表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
素直な言葉で  作者: ゆら
12/15

十二

 目の前の瞳をまっすぐに見返す。

 どんなに言葉を重ねても、その言葉に嘘があれば、些細なことでもこの美しい瞳は見抜いてしまうだろう。

 澱みなど一つも持っていないような澄みきった瞳にかかれば、言い訳じみた軽々しい言葉の羅列など無意味だと分かる。


 ただひたすら、本気でぶつからなければ和佳は俺の腕をすり抜けて行くと感じていた。


 「和佳・・・」


 吐息とともに漏れ出たのは和佳の名前だった。


 愛しい人。


 愛しくて恋しくて、この7年間ずっとずっと忘れられなかった。朝も昼も夜も、寝ている間さえ、執着と人は言うかもしれないけど、病的だと自分でも思うけど、俺の和佳に対する気持ちは俺だけが分かっていれば良い。


 「和佳・・・」


 もう一度名を呼べば、和佳の表情が緩む。嬉しそうでいて、泣き出しそうなそんな複雑な表情に再び庇護欲が芽生えたのが分かる。

 手を伸ばし頬に触れようとしたその時、和佳が何かに弾かれたように身を引いた。さっきよりも表情が強ばっている。


 「やっぱり嫌だった?」


 伸ばした腕が行き場を無くし、すごすごと膝の上に戻って来た。和佳の視線はその腕と同じ軌跡を辿っている。


 「指輪・・・」


 和佳の口から微かな声が漏れ出た。彼女の視線の先を辿れば、俺の左指を見ている。


 (ああ、これか)


 俺は苦笑した。

 今朝、身につけて行くべきかどうか迷ったが、やはりつけて行くことにしたんだったっけと思い出した。


 ようやく和佳が身を引いた理由に思い当たった。


 (また勘違いさせてしまったか)


 左手を上げ、和佳の目の前で指輪を抜き去った。そしてリングの内側に密かに掘ってある文字を見せた。


 『和佳の幸せを願う』


 その言葉を読んだ和佳の表情がこれまで以上に複雑なものになった。どう解釈していいのか分からないと言った様子だ。


 「君が日本から居なくなったと聞いた時、ショックだった、激しく後悔した。君を泣かせたまま、傷つけたままで、・・・どんな気持ちで日本を離れたのかと思うといたたまれなかった。

 君をそんな状況に追いつめた俺は、自分が許せなかった。だから少しでも、気持ちだけでも君に寄り添っていたくて、この指輪を作って君の幸せを願っていたんだ。それと、叶うのならば、もう一度会いたいとずっと願ってた」


 7年間つけ続けた指輪には全体に細かな傷が入っていた。その小さな傷一つ一つが今では愛おしい。俺はそっと指輪を撫でながら話を続けた。


 「会えなかった間、君を思わなかった日は無かった。もう新しい恋が始まったのだろうかなんて思うと(にが)い気持ちが込み上げて来たけど、和佳が幸せであればそれでいいんだって言い聞かせてた。かなり苦しかったけどね」


 俺が話している間、彼女もまた指輪を見つめながら黙って聞いている。


 「和佳、今、君は幸せか?」


 その問いかけに和佳はハッと我に返ったようで、ぼんやりと俺を見つめ返す。そしてキュッと眉間に皺が寄ったと思うと和佳の瞳から一粒涙が零れ落ちた。美しい、とても美しい一雫だと感じる。


 「里中君、ごめんね」


 言い終わらないうちに和佳が俺の胸に飛び込んできた。首に腕を回しぎゅっと抱きしめられる。まさかの和佳の行動にどうしていいか分からなくなる。


 「和佳・・・?」


 そんな状況でも俺は自分が抱きしめていいものかどうか躊躇っていた。


 「抱きしめても良い?」


 情けなくも和佳に許可を求めた。

 すると、耳元で「うん」と小さく返事が聞こえた。


 その短い言葉を待っていた。7年間待ち焦がれた。


 思いきり和佳の身体を抱きしめる。彼女の気持ちを全て受け止めるつもりで。


 「和佳、和佳、和佳・・・ごめんな、ごめん」


 「もういい。もう、いいよ。お願い、もう謝らないで。私達はお互いに前を向かなきゃいけないわ」


 前を向くとはどう言う意味なのか・・・。


 和佳は具体的な事は何も言わない。俺はまた心の中がぐちゃぐちゃになりそうだった。その時、すっかり存在を忘れていた(かなめ)の声が割って入って来た。


 「お取り込みのところ申し訳ないんですけどね、そろそろ時間です。ああ、それから姉さん。里中(唐変木)さんには、はっきり言ってあげないと伝わりませんから『前向き』の意味を具体的に言葉に出して下さい。でないと、あとで僕が迷惑を被りそうなんでね」


 言うに事欠いて、俺の事を唐変木とは!

 だがさすがだ(かなめ)、・・・既にそうなりかけていた。


 「要、人様に向って唐変木なんて言っちゃダメ。里中君はちゃんとした人よ」


 和佳が俺の腕の中に居て、要と姉弟喧嘩をしている。この状況に思わず笑いを漏らしてしまった。すると今度は和佳の矛先が俺に向いたようだ。

 俺の腕の中でムッとした表情で睨みつけてくる。


 そんな顔をしても全く俺には効果はないってことを和佳は知らないんだな。その表情一つ一つが愛おしくて仕方が無いんだから。至近距離で見つめ合えるこの状況は悪く無い。頬の肉がだらしくなく緩んでしまいそうだ。


 「はぁぁぁぁ、もういい加減にしてください二人とも。ってか姉さん。僕は絶対に里中さんはおすすめしないよ」


 イライラしているのだろう。感情をまったく隠そうともせず(かなめ)は言い放つ。


 「だいたいこの7年間、恋人のひとりも作らず、据え膳も食わず、浮いた話一つもなく、姉さんだけを思い続けてるなんて成人した男として変ですからね。ああ、姉さんに男の(さが)ことはわかんなかったね。

 この人はね、ことあるごとにメールしてくるし、ストーカーっぽいし、お陰で姉さんのメールボックスはこの人からのメッセージでいっぱいなんだよ」


 どうやらこれまで貯めていた鬱憤を一気に言い放ったようだ。肩で息をしている要の姿は妙に新鮮だなと感じる。


 「メールって何? 初めて聞いたわ」

 「そりゃそうだね。言ってないから」


 癪に障るほど平然な態度で要は答えている。全く悪いとは思っていない様子がその態度でありありと分かる。


 「要こそ、ちゃんと、詳しく説明してちょうだい。・・・もしかして、解約してって渡した昔の端末のこと?」


 和佳もどうやら思い出したらしい。しかも解約しろと言ってたとは、俺は大慌てで要に心の中で感謝した。


 「そうだよ。姉さんが叔母さんと一緒にスイスに行った直後だったな。解約しようと思っていた日に、この人が押し掛けて来て大変だったんだよ。まぁ、僕も何か展開があったら面白そうだなと思って解約せずにいたんだけどね。

 そしたらさ、何を考えてんだか、この人さ、この僕に対して彼女作らない宣言したり、姉さん宛にも僕宛にもことあるごとにメールを送って来たり。ったく、しつこさでは右に出る者なんていないよ。粘着体質ってやつだと思うけど間違って結婚したら、最悪だと思うんだけど」


 要はあり得ないと首を何度も振りながら、口をへの字にまげている。その表情も久々に見たなとそれすら懐かしい。

 和佳は相変わらず俺の腕の中にいて、じっと(かなめ)の話を聞いていた。


 「ほんと? 里中君、本当なの?」


 和佳が身じろぎをして再び俺に視線を会わせる。語らずともその瞳の言わんとしている事は読み取れた。「信じられない」と言っているだなと伝わって来た。思わず苦笑するも、そのまま頷いて彼の言葉が本当であることを認めた。


 和佳の瞳が再び見開かれる。


 「バカね。私のことなんか気にする必要なんてなかったのに。私だって里中君のこと、ずっと忘れられなかったけど・・・」


 和佳は急に口を噤んだ。


 「けど?」


 何だろう、この妙な言葉の切り方は。思わず突き詰めるような言い方になってしまう。それに対して和佳がばつの悪そうな表情を浮かべた。

 

 「えっとね、その、向こうでね、誘われて何度かデートしたの」


 その言葉に俺は急速に心臓が冷えるのを感じた。冷えるのを通り越して凍りつきそうだった。和佳の眉根がきゅっと寄った。


 「何人かデートはしたんだけど、やっぱりダメだったわ。

 知らず知らずにいつも相手に里中君を重ねちゃうの。そんなの相手に失礼でしょ。だからいつも一回きり。

 里中君のことを忘れられないうちは、誰ともお付き合いなんてしないって決めたのよ」


 結局は忘れられなくて今日まで来ちゃったんだけどね、そう言って自嘲気味に笑っている。


 (ああ、この人はもう・・・)


 俺は言葉より身体で表現する方法を選んだ。和佳の身体を思い切り抱きしめる。遠慮なんかしない。


 「はう・・・苦しいよ・・・」


 そう言ながらも和佳も俺の首にしがみついた。


 「和佳、一つ確認したい」

 「ん? なあに?」

 「その・・・、ジェイミーと君との関係は?」


 これから言う言葉の前に確認しておかなければならない事だ。目の前であれほど仲良さげな様子を見せられたんだ。これは必須事項だ。


 「ジェイミー? 関係ってただの仕事仲間よ。というか友達。彼、見目が良いからよくモデルと間違えられるんだけど、本業は別なの。だから今回限りの契約なのよ」

 「いや、そうじゃなくて・・・」


 意図する所がまったく和佳に伝わってなかった。関係を聞いたら、この場合、色恋沙汰の意味に取らないんだろうか。改めてどう質問しようかとマゴツイていると、痺れを切らした要が助け舟を出してくれた。


 「姉さん、里中さんはジェイミーと姉さんが恋人じゃないかって疑っているんですよ」


 「ええええ!? まさか、そんなことないから! 私は彼の恋愛対象じゃないわ。あり得ないから」


 「それこそあり得ないよ、君のこと、興味を持たない男なんていな・・・」


 話の途中で和佳の手が容赦なく俺の口を塞ぐ。結構力強い。


 「ジェイミーが好きなのは(かなめ)よ。彼はねゲイなの。今回、要に会いたくてこの役を引き受けてくれたの。もしかして、嫉妬してたの?」


 「は? 姉さん今なんて・・・」


 「嫉妬・・・悪い? 舞台上に現れた時から気に入らなかった」


 「ちょ、姉さんってば・・・」


 「あははっ。里中君も嫉妬するんだね、初めて知ったわ。学生の時は私ばかり嫉妬させられてるって思ってたから」


 「何言ってんだ。俺は学生の頃からずっとこうだよ。君を誰にも渡すもんかって頑張ってた」


 「信じられない。全然そんな素振りなかったわ」


 「当たり前。そんなかっこわるい姿見せるもんか」


 あの頃、妙なプライドが邪魔して君を手放してしまった、それと同じだ。でも今ならなりふり構わないけどな。現に、今、ここにいるから。


 「なんだか嬉しいわ」


 蕾が開花するようにふんわりと笑みを見せる彼女に見とれてしまった。


 「ってか姉さん! スルーするなよ。どういうことだよ!」


 折角の感動の場面が(かなめ)の言葉で壊された。ってか・・・要が怒ってる。かなり珍しいモノを見ている感じがする。


 「ん? どうしたの要」


 「どうしたのじゃない。ジェイミーが何で僕?」


 要の顔がふわりと赤くなっている。この辺は和佳と似ているなと観察する。


 「ああ、そのこと。あっちでね要の写真を見せたの。そしたらすっごく気に入ったらしくって会いたいってずっと言ってたの。

 そうそう里中君、実はね、ジェイミーは私のダミーの恋人でもあったの。お付き合いの断る口実を悩んでたら、要に会わせてくれるならダミーの恋人ってことになってもいいって。ほんと、助かってたの」


 要のことが不憫に思えるのは何故だろう。姉を盲目的に慕う弟になんて残酷なことを・・・。ぷぷ。


 「姉さん!! 勝手にそんな話しないでくれよ!」


 「あら私は会わせるって言っただけ。本当に会わせるだけよって言ってるもの。後の努力はジェイミー次第だわ。それに、きっと要は断るからっていちおう伝えてあるし安心して」


 「安心してって姉さん・・・」


 がっくりと肩を落とした要を初めて見たかもしれない。要をこんな風に出来るのは和佳だけだろう。


 「まぁ実害がなければ良いですけどね。さっき話した感じでは常識は持ち合わせているみたいですから」


 ひょっとするとジェイミーがゲイで要の事を気に入っているという下りが無ければ、要とジェイミーは案外上手く行くのかもしれない。そんなことは決して口にはしないが。


 「何をぼーっとアホ面さらしているんですか里中さん。何だかんだと遠回りしましたあげく、元の鞘に収まるんですか? 人をさんざん振り回しておいて」


 要節(かなめぶし)が戻って来た。何だかしっくり来るのも変だが、だけど、要なりのフォローなんだろうなと感じられるから不思議だ。さんざん悪態をついていたようにも思えるが、結局のところ、要の発言にかなり助けられている。


 最後は俺が決めなければと思い立ち、そっと和佳の身体を離した。彼女は名残惜しそうにしていたけれど、素直に首にかけていた腕を解いてくれた。


 改めて向かい合い、和佳の手をとり、そっと握りながら最後の一押しをするため言葉を紡ぐ。


 「和佳、過去のことは消せないけど、こんなどうしようもない俺だけど、もう一度付き合ってもらえないだろうか。できれば結婚を前提に。今度は決して間違えない、だから・・・」


 「はい!」


 俺の言葉が終わらないうちに和佳が再び飛び込んで来た。今度は更に勢いがつき過ぎていて俺の上体が大きく仰け反ってしまった。咄嗟に後ろ手に腕をついて二人分の体重を支える。


 「っつ!!」


 その途端、激痛が走った。

 支えるために思わず利き腕を先についてしまったらしい。さっき軽い痛みが走った腕に激痛が走る。


 息が止まるほどの痛みが腕を襲っていたが、折角の良い場面がまたもやぶち壊しになるのが嫌で、何とか我慢し和佳をもう一方の腕で抱きしめた。


 「嬉しい、嬉しいの。多分、学生時代に付き合おうって言われた時より嬉しいって感じてるの」


 和佳が思いのたけを言葉にしてくれる。その言葉は俺にとっても嬉しいものだった。この7年間の努力が無駄じゃなかったって思えたから。けど・・・


 「・・・」


 和佳はきっと俺からの言葉を待っているはずなんだが、今声を出すと呻き声しかでない気がする。この時、俺は必死に腕の痛みと戦っていた。


 俺の異変に気がついたのは(かなめ)だった。


 「姉さん! 里中さんの様子が変だ」


 その言葉に和佳があわてて身を離す。そして俺の顔を覗き込むと一気に表情が変わった。

 自分でも何となく察してはいる。きっと苦痛に歪んでいるに違いない。その証拠に妙な汗がこめかみから流れ落ちた。


 「どうしたの? どこが痛いの?」


 「だ、大丈夫、ちょっと、ね、き、気にしなく、っいい」


 虚勢を張ろうとしたが完全に失敗した。


 「何よ! たった今あなたが言ったばかりじゃない! 隠さないで!」


 怒りや心配がごちゃ混ぜになった表情で和佳が訴える。その言葉にがつんと頬を殴れたような衝撃を受けた。そうだ、いま、自分で言ったばかりのことを、舌の根も乾かないうちに自ら覆そうとしていた。


 「は・・・ごめん、そだ、ね。和佳、ごめん、ちょっと上から降りて。腕が・・・」


 すぐさま和佳は俺を支えるように背後に回った。そして支えにしていた腕にそっと手を添えてくれる。


 「右腕ね。一体どうして・・・。私のせいだわ、どうしよう、ごめんなさい」


 「ち、違うよ。多分、彼に捕まったときの影響が今頃出たんだろうね」


 解放されたときの軽くズキッと感じた痛みを思い出した。


 「さっきって・・・あ・・・ジェイミーに押さえ付けられた時・・・」


 「たぶんね」


 はははっと笑ってみせるが空元気も限界になりそうだ。


 「(かなめ)! お医者様を早く!」


 和佳が要に指示を飛ばすと彼は頷きすぐにスマホでどこかに連絡を入れた。

 その間に和佳は俺の服を脱がせ始めた。着ていたスーツを慎重に脱がしてくれるがどうしても腕を通過する時に刺激が走った。


 「っつ!」


 「ごめん!」


 「大丈夫、手間かけさせて悪い」


 「なに言ってるの。患部がどうなってるか見なきゃ」


 こんな時に何なんだが、そう言えば和佳が俺の裸を見るのは初めてだったんじゃないかな。和佳もまたそのことに気付いたらしい。インナーを脱がせ終わった途端、顔を真っ赤にしていた。けれども、そんなことは一瞬でふっきったらしくすぐに患部周辺へ注目をしている。

 当然ロマンチックな状況じゃないし、恥ずかしいからなどと言っている場合じゃない。しっかり区別して、和佳は心から心配してくれている。

 その辺の切替はさすがだと妙に感心してしまった。


 和佳の表情が痛々しい表情に変わった。自分では見られないからその表情からかなり凄いことになっているのかと推測した。


 「少し・・・、腫れているわ。熱を持ってるし、まずは冷やした方が良いわね」


 和佳はさっと立ち上がると、出て来た部屋とは違う扉を抜けて出て行った。しばらくするとジャラジャラと氷を取り出す音が聞こえてくる。その間に、電話を終えた(かなめ)がやって来て俺の肩を見た。こっちは眉一つピクリとも動かさず冷静に見ている。


 「どうなってる?」


 「酷いですね。紫がかっているところもあるから、きちんと医者に見てもらった方が良いでしょう」


 「そうか・・・すまないな」


 ズキズキと痛みが増して来る中で辛うじて笑顔を保つ。そんな俺を見ながら要がちょっと嫌そうな顔をした。


 「本当ですよ。・・・これでも援護射撃したつもりなんですけどね。あんたが最後の最後でこんなんで締まらない、・・・まったく。まぁ、それが、あんたらしいけど」


 「そう、かもな。俺らしいかもな」


 要の辛口もじんわり沁み入って来る。小生意気なガキだと思っていたのに、いつの間にかしっかりした大人の男になっているんだなと彼の成長も嬉しく思った。


 「その顔、気持ち悪いですよ。マゾかあんたは」


 要が鬱陶しそうに俺を見ている。姉弟とはいえ和佳とはあまり似ていないが、それでも時々、ふっと和佳を連想させる表情をする時がある。

 和佳の意地の悪そうな顔なんて見たことは無いけど、要が見せる表情から何故か連想できる。


 「要君、俺、君に、約束、する。和佳を、幸せに、す、るから」


 痛みのせいで、とぎれとぎれになる。


 「そんな事は!!」


 珍しく要が大声を出した。自分でも驚いたらしく慌てて手で口元を抑え和佳のいるキッチンの方を見た。そして改めて静かに口を開いた。


 「そんな事は、僕に言うんじゃなくて、姉に言えば良いでしょう」


 何を言っているんだと呆れ口調でジロリと俺を睨む。ははっと愛想笑いをしたかったが、代わりに汗がぽたりと落ちて来た。


 「随分痛そうですね」


 「そう、だな・・・」


 しかめっ面の要の顔がぼんやり歪んで見えた。


 「里中さん!」


 要の叫ぶ声が聞こえたような気がしたが、俺の意識はそこで一時中断したようだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ