」


 千斗瀬さんなら、ホントに災厄を起こしかねない。

 まあ、どんな形であれ、来世以降も会えるならオレは嬉しいけど。


「今日も一緒に帰れますか?」

「そんなわけないでしょ。さすがに何日もバイトを休むわけにはいかないわよ」

「……ですよね」

「千夜雫は先に帰らせたわ。それと今後、一緒に帰るのはやめるように言っておいたから」

「それは助かります」

「…………」


 千斗瀬さんがオレのことを、怪訝な顔で見てきた。


「……なんですか?」

「あなた、本当に困っていたのね」

「だから、何度もそう言ってるじゃないですか」

「でも、あんなかわいい娘に言い寄られたら、悪い気はしないでしょ」

「そんなの……相手によります」

「そうね。ホント、馬鹿正直なんだから」


 なんか、ほめられてるのかバカにされているのか、よくわからないな。

 だけど、オレの方から千夜雫ちゃんにちょっかいをかけていないことは、理解してくれたみたいだ。

 えん罪を晴らすことができたし、明日からはこれまで通り接してくれるかもしれない。


「それじゃあ、先に帰ります。さようなら、千斗瀬さん」

「ええ、さようなら。また明日ね」


 生徒会室出て、1人廊下を歩く。

 昨日みたいに千斗瀬さんと一緒に帰れないのは残念だけど、千夜雫ちゃんが待ち伏せしていないだけよしとするか。

 昇降口で靴を履き替えて、校門の前までやってくると――


「あれ?」


 なぜかまた、姉さんが待ち構えていた。


「姉さん。今日はどうしたの?」

「あ、あのね。ちょっと、マズいことになっちゃったの」

「マズいこと?」

「ええ」


 めずらしく姉さんが、悲痛な顔をしている。

 こういう表情をするのは、たいてい大問題が発生したときだ。

 一体、なにがあったんだろう。


「あなた昨日、千斗瀬ちゃんと一緒に帰ったわよね」

「うっ……」


 しまった……。浮かれて忘れていたけど、千斗瀬さんだって十分影響力のある人間だった。

 となると、千夜雫ちゃん同様、学園中に噂が広がっているのかもしれない。


「ええと、一緒にっていうか……あれは千斗瀬さんが、千夜雫ちゃんを寄せ付けないようにしていただけで」

「……理由がどうであれ、学園内の噂で済んでいたら問題はなかったのよ」

「どういうこと?」

「そのことが、お父さまの耳に入ってしまったの」

「なっ――!?」


 なんてことだ。よりによって、一番知られたくない人間に知られてしまうなんて。


「そんな、どうして……」

「昨日、あなたたちが一緒に下校している姿を、お母さまが仕事帰りに見てしまったらしいの。最初はこのことをお父さまに言うべきか、悩んだみたいなんだけど」

「……母さん。姉さんのときも、あまりいい気はしてなかったもんな」

「1日考えて、結局、伝えたそうよ。隠しきる自信がなかったんですって」

「そうか……それで、親父は?」

「今日は早めに仕事を切り上げて、帰ってくるみたい」

「じゃあ、覚悟を決めて待ってた方がいいな」

「ええ」

「とにかく、家に帰ろう」


 オレは姉さんと一緒に、家路を急いだ。

 くそっ。千斗瀬さんの誤解が解けて、事態が好転しつつあったのに……

 ここにきて、一番の問題が出てくるなんて。

 …………………………。


 そしてその夜――

 オレは千斗瀬さんとのことで、親父とかつてないほどの大喧嘩を繰り広げることになった。

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