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06 八咫

 ケーキを4つ買ったった。駐在所の巡査さんって確か二人だったからね~。

 ショートケーキ、チョコレートケーキ、和栗のモンブラン、チーズケーキ。

 くふふふ。基本のんばかりだよ。あ、いかん変な笑いが出た。

 まあでも、仕方ないよね。ケーキってテンション上がるよね。ね?

 しかし勘違いしてはいけない。これは私が食べる分ではない。

 ……あれ?テンション上げる必要なくね?




 私達は今、昨日の巡査さんに会うため派出所に向かっている。

 コネタだが、派出所は交番の昔の呼び方である。このゲーム、帝都を舞台にしているからか、やたら古いものの名前を使いたがる。

 後、戦前の日本の設定とかも大好物みたいだ。

 一番分かりやすいのが軍関係かな?あ、日本軍いるよ~。帝国軍というけしからんものにバージョンアップしているけども。陸海空軍その他の戦力は、これを保持しているよ。厨二設定万歳!解体された財閥も復活してたりするし華族だっている。こっそり。大和沈んでないよ。ぽそっ。


 国名は流石に大日本帝国だとまずいと思ったのか、日本帝国とちょっぴりスケールダウン。東京タワーは帝都タワーとか。帝都スカイタワーとか。ヤメロ。東京駅とか東京ドームはそのままで混乱する。基準はなんだ?

 色々ウルサイ方々が噛み付きそうなところは適当にお茶を濁してくれてて、おかげで社会系の授業がすっごく苦手になった。仕方ないね。

 高校になったら政経とか地理で泣かされるんだろうなぁ。この苦しみはパラレル転生者でないと分からないだろう。勉強がゲームクリアに必要じゃなかったからか、他は前世の世界からまるっと持ってきてあるのはラッキーだったけど。どの道この世界で生きてくんなら、内容はともあれ勉強は大事だね。




「あ、そうだ。桃樹」

「ん?」

 隣を歩く弟に言わなきゃいけないことがあった。口裏を合わせとかないと駄目だよね。れっつ根回し。


「昨日の事件ね。私が第一発見者じゃないから」

「は?どういうこと。桃花が女の人を見つけたんだろ?」

「うん。異変に気付いたのは私。でも、殺人現場で遺体を発見したのは巡査さん。だから第一発見者は巡査さんなんだって」

「ふうん?」

 桃樹の顔がそんなものなの?って言ってる。私も疑問に思っているんだよ。


「路地裏出て警察の人たちが来るの待ってから、派出所に行って桃樹を待っていたんだ。でね。第一発見者だったら本当は警察署の方に行って取り調べ受けて、現場検証にも行かなきゃいけないって聞いた。」


 巡査さんは警察関係者だからか、警官らが現場検証をしている間に私を帰してくれたのだ。

 あの後は私達を送ってすぐ現場に戻ったと考えられる。もしかしたら、こっそり逃がしてくれた可能性がある。まあ、彼にそんな事をする理由なんてないので気のせいかも知れないが。いや、まさかね?

 だからこそ。お気に入りのケーキを献上しに向かっているのだ。


「う…ん、なんかそれって。いや、大丈夫なのかそんなんで?」

「さあ?私もショックでぼんやりしてたから」


 確かに私は遺体の第一発見者ではない。でも、生きていた時の女の人の声と暗闇に浮かぶ足は見ていた。桃樹を待つ間、巡査さんにあの時の話は全部したけれど、はたしてあれで良かったのかと少し気にはなっていた。すっきりしない。もずもずする。

 ちょっとだけ感じている違和感の正体はなんだろう?だから、もう一度、巡査さんに会ってみたい。お礼、二割。打算八割って感じ?いやん、ワタシ悪女。




 派出所はコンビニからも近かった。事件のあった丁字路のコンビニの反対側をまっすぐ行って、突き当たりを右に入ってすこし上ったら見えてくる。自宅から徒歩15分ってところかな?


 やがて、昨日の事故現場が見えてきた。途中、路地裏の前を通り過ぎる時にちらっと確認する。KEEPOUTと書かれた黄色いテープで立ち入り制限がされていて、警官の姿も見えた。

 じいと路地裏を眺めていた私に気付いた桃樹がそっと身体を入れ替えて、見えないようにした。ぽんぽんと頭、叩かれた。がう!




 さやさやと頭の上の街路樹の葉が音を立てている。風が気持ちいい。春先の穏やかな陽気。ただの散歩ならどれほど良かったろう? 世の中は春真っ盛り。なのに暗澹とした気分でゲーム開始を待っているのって、なんか嫌だわ。うん。い~や~だ~わー。


 桃樹と鷲谷のフラグを折る時には明確な目標があって、ある意味やりやすかった。これを阻止したらクリアみたいな。

 だけど、ゲーム本編の方はやりたい事は多いのに、なにをしたら良いのか分からない。自分が主人公だったら……いや。エロゲで主人公とか絶対嫌だけども。せめて、それくらいの力があれば。と思ってしまう。そうしたら、昨日のお姉さんも助けられたかもしれないのに。




「桃花、そろそろ着くぞ」

 桃樹が心配そうにこちらを見ていた。おうふ。姉失格でした。


 派出所に近づくと入り口の脇には自転車がとまっていた。

 警察の人が使う白い自転車だ。

 ところであの自転車の後ろにある白い箱にはなにが入っているんだろうね?

 もう窓からは昨日の巡査さんの姿が見えている。一人のようだ。


「こんにちは~。巡査さん昨日はありがとうございましたー」

「こんにちは。どうもお世話になりました」


 緊張のあまり語尾が延びきっただらしない挨拶の私に対し、はきはき挨拶する桃樹。げせぬ。


「あれ?こんにちは。どうしたの?忘れ物かな」

 巡査さんは今日も穏やかだった。ニコニコしながら私達に席を勧めてくれる。


 駐在所の中には窓際に向けて机が置いてあって、そこに巡査さんは座っていた。だから外からすぐに巡査さんの姿が見えるのだ。

 そして、道を聞く人とかのためだろう。部屋にはパイプ椅子が常備されていて、さっき勧めてくれたのはそれだ。昨夜もこれに座ったな。


 なんだろう?この人、ホワーとしているようで。なんかを思い出す。

 はっ。いかんいかん。人の顔をぼんやり見つめていてはただの変な人になる。


「ええと。昨日お世話になったお礼です。どうぞ食べて下さい」

 言いながら、ケーキを押し付けた。……ところで私はサーと青ざめた。


「え?ええ?だ、大丈夫?」

「桃花?」


 巡査さんは押し付けられたケーキの箱にまず驚いて、それから私の顔を見上げてまた驚いてた。

 私の態度が急変したせいで桃樹も訝しがっている。

 私はというと、何も考えずケーキ渡したけども、公務員って差し入れいけたっけ?みたいな心配で一気に不安になっていた。なぜこのタイミングで思い出す。うん。急に自分の世界に入るやつですみません。


「あ、あの。差し入れとかって大丈夫でした?」

「ん?あ、ケーキだ。ありがとう!大丈夫だよ。先輩ゆるいし、今いないから」


「わあい」と言いつつ、巡査さんはケーキの箱を開けた。

 良かった。差し入れありだったようだ。

 そして立ち上がって、部屋の奥にある金属のドアへ向かって行く。おや?


「巡査さん?」

「うん。ちょうど4つあるし、お茶にしよう。時間大丈夫だよね?」

「はあ」

「大丈夫ですけど」


 桃樹と顔を見合わせる。

 元々、お話したかったらいいんだけど、なんともマイペースな人だ。

 ドアの向こうは宿直室なのかな?あっという間にフォークやお皿、カップなどが並べられ。私達は暖かいコーヒーを囲む事になったのでした。とても流されている気がする。

 駐在所でお茶会。どうもこの人といると自分のペースが掴めない。ん~む。






 巡査さんの名前は八咫雅やた みやびと言うそうだ。ヤタガラスの八咫に雅やかのみやびと自己紹介されて、凄い字面だな~と思った。子どもの時、咫って書くの苦労しただろうな。

 

 こちらの世界の警察の制服は学ランみたいな詰襟5つボタンの制服で肩に金の肩章が付いている。袖口にもラインがあるかな。警帽が無かったら、学生みたいで変な感じだ。あ、ひとつ大きな違いがあった。サーベル。この人たち、サーベル帯剣してるんだぜ。うっは!


 八咫さんだと、学生が帯剣ベルトつけて剣士コスしたみたいに見える。童顔だからか?や、違うな。満面の笑顔で苺ショートを頬張るその表情が幼いんだ。子どもかっ。


 濡れ羽色の綺麗な黒髪に琥珀の目、鷲谷とは違ったタイプのイケメンさんである。


 余談だがこの世界。黒髪、黒目はちょっと珍しい。金髪、赤髪、水色なんてざらで、茶髪が一番多い。まあ、モブさんはたいてい茶色だね。まるでアニメかゲームの世界のようだ。エロゲ世界だがな。

 ちな私達双子は黒紫色の髪に瑠璃色の目である。流石に慣れたけども、やっぱり私は黒髪が好きだな。そこいくと八咫っちの髪はもう理想。んむ。素晴らしい。


 八咫さんは懐っこい人のようで、気さくに私達の質問に答えてくれたりして、不思議なお茶会は和やかに進んでいる。変わった市民の皆さんの話とか面白い。結構、覚えられちゃうんだね。気をつけよう。

 私はそわそわと事件の話をするタイミングを計っているところなんだけど、タイミングが分からん。


「ところで、昨日の事件って犯人すぐ捕まりそうなんですか?」

 おっと、桃樹がぐいっと特攻しました。


「そうだね~。こんな近いところで殺人って怖いよね」

「はい。ニュースで見ましたけども、20代の女性の足しか発見されていないとか、なにか猟奇的な雰囲気がある事件ですし。怖いです」

「事件は春田署の刑事さん達が頑張ってくれているからね。早く捕まるといいけど。僕らもパトロールの回数を増やしたりするから、不審者とかいたら、すぐに派出所に来なさいね」

「あ、八咫さん。最近、この辺りで変質者でたりしてません?」

「う~ん。スリとか引ったくりならあったけど。例年通りかな?あ、でも春は変な人増えるから気をつけて」


 ……どうしよう?無難な会話ばかり続いて、ゲームに関係あるところっぽい話はいつまでたっても出てこない。なんとなく、どことなく。八咫っちはなにか知っている気がしてたんだけどなぁ。気のせいかな?


 いや、さっきから話しているのは全て桃樹。私は相槌しかうっておらん。

 つまりは私の話術が低いのだ。でもなー、どう聞き出せばいいのかとか分からんです。仕事モードの大人と会話するのって難しいよね。


「あ、お姉さんに弟君。ごめんね。もうすぐ先輩が戻りそうだから、そろそろ。また遊びに来てね」

「はい。長々すみません。かえってご迷惑とかかけていませんか」


 おう!お茶会終了してしまった~。

 桃樹が大人の会話をしている。弟よ。いつの間にそんなの覚えたんだい?


「ううん。こうやって尋ねてきてくれるとか嬉しいよ。楽しかった。ここね。僕と先輩しかいないんだ。わりとのんびりした職場だし。他にお客さんがいない時にはいつでもおいで」

「と、言われましても……」

「うへへ。だよねぇ。でも、本当に大丈夫だから遊びに来て?お姉さんも」

「うぇ!?あ、はい」


 私が思わず肯定すると、八咫さんはにんまりともの凄い、いい笑顔をくれた。

 あ~。分かった。この人。昔、隣の家にいたハッタさんに似ている。

 ハッタさんは去年寿命で天に召されたラブラドール・レトリバーである。温和で人懐っこく、大好きだった。そう思うと、八咫さんの後ろにブンブンと振れる尻尾が見えた。犬だ犬がいる。


 八咫さんにお見送りされて駐在所を後にする。出入り口まで見送ってくれた。

 優しい。


「しばらくは物騒だし、夜遅く出歩くのは二人とも控えてね」

「は~い」


 手を振ってくれる八咫さんに会釈をし、桃樹に続いて出ようとした時、ぽそりと私だけに囁かれる低い声。さっきまでのただ優しいだけの声じゃなくて、それはちょっと甘くてどこか艶っぽい。


「桃花ちゃん。あんまり暗がりには近づいちゃ駄目だよ」

「え?」


 最後にトンと背中を軽く押されつつ言われた一言は「危ないからね」で。

 なぜか心臓がバクバク音を立てた。


 琥珀の目は優しかったけれど。不思議な色をしていた。

 意味深な事をしないで欲しい。やっぱり八咫さんにはなにかある。

 ええと。大好きなケーキを献上してすっきりしようとしたら、更にもやもやしました。

 下心は駄目ですか。そうですか。そうですね。そうですよね。


 八咫っちはゲームの登場キャラでは無いはずだけども、何者でしょうか?

 桃花は帝国民なんだぜ!日本国帝国民。違和感すげー

 はて、なかなかゲーム本編へ入れません。

 エロゲ世界って事でキャラクターにも色気を持たせたいのですが、むりっぽ。そもそも桃花さん視点だと違うところばかり見てしまうようです。あ、でもモブがエロさを持つ必要は無いんだった。あれ?

 ここまでお読み下さりましてありがとうございます。

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