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素直な言葉で  作者: ゆら
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 インタビュー記事はwebサイトでのみ、公開された。

 三塚から届いたメールにあったURLをクリックすると意外にも落ち着いたページが開いた。大きめのフォントでタイトルがあり、和佳とインタビュアーのツーショットの画像が貼ってある。


 その下には和佳の略歴を20行程度で書いてあり、実際のインタビューは更にその下からという具体にスクロールしながら読み進める。


 冒頭はイメージキャラクターになるまでの経緯が書いてあった。内容のほとんどは同僚から聞いた通りの話で安心して読み進められたが、インタビュアーの質問が徐々に和佳のプライベートに移っていくと次第に胃の辺りがチクチク感じ始めた。

 正直言うと読み進める気力が削ぎ落とされるようで、スクロールする指先が自然と震え、怖くなった。


 けれど和佳が本当はプライベートのことをペラペラと話す人間ではないということは、俺がよく知っている。だからこの企画に対して、どれほどの勇気を持って臨んだのかと想いを馳せれば、俺の方も覚悟を決めてきちんと読まなければならないと思った。






 ー恋愛経験について聞いてもいいですか?


 和佳:特に面白いお話はありませんよ。経験も・・・それほどありませんから。


 ー今はお付き合いしている人は居ますか?


 和佳:いまはいません。


 ー今はって事は過去には付き合っている人はいたと?


 和佳:あ、はい。その、えっと、私、大学の時にちょっとだけ付き合ったことがあるだけなんですよ。だから本当に答えられなくて、ごめんなさい。


 ー本当に? とてもモテそうなんだけど?


 和佳:今も昔も全くモテませんでしたよ。


 ー美人過ぎて近寄り難かったとか?


 和佳:あははは。それはあり得ませんよ。違う意味で近づき難かったかもしれませんけどね。若い頃は目の前のことで精一杯だったので周囲をよく見れていなかったんですよ。目標があったんで。


 ーそうですか、男共は節穴だったのかな? サークルには入ってた?


 和佳:はい。結構な大所帯だったと思います。月1回のミーティングには、部屋一杯に人がいましたから。


 ーそれでも出会いも無く、モテなかったと


 和佳:はい。全く(笑)


 


 途中、クスクスと笑う和佳の写真が映っている。ほんのり大人になった彼女は俺の想像を遥かに上回って綺麗になっていた。大学時代にはまだあった幼い面影はもうほとんど見られない。それがちょっとだけ寂しいと思った。けれど、相変わらず曇りの無い、綺麗な瞳に安心している自分もいた。


 その瞳に、今の俺の姿はどう映るのだろうかーーー。胸を張って挨拶ができるかなと自身を振り返る。




 ーではその唯一の彼氏、元彼のこと聞いてもいいかな?




 この一文を読んだだけで心臓が突然激しく鼓動を打ちはじめた。視線を少し下げれば和佳の言葉が始まるのを分かっていて、ギュッと目を瞑った。

 一体、和佳の目に、俺はどう映っていたのだろうか・・・。知りたいようで、知りたく無い、それが本音だ。けれど、和佳の言葉は全て読むと決めた。だから意を決して目を開ける。


 たまたまだろうか、視線を下へ向ければ、質問の一文を残し次ページに続いていた。俺は大きく深呼吸をしリンクをクリックした。





 和佳:カッコいい人でした。とても素敵な人で、正直言うと、私にはもったいない人だと思っていました。学部は違うんですが同じサークルだったんです。彼はいつも女子学生の注目を集めていて、大げさじゃなくて、本当に彼が通るとみんなが振り返るんですよ。小説の中では読んだ事ありますけど、実際にそういう人がいるって知って、新鮮に驚きました。


 ーそれは異性として興味を持ったということ?


 和佳:いいえ(笑)。当時は、何と言うか、観察対象っていうのかな。あはは。ストーカーみたいな言い方ですね。でも彼、男女問わず友達も多くていつも話題の中心にいたので、ただ見ているだけでした。近くに居て視界に入れば見る、みたいな。別の世界の人、くらいに思ってたんですよ。


 ーでもそんな彼を射止めたのがあなただったと。嬉しかったでしょう? 自慢できますよね


 和佳:いえ・・実は、そうでもなくて。というか、最初断ったんです。当事者になりたく無くて。あと、恋愛って面倒って思っていたところもあったので。でも、彼、端から見ていた時と、実際つきあって話してみると全然違ってたんです。


 ー女性を侍らした派手な男ではなかったと


 和佳:そうですね(笑)。見た目で判断してはいけないって思いました。


 ーサークルは楽しかったの?


 和佳:私、当時既に流行っていたLINEとか全然やってなかったんです。サークルもそれでちょっと意思の疎通とか出来てなくて、居づらかったくらいだし。ミーティングで集まっているのに、その場で意見を言う人は居ないのは結局、その後LINEで色々話をしてたみたいでそこで決まったものがそのまま現実世界でも決まりで。


 ーああ、あるある。面と向かって言えないんだよね。LINEだと相手が見えないから気軽に言えるとか何とかで、でもそれってどうなんだろうね


 和佳:私、むしろ顔が見えていないと苦手で。表示される言葉だけではなく、恐らく微妙な意思表示を発言者の表情から得ていたいんです。そういうのが、サークルの仲間に入って行けなかった理由だと今でも思っています。


 ー私も似た経験あるけど、結構、辛かったんじゃない?


 和佳:そうですね。いくらミーティングで意見を言っても全く取り合ってくれないし、正直疲れていました。でも、もうちょっと続けてみようと思って学祭の準備をしてた時、彼と組む事になって、そこから話すようになって付き合う事になって。


 ー恋愛の王道ですね。学祭かぁ随分遠い話になってしまったな


 和佳:そうですね(笑)。学祭は彼のおかげで楽しかったです。うちのサークルの評判もそこそこ良かったみたいですし。そこからは、ずっと彼と行動を共にして、それまで色々嫌な事をしてた人達も少し減りましたし。






 「ハブられていただけじゃなく、嫌がらせをされていたのか!?」


 思わず言葉として漏れてしまった。慌てて口元を押さえる。


 俺は初めて知る話に言葉が出なくなった。時々、辛そうな表情をしていた時があったのには気がついていたが、まさか俺の知らないところでそんな目に遭っていたとは、頭を強く殴られたような衝撃を受けた。






 ー彼はナイトだったと?


 和佳:そうですね。付き合っている間は真摯な態度で接してくれましたし、いつも私の意見を尊重してくれました。


 ーそれがどうして別れたの? 話の流れからすると、うまく行きそうに感じたんだけど


 和佳:私が、私が悪いんです。彼を怒らせてしまって。ちゃんと話をしたかったんですけど、結局は・・・


 ーえ? 怒って終り? 彼って幼稚なの?


 和佳:ち、違います。一方的だったのは私の方だったんです。勝手に結論づけて、私から別れを切り出したから。彼はそれを聞いて勝手に決めるなって、俺の事、どうでもいい存在だったんだなって怒ってました。


 ー何がどうなって別れを切り出したわけ?


 和佳:大学に入学する前に決めてた事があるんです。二年になったら留学しようって。付き合って最初の頃は、そうでもなかったんですけど、いつの間にか彼に惹かれてしまって、その事を口にするのが遅くなってしまったんです。で、もう話をしなきゃいけないギリギリ・・・。ううん、遅過ぎたんです。つい、欲張りな心がもたげてしまって、彼も留学も両方手放したく無いって思い始めてて、ズルズルと。





 和佳の言葉を読んでようやく思い出した。あの時の喧嘩した理由を。

 あの時、和佳はそう言っていた。二年の夏休みから留学すると。だから、お付き合いは難しいと、それで俺はぶち切れたんだっけ。


 「あは、は・・・。和佳はちゃんと伝えようとしていたのに、超遠距離でも長期休みには会えたかもしれないのに。バカだ、俺。聞く耳を持たなかった俺が悪いんじゃないか。話し合えれば解決出来たかもしれないのに・・・」


 自分の浅はかさに今ごろ嫌になる。和佳はある意味、俺に判断を委ねていたかもしれないのに、最後まで話を聞かず、俺は感情を持て余し、和佳と向き合おうともせず、過ちを・・・。


 「後悔先に立たずとはよく言ったものだ」


 溜め息を一つすると、再びディスプレイに視線を戻した。





 ーうーん、オバさんは、たったそれだけで切れる元彼の方を疑うなぁ


 和佳:タイミングが悪かったんでしょうね。それ以来、彼とは連絡も取れなくなって、会えなくなって。結局は私から別れを切り出したようなものですから、もう連絡を取るのは止めようと思って、私ももう連絡をしなかったんです。未練がましいし。私の言葉で別れたんだと思ったから。それに遠く離れるのに彼を私に縛り付けておくのも、ね。まだまだお互いに若いし、学生だし、他の出会いもあるかもしれないでしょう?


 ーいろいろ考えたんだ


 和佳:はい、経験値少ないなりに(笑)。彼には本当に申し訳ない事をしたとずっと気になっていたんです。ちゃんと謝ってないし。


 ーそうかなぁ。まぁ過ぎた事を今更言ってもしかたないと思うけど


 和佳:でも大丈夫なんだと思える事があったんです。実は暫くしてサークルのミーティングで久しぶりに再会したんです。その時、翌日のランチの約束をして普通に会話ができたんです。久しぶりに顔が見れて声が聞けて、やっぱり私、この人の事好きなんだなって再確認したりして。ちょっとだけ期待しちゃってた面もあったんです。分不相応ですよね。ほんと、自分に嫌気がさしました。もう、既に時は遅しなんですけどね。あははは。その日の午後、彼の元カノっていう人が来て、彼とよりを戻したからって言われて。


 ーえ? 展開早過ぎない?


 和佳:早過ぎるとか、なんて分かりませんが、彼が選んだ人ですから。タイミングってそういうものだと思って。彼女はあか抜けた人でした。彼と腕を組んでいるのを見て、お似合いだなって思いました。でも直ぐにすごく胸が苦しくなって。本当に好きだったんだなってそこでも再確認しちゃって。自分で別れを切り出しておきながら、情けないですよね。本当ならそこでちゃんと「おめでとう」って言わなきゃいけなかったのに私逃げちゃったんです。怖くなって。


 ー怖い? 何が?


 和佳:えっと、もうもう時効・・・ですよね。もしダメそうならカットしてくださいね(笑)。


 ー大丈夫、その辺はしっかり確認しますから


 和佳:元カノさんに「邪魔」って言われたんです。言われてハッとなって、その元カノさんの顔をまじまじと見てしまったんです。お似合いだと思っていたくらいに綺麗な人だと思ってたんですけど、綺麗にお化粧しているのに、すごく歪に見えてしまって。もしかすると、私もそういう顔をしてきるんじゃないかって怖くなって。凄く怖くなって。まるで般若顔っていうか、正直言ってしまうと醜いって思ったんです。ーーーごめんなさい! でもこう言う表現がぴったりで。問題だったら編集の時にカットしてくださいね。大好きな彼にそういう顔を見せたく無くて速攻で逃げました。初めて午後の授業を全部すっぽかして家に帰って、大泣きしたんです。情けないでしょ?


 ー何となく言いたいこと分かる。元カノは必死だったんだろうね。彼を取り戻したくて


 和佳:どうなんでしょうね。私には分かりません。結局、たまたま来ていた叔母が、私のその様子が目に余ったらしくて、帰国する時に一緒に連れて行かれました。あ、叔母は結婚してスイスに行ったんです。私はそのまま叔母の家でお世話になってスイスでの生活が本格的に始まったんです。最初は、短期留学のインターンに放り込まれました。スパルタで悲しんでいる暇なんてありませんでしたよー。


 ーそして現代に至ると。日本の大学はどうなったんですか?


 和佳:1年間は休学扱いで翌年には退学しました。スイスの大学に入学しましたから。


 ー日本にはずっと戻っていないと、今回が久しぶりの帰国だと聞いていますが


 和佳:はい。正直に言いますと、日本に帰る勇気がなかったんです。色々と引きずって未練ばかりでしょ。情けないんですよ私。彼が元カノと幸せそうにしている姿を想像するだけで苦しくて。街で偶然見かけたりしたらどうなるんだろうって想像しただけで帰国なんてとても無理だって思いました。


 ーあらあら、一途だったわけですね。もしかして今も付き合っている人が居ないって言うのは、まだ未練があるってことね?


 和佳:(笑いながら頷いた)今回このお仕事をいただいた時に、ちゃんとけじめをつける良い機会だと思ったんです。だから帰国するまでには、彼に会っても笑っていられるように心づもりをします。そして、あの時言えなかった「おめでとう、お幸せに」という言葉を伝えたいと思っています。




 インタビューの記事はまだまだ続いていたが、さすがにその先を読み進めることが出来なくなってしまった。


 「違う。和佳、違うんだ」と、もう少しで叫びそうになった。代わりに文字通り頭を抱えて机に突っ伏してしまった。

 和佳が罪悪感を感じる必要は無いんだ。俺が、俺の懐が浅過ぎたんだ。もっと広い心で和佳のことを受け止めていたら、俺達はあの時のままで居られたはずで。


 「和佳・・・」


 「おーおー色男さん。お前だけじゃなくって和佳ちゃんも随分と引きずってるんだなー。いいかげん、ケリつけないとお前達不幸一直線じゃね?」


 その通りだ。

 少なくとも和佳は幸せにならなきゃいけない。和佳は何も悪く無いんだから。俺はそっと溜め息を吐いた。


 「それはそうとお前ら、いつからそこに!!!」


 気がつくと安竹と三塚、そして窪田までが俺の側に居てディスプレイを覗き込んでいた。インタビュー記事に没頭するあまりに周囲の状況が全く見えていなかった。


 「いつからって・・・最初から?」


 「だね」


 「お前の独り言も時々聞こえたけど、聞かない振りをしておいたぞ」


 「・・・それはどうも」


 俺は頭を抱えるしかなかった。こっそり読んでポーカーフェイスを決め込もうと思ってたのに、いや、そもそも会社で休み時間に見ている方が悪いのか。個人のスマホやタブレットを使えば良かったと思いつきもしなかった。


 「ふん、詰めが甘いな里中」


 憎たらしく安竹がニヤニヤと笑っている。けれど、ひとりで見ていた場合、俺の百面相が周囲に丸わかりだっただろうと考えれば、図らずもこの3人が壁となっていてくれたのは良かったのかもしれない。落ち込む俺を口々に励ましながら、3人は自席に戻って行った。

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