三
その日以来、俺は和佳に会う事が出来なくなった。夏休みに直ぐに突入してしまったというのもあるが、大学やサークルで見かける事も無くなり、メールも、電話も、何も繋がらない。
気が気でなく、何度か遊びに行った事のある和佳の家にも行ってみた。一つ下の弟、要がインターフォンに出たが取りつく島も無く門前払いだった。きっと事情を和佳から聞いたのだろう、いつも以上の冷たさでシャットアウトされた。
「やっぱり駄目か」
覚悟はしていた。
インターフォンが鳴るや直ぐに「帰れ」と言われたが、そう言われたからと言って諦められるものではなかった。
「俺って、諦め悪いんだな」
冷笑とともに独り言が漏れ出る。
こんな感情を初めて知った。
自分の事なのに、これまで付き合って来た元カノ達に感じることのなかった気持ちを、和佳とこのまま会えないのではと考えれば考えるほど俺は焦りを募らせた。
「頼む要君。5分で良い、和佳に会わせてくれ!」
何度目かの訪問で渋々要が玄関に姿を見せてくれた。
面倒くさそうに立っている要に深々と頭を下げる。プライドなんか無い。和佳に会えるのなら、ちっぽけな俺のプライドなんかどうでもいい。日をおかず和佳の家に通う俺に対し、和佳の家族は何も言わずに首を横に振るだけだったが、ここに来てようやく要が対応してくれるらしい。俺は最後の細い糸を切りたく無くて必死に頼み込んだ。
「要君、せめて和佳が無事なのかどうかだけでも教えて貰えないだろうか」
「・・・あなたもいい加減しつこいですね。別れたんでしょ? どうして別れた姉にそんなにしつこく付き纏うんですか。もうそっとしておいてください」
「俺は・・・俺は、和佳が好きだ。今でもまだ和佳が・・・。
俺の過ちのせいで和佳を傷つけた。傷つけたままにしておきたく無いし、その傷は一生俺が背負いたい、縒りを戻したいんだ」
「あなたは本当に勝手ですよ。男としてどうなんですかね。潔く姉の事は諦めて、とっととどこぞのメス犬にでも乗り換えて下さい」
必死に頭を下げる俺に要は容赦なく言葉を突き刺した。
「要君! 俺は君に約束する。俺は、金輪際、和佳以外の女とは付き合わない。和佳が許してくれるまで」
「馬鹿ですかあんたは。自分が楽になりたいだけなんじゃないですか。自分の行動に陶酔しているんでしょう。そのルックスですし、悲劇の青年ってとこですかねぇ」
笑えませんよーーー要はそう言って冷ややかに笑った。
要の態度に以前の俺なら腹を立てただろうが、要の言葉は『身から出た錆』であることを意味しているのをしっかり理解している。
それに、和佳に会わせてもらえるのならばと思えば、耳に痛い言葉も身を抉るような辛らつな言葉にも堪える事が出来た。
「嗤うなら嗤え・・・。構わないよ。俺には、もう、和佳しかいないんだ」
じっと感情のこもらない瞳の要と視線が絡み合う。要は相変わらずの不機嫌な顔のままだが、ひとつ、溜め息を吐くと口を開いた。
「・・・姉は、元気に、とは言えませんが、まぁ生きていますよ。あの日から暫くは泣き通しでしたが」
あの日とは亜梨沙との一件があった日だろうというのは直ぐに思い当たる。俺は和佳の笑顔しか知らない。くるくる変わる表情の中には泣き顔はなかったはずだ。
「大学には、来ていなかったみたいだけど・・・」
恐る恐る口にすれば、要はあっさりと答えを返した。
「そうですね。来期から休学しますからね」
「休学!?」
ショックだった。まさか、と思った。
「やっぱり、何かあったんじゃないのか!?」
俺は思わず要に詰め寄った。あの時、どれほど和佳がショックを受けたのか・・・。和佳は、真面目な大学生で目標を持って一回たりとも授業を休む事は無かったはずだった。そんな彼女が、休学なんて考えられなかった。
要は俺の手を払いのけ煩わしそうに答えた。
「両親が仕事で長期不在なもので、その代わりに旅行で叔母夫妻が来ていて、沈んでいる姉を見るに見兼ねて自分の家に連れて行ったんですよ。環境を変えた方が良いと言って」
「ど、どこに行ったんだ?」
「会いに行こうとしても無駄ですよ。海外ですから」
「海外!?」
唖然としている俺を見て、要は再び面倒くさそうに溜め息を吐いた。
「ですから、もう家には来ないで下さい。正直言って、迷惑なんですよ」
迷惑なのは重々承知の上だった。それでも、和佳に少しでも会えるチャンスがあるならと、足しげく通っていたのだ。
「聞いていますか? 里中さん」
「あ、ああ。そうか・・・。和佳は支えてもらえているんだな。・・・良かった」
心の底からの言葉だった。少し気の強い彼女が一人で悩んでいるんじゃないかと、心配でもあったのだ。
「要君。これまで本当にすまなかった。君たちご家族の迷惑を考えずに度々訪れてしまって。今日限り来ないよ」
そう答えたとき、要がホッとした表情を浮かべたのに気付いた。だが、俺にはまだ言う事があった。
「要君、お願いがあるんだ。もし、彼女が戻って来たら教えて欲しい」
再び要の表情が曇り、眉根が不機嫌そうに寄っている。
「教えてどうするんですか。あなたも、姉も、違う道を歩んでいるかもしれないんですよ。過去に縛られてちゃ、二人とも不幸になるのは見えています」
俺は言い返す事ができなかった。正論だったからだ。
「姉も、いつ帰ってくるか分かりません。年単位かもしれませんから」
1年後か、2年後か・・・。はたまた、もう日本は戻って来ないのか・・・わからないと言いたげだった。
「分かってる、十分君の言いたい事は理解している。それでも・・・、それでも! 俺は、和佳を待つ。全ては彼女が幸せになっているの見届けてからだ。俺には、その責任がある」
「はぁ、馬鹿ですね。本当につくづくあなたは馬鹿ですよ。どうしてそうなるんですか。あなたの思考回路は滅茶苦茶です」
「仕方ないよ。俺にはもう和佳だけなんだ。本当は俺が和佳を幸せにしたかった。けれど、俺にはその資格が無くなった。だから・・・」
「見守ると? はっ。あんた、つくづくおめでたい人ですよ。要は姉に押し付けたいだけなんでしょ。呵責に耐え切れなくなった時の保険なんでしょうが。あんたの自己満足ごっこに姉を巻き込まないでもらいたいね」
ぐうの音も出ないとはこの事だ。他人からの言葉で気付かされるとは。
「・・・でも」
それでもと続けようとした言葉を要が思いっきり遮った。
「あーもうっ、うだうだと軟弱な。馬鹿かあんた! ったく、何で僕が・・・くそっ!」
要はガリガリと乱暴に頭を掻きむしると、キッと俺を睨みつけた。
「分かりましたよ。あんたにトドメを刺せると思えば、これ以上に楽しい事は無いでしょうからそのことは引き受けますよ。でも、何がどうなろうと僕はそれ以上知りませんから」
突き放すような言い方だったが要は連絡をくれると請け負ってくれた。細い細い糸だがまだ繋がっている。
「ありがとう。感謝するよ要君」
「お礼なんて早いですよ。僕はあんたの打ち拉がれる姿を見る為に引き受けただけですから」
フンと横を向くその顎から耳にかけてのラインが和佳によく似ていると思った。
「それでもだ。俺と和佳の間に君が居てくれると思っただけでも・・俺は嬉しい」
「男に言われたく無い台詞です。気持ち悪い。さぁ、約束は守りますから、さっさと帰って下さい」
「ああ、ありがとう。待ってるから」
俺達は互いの連絡先を交換し、別れた。
その一年後、和佳が正式に退学したとの噂を聞いた。学生課に行って確かめたが、噂の通りだった。理由を尋ねると留学とのことで、海外の大学に入学したという。
これで要が言った通り、年単位で会えるチャンスが減った。
だが、移住した訳じゃないし、和佳が帰るのは日本のあの家だ。帰国する時には要が連絡をくれることになっているから、その事だけを望みに俺は学生生活を送る事にした。
***
「おい、里中。おい」
「ん? ああ、はい」
「何をぼーっとしてるんだ? 嫌らしい事でも考えてんじゃねーだろーなー。仕事中だぞ、一応」
次のアイディアを考えながら俺の視点は画面から遠く過去の記憶に飛んでいたらしい。名前を呼ばれて我に返った。そして目の前でニヤニヤと突っ立っている人に視線を上げた。
「すみません。何か?」
とりあえず彼の発言はスルーするに限ると学習しているため先を促した。しかし、スルーされたとは気付かないようで目をパチクリとさせている。
「おお、そうだそうだ。そうだった。忘れる所だったよ里中。
いやぁ喜べ里中! 何と社内での選考な、お前の企画が通ったぞ!」
すぐ隣にいるのに大きな声でわざわざ言う必要はないが、どうやら全員に聞かせたかったらしい。おおおお、と周囲がどよめくのに合わせて何故か言った本人が周囲に手を振っている。
「ありがとうございます」
「・・・それだけか? お前が頑張ったんだから、もっとさ『ひゃっほー』とか言えないの? ま、お前のイメージじゃないけどな」
「・・・」
「・・・冷たいヤツだな。まぁいい。ということで、次回客先でプレゼンだ。いいな」
「はい」
「ってことで、今日は飲み会だぞ。来れる奴らは全員来い!」
「じゃ、俺は不参加で・・・」
「今回の立案は里中の企画だったが当然同じ部署である俺らも頑張った。部を上げてバックアップし、一体となって作り上げた物だ。たから、全員参加なー」
俺はそっと溜め息を吐いた。
この全然人の話を聞かない、もしくは都合の言いようにあえて曲解するこの人は新人の頃の俺のトレーナーでもあった栄先輩であり、実に面倒見の良い人だ。確か30歳くらいだったと記憶しているが言動のチャラさで一見すると不安を覚える。だが一緒に仕事をするようになって分かったが優秀な部類の人間だった。
実際この人に狙われたら最後、基本、NOとは言えない状況に追い込まれること、多々あり。客だろうが社内の人間だろうが絡めとられる。
今回の企画も少しずつ練りながら温めていた物を、飲み会でこの人の前でついぽろりと口にしたことがきっかけでスタートしてしまった。もうちょっと熟考してから出したかっただけに、当初は悔やんでいたが、周囲の助けもあり思っていた以上の出来になった。
何度も練り直し、駄目出しをされながらも、全員で準備をしてきた。俺達にとっては渾身のものだった。確かにココに居る全員の知恵や努力の結晶だ。
「でも、だからって関係ない人達も大勢いますね」
「わっはっは。仕方ないだろう? 今日、思いつきで飲み会を企画したのに、お前が出席するってどっからか漏れてさ〜、こうなっちゃったんだよね」
俺と栄さんの間に他部門の女性社員達がいるのは何故だろう。そして、栄さんはこの状況をとても楽しそうにしていて、ご機嫌に話をふってくる。
「里中さんおめでとうございます。私達ずっと応援してたんですよー」
「そうそう。あのイメージ、すっごく素敵ですもん。絶対にコンペいけますよぉ」
「はぁ、ありがとうございます」
一応お礼は口にするが、正直言って望んでいた飲み会のスタイルではなく、またしても栄さんにしてやられた感があり、内心で舌打ちをしてしまう。この人は本当にいつもいつも俺に女性を充てがおうとするんだ。止めて欲しいと言えば言うほど面白がってこういう企画をぶつけてくる。
左手の指輪をちらつかせてみたが、全く効果がなかった。それもそのはずで、俺に彼女が居ないと言う事をしっかり把握済みだからだ。その上で女性を充てがおうとするんだから質が悪い。その女性達もまた指輪があろうと無かろうと関係ないというスタンスが多く実に辟易する。
こう言う時はあれだ、俺に対する質問を向けさせるのを防ぐ為にも栄さんに犠牲になってもらおうと珍しく積極的に俺から口を開いた。
「この企画、栄先輩がいなければ無理だったでしょう。皆さんも知っているでしょう? 栄先輩(この人)の口八丁手八丁の実力を。
色々と彼方此方でチャラいことをしているにも関わらず、情報収集能力は群を抜いて高く、我が社のエースの一人になると目されているということを。近い将来は中枢にまで上り詰めるんじゃないかっていう真しやかな噂が聞こえてきたり聞こえて来なかったり。最近、事業本部長と仲が良いですよね?」
「ええええ!? 本当なんですか! すっごいじゃないですか! 流石リーダーって感じ。ねぇ付き合っている人とかいないんですか?」
「私も今フリーなんですよ。どうですか?」
「おい、えっと君たち、ちょっと、待って、お前っちょ、待って。えっとね」
ほんの少しだけ情報をちらつかせると、酒の勢いも手伝ってか、周囲に居る女性達のターゲットが俺から栄さんに変わった。それを見届けた俺は、フェードアウトするべくそっと席を立つ。
今回の飲み会のことをわざわざ女性達に情報をリークしたのは間違いなく栄さんだろうし、このくらいの仕返しはかわいいもんだ。それに、来ていた女性達のうち何人かには以前から色々と誘われもしていたから、とっとと抜け出す事が正解だろう。裏口を利用できるこの場所を予約してくれたことだけに感謝をしつつ、俺は一次会がお開きになると早々に帰路についた。
「ふぅ。疲れた」
俺は左手の薬指に嵌めていた指輪を外し、「ただいま」の声とともにケースにしまう。そして仕事用の戦闘服であるスーツから部屋着に着替え、口直しのビールを片手にソファに倒れんこんだ。
「指輪をつけていてもアレだもんな」
つい苦笑してしまう。普通なら左手の薬指に指輪をしているヒトなら誰もがそう思うだろう。結婚しているかステディな関係の相手がいると。なのにそれでも関係ないとばかりに、積極的な人間はいるもので、度々そういう関係をほのめかされたり、はっきりと誘われたりする事が尽きない。
指輪の効果があるのかさえ疑わしい。いや、むしろ後腐れが無いとか思われるのかもしれないなと自分で嘲笑ってしまった。
俺がこの指輪をするようになったのは大学の卒業を目前に控えた頃からだ。
いわゆる“虫除け”の為でもあるが、もう一つ大事な意味があった。
自分の気持ちを確信した俺はバイトで貯めていた金でペアの指輪を買った。そしてその内の一つは使われる事無くケースに仕舞われている。恐らく一生使われる事は無いだろうと思うが、俺にはそれで良かった。
指輪の効果は覿面だった。最初は。
だが亜梨沙のように他人のものを欲しがるという癖のある奴らには通用しなかったらしい。けれどもこの指輪が、俺の気持ちを代弁しているのに気付いた奴らはそっとしておいてくれたんだった。
そしてケジメとして卒業と同時に俺はLINEのアカウントだけではく、アプリも削除していた。
社会人になってすぐに俺は家を出て一人暮らしを始めていた。和佳と連絡が取れなくなってからあと、多少のごたごたがあって家を出る事になったんだ。そのごたごたの原因は紛れも無く俺なんだが。
和佳に出会う前にも何人かと付き合った事はあったが、実家に和佳以外の彼女を呼んだ事は無かった。だから、まさかそう言う展開があるとは思ってなかった。
ある日、俺が外出中に亜梨沙がやって来た。たまたまお袋が休暇で家に居て応対したらしい。モニター越しに亜梨沙は堂々と俺との関係を言ってのけたそうで、ご近所の手前もあり仕方なく玄関に入れたそうだ。
すぐに靴を脱いで上がろうとする亜梨沙を押しとどめ、玄関先で話を聞いたらしい。そう言う所の線引きはしっかりやってのけるんだお袋は。その時の押し問答を想像するだけで、顔が引き攣る。
「あたし、貴己と付き合いたいんです。この前、和佳っていう子にも宣言しておいたんですけどぉ、肝心のぉ貴己と連絡がとれなくって困ってたんですよぉ。だからお母さんから貴己に言って欲しくってぇ」
開口一番そう良いながら、くねくねと体を動かしつつ上目遣いだったらしい。その様子を見ていなくても目に浮かび顔が引き攣った。
恐らくお袋の嫌いなタイプだっただろうってことは簡単に想像できた。話を聞かせてくれたお袋の米神に見た事の無いほどの青筋が浮き出てたから。あと「お母さん」って言われた事にも腹を立てていた。
「ちょっと、和佳ちゃんはどうしたのよっ! なんであんなのが家に来るわけ?」
こう見えてお袋はそれなりの役職についていて、相当な人数を見てきている立場にある。だからこそなのか、人を見抜く目はそれなりにあるし、人として和佳と亜梨沙の違いはすぐに分かったはずだ。俺だって亜梨沙を会わせたくは無かったというのが本心だ。
「貴己、聞いているの? 説明しなさい!」
黙っている俺に対し珍しく大声を上げてパシンパシンとテーブルを叩いている。そんな騒ぎを聞きつけた親父も珍しくやってきてお袋の側に座った。何も言わないが目がありありと語っている。和佳はどうしたんだと。どうして最近来ないんだと。
俺は覚悟を決めて、事の一切合切を話した。
「情けない・・・。親として申し訳が立たない。こんな、こんなのを産んでしまった私の責任は重いわ。できれば親子の縁を切ってしまいたいくらいよっ。あんた、人の気持ちを何だと思ってるの!」
怒りを抑えようとしているのだろう、お袋の声が震えていた。
「それでお前はどうするんだ? 和佳ちゃんと会えず、連絡もとれずで」
親父の声も低くなっている。それだけで両親の怒りをヒシヒシと感じた。
「俺は、和佳に直接会って謝りたい。何年かかるかわからないけど。俺はそれまで誰とも付き合わないし、和佳に認めてもらえるような人間になっていたい」
やっとそれだけを口にして大きく息を吐いた。するとお袋が静かに立ち上がって俺の側までやってきた。
「血の繋がりだけは切りたくても切れないわ。だから、これで勘弁して上げる。感謝することね」
そう言うと思いっきり一発・・・グーで殴られた。
「ってぇ・・・」
突然殴られた勢いでそのまま床に尻餅をついた俺は思わずお袋を睨みつけた。だがお袋の方の怒りの方が大きかったらしく、俺の勢いは直ぐにしぼんだ。
「何よその目は。痛かったって文句でも言いたい? はん。それくらい生温いわよ。和佳ちゃんの気持ちの方が何倍も痛かったはずよ!」
お袋の言葉に改めて思い知らされた。お袋も女だから、俺よりも和佳の気持ちを理解出来ているんじゃないかと。
お袋は静かに息を吐くと、言葉を続けた。
「ガキのくせに、何にも責任をとらないくせに、いっちょまえのことするんじゃないわよ、くそガキがっ! 一人で大きくなったわけじゃないって理解していないからそういう軽はずみな行動ができるわけ!
和佳ちゃんはそこんとこきちんと理解していたから、最初にあんたに選択肢を与えたんじゃない。それをまぁ、簡単に感情に流されて情けない!」
そこまで一気に言い切るとふぅっと息を吐いた。だがそれで終了じゃなかった。
「和佳ちゃんのためには良かったとしか言えないわね。和佳ちゃんがあんたみたいなのに、大事な一生を振り回されずに済んで」
思わずひゅっと息を飲んでしまった。恐らく、これまでの中で最もきつい言葉だった。
「おい、なにもそこまでいう必要は無いだろう」
慌てて父親が取りなしてくれるが、怒りのおさまらないお袋はギッと睨みつけて黙らせていた。
「ったくこれだから男は! 貴己! 下半身の緩さと頭の緩さは比例するって覚えておきなさい。今からそんなんじゃ、社会に出てからも先が思いやられるわ。実家に居てぬるま湯に浸り過ぎているんだわ。
いい? 大学を卒業したらこの家を出て行きなさい。あんたがさっき言ってた事を実行出来るまで戻って来なくていいわ!」
お袋が声を荒げて怒ったのはその日一回きりで、翌日からは普通に接してくれた。きっともの凄く腹立たしかったはずなんだろうけど、出来の悪い息子を見放す事は無く、きっちり卒業までは面倒を見てくれた。
俺がリングをしたときだけ理由を聞かれたけど、それを聞いたお袋は黙って頷いていた。