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太陽と月の海時計

作者: 鞘空

 目覚ましがなる五分前に私は布団の中で目を覚ました。今の時期にはもうすっかり空気が冷たくて、布団から抜け出すのが辛い。だからベルが鳴るまでといつも心に唱えながら、私は戦闘準備を始める。

 じりりりりり……だん!

 午前四時きっかりに鳴った愛機の口を右手で塞ぎ、私は布団を飛びだした。勢いをつけなきゃやってられないのだ。

 上下ともに中学ジャージ姿は、高校の友達にはとても見せられないし、知られるわけにはいかない痴態だ。だけど着替えの時間やその際に奪われる熱のことを考えると、この状態で眠りにつくのが最適解なのだ。そんな言い訳をしながら私は靴下をはき、ジャンパーをはおって階下へ向かう。

 だかだかだか……だすん。

 廊下に飛び降りた私は、足下を襲う冷気に地団駄を踏み、玄関へ向かう。触るのもためらうほど冷えた鍵を回し、ドアを開けた。流れこんでくる空気は家の中のそれより数段ヤバい。私は家の前に置いてある新聞の山を廊下に運びだし、急いでドアを閉める。

 そう、私は新聞配達をしている。配達屋さんから届けられた広告と新聞とを組み合わせ、各紙を配る順番に並べ、自転車のかごに満載し、各家のポストに突っ込む。たったこれで時給千六百円。すごい。でも一時間半で終わってしまう。残念。

 休みは月に二回だし、人によっては割に合わないと思うかも。

 でも、お陰でお小遣いには困らないし、私は結構、満足している。

 なにより、配り終えた後に見る海の景色が綺麗で、毎日頑張ろうと思えるのだ。

 今日の空は月と太陽が一緒にでていた。西の方に満月に近い形の月があって、だんだん薄くなっている。太陽は真っ赤になって海のどまんなかから昇ってきている最中だ。

 そして引いては満ちる海。いつも目印にしているテトラポットのところにまで波が来ているから、今ちょうど満潮になっているみたい。なんとなく朝からラッキーな気分になる。

 こんな雄大な風景を見ていると、私はすごく壮大な想像をしてしまう。今日のテーマは月と地球と海に決めた。

 月と地球って、中身に海を入れた砂時計なんじゃないだろうか。月と地球の位置が変わるたびに、海は引いたり満ちたりする。砂時計を逆さにすると砂が逆に流れていくように、引いては満ち、満ちては引く。もしかしてこの『月と地球の海時計』は、誰かが何かをはかるために作ったんじゃないだろうか。

 それが何なのか気になったけど、そこから先は全然なにも思いつかなかった。

 だめだ、やっぱり少し眠い。ぼんやりと波を眺めながらぼーっとする。

 ふいに、この景色も来年は見られなくなるんだなと思って少し寂しくなった。

 思えば、私が新聞配達を始めたときに『私時計』はかたんと逆さになったような気がする。高校に入って、行ける場所も増えて、使えるお金も増えて、世界が拡がった。

 きっと大学に進学することもそうなのだと思う。この景色を見られなくなるかわりに、かたんと色々変わって、きっと世界は拡がっていく。

 地元を離れるのが、実は少しだけ憂鬱だったけど。でも少しだけ、楽しみになった。

 この世界で、私は何をはかれるのだろう。

 そのことについて考えてみたけれど、やっぱりまだ、少し眠い。


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