04 あやかし
ほんのりグロい表現があります。ぬるいですが。
ちょっとコンビニに行こうと思っただけだった。
新発売のフルーツを使ったパフェ。あれが急に気になって家を出た。
ほんの少しの贅沢を。自分にご褒美をなんて考えた自分をぶん殴りたい。もちろん本気で。
そんな事を思いながら、電信棒の陰にほんの僅かに覗く路地におそるおそる近づいていく。
「ご、がっ。あ、ぐぼっ……あ…」
途切れ途切れ聞こえるかすれ声は、きっと聞こえちゃ駄目なやつだ。
じんわりじんわり涙が目尻にたまり始め、口の中が乾いて苦くなっていく。
路地はそこまで遠くないのに、中々近づかない。いや、自分があまり上手く歩けてないだけだ。
引き返そうか。諦めようかと何度思っただろう。
とうとう、路地の角の建物に手がふれた。ひたりと当たる固い壁の感触が禍々しいほど怖い。
「く、あ……か、かはっ…ふ……」
声はどんどんか細く擦れていく。ヒーローなら走って助けにいかないと駄目なのかもしれない。だけど、私は勇者じゃない。ただの高校生(予定)である。ごめん、お姉さん?
声は女の人に聞こえた。
てかさ。なんでエロゲなのに、ホラーなんだよ。
帝国妖怪モノだからって、エログロホラーにするんじゃねえよ。
怖さのあまり、口が悪くなってる。いや。だって、まだ夜の8時前なんだよ?なんでこんなに周りに人の気配がない。なんだよこれ魔空間とか言ったら笑うぞっ。
そ~っと息を潜めて覗く。暗い。目を細めたが暗闇しかない。心臓がバクバクしている。もうやだ。
「お姉さん?大丈夫ですか?」
そっと声をかけてみた。
いきなりなにかが飛びかかってくるかと怯えたが。なにも来ない。
拍子抜けしてふっと力が抜ける頃に、路地裏の奥の暗闇に白いふよふよしたものが動いている。二本。ゆらゆら揺れるそれは足。足だ。
女の足が見えていた。
「っ……」
思いっきり叫ぼうと息を吸い込んだ時だ。
肩にぽんっと温かい手を置かれた。
「!!!!!!!!……ぎ」
「ぎ?」
「ぎみゃああああああああああああああああああっ」
私は叫んだ。もう思いっきり。驚いた。本当に驚いた。涙がボロボロ出てる。
「えええ?落ち着いて。落ち着いて」
なんかがやたら私に話しかけてる。背中さすってる。そうか、私、しゃがみ込んだんだ。
ばくんと食われるかと思った手の人は良い人みたいだ。
まだ、私に声をかけながら背中をさすっている。
ようやくここで、これ大丈夫だと思えて私は顔をあげた。
知らない男の人だった。濡れ羽色と言っていいくらいの漆黒の髪の人だ。制服を着ている。
派出所の巡査さんだ。
「びっくりした。電柱の陰、覗いているかと思ったら、いきなり叫ぶんだもの」
笑うと琥珀色の目がきらんと光った。
「巡査さん。巡査さん。あっち」
親切な巡査さんの手を引いて路地裏を指差す。
「なに?」
巡査さんは嫌な顔もせず。私が指差した路地裏を懐中電灯で照らした。私はびくびくと巡査さんの後ろに回りこむ。いや、だって超怖い。
「ん?」
ああ嫌だ。巡査さんがなにかに気付いてしまった。
ついでに、そのままぐいぐいと後ろから押してみる。
巡査さんは押されるまま、路地裏に入っていく。私もついて行った。巡査さんを盾に突き進む感じだ。
巡査さんの制服の裾はもう私が握りつぶしてしわしわで、手汗でよれよれだ。主に私のせいで。うん。ごめん。
怖くて、必死に巡査さんの腰の辺りを睨んでいるが、視界の端に懐中電灯の照らす地面が見えている。
大丈夫。ただの地面だ。路地裏は薄汚れていて、時々空き缶の潰れたのや煙草の吸殻なんかが落ちている。
人の気配の残りに泣きたくなった。巡査さんの背中と足元の地面だけを頼りに歩く道は、すごく長い。
変だな?ほんのちょっとの距離のはずなのに。
そう言えば、女の人の声がもう聞こえない。
「――っ」
やがて、ぴたりと巡査さんの足が止まった。ひゅっと息を呑む音が聞こえた。
「娘さん。娘さん。君、このまま回れ右して、ここから出なさい。けして後ろを見てはいけないよ」
ひいいぃ。なんて恐ろしい事を言いなさる。完全にフラグです。ありがとうございます。
実はなにがあるかとか薄々分かっていた私は、巡査さんを無視して巡査さんの左側からひょいっと顔を出した。
後ろを向けばぱくりとやられるんでしょう?怪談の王道パターンです。騙されません。
いや嘘です。巡査さん見てはいけない物、そこにあるんですよね?
「あ、こらっ」
慌てた巡査さんの声。でもごめんなさい。これ多分、見とかなきゃ駄目なやつ。
懐中電灯に照らされた先はどす黒い水溜り。狭い路地裏の道幅一面に広がっている。
光が強く当たるところは少し―――赤い。血だ。
そう思ったら途端にむっと空気が生臭く金臭くなった。吐き気が襲う。
そうして、滲む汗を無視して辺りを見回せば。路地裏の道の端に二つ。ぶよぶよと白い足が落ちていた。
太ももの断面の中は赤黒く、中心に黄味がかった白いもの。……骨か。
ひとつは断面、もうひとつはつま先がこちらを向いていた。足の爪に赤いマニュキュア。
さっきの声の女性は、足だけ残して消えたのか。
「ぴ」
「ぴ?」
「ぴぃいいいいいいいやああああああああああああああああぁ」
もう一度、大絶叫をして今度こそ私は意識を飛ばす。ああ、親切な巡査さん。本当にごめんなさい。
しかし貴方、ちょっと暢気すぎじゃなかろうか?
「桃花っ」
迎えに来たのは桃樹でした。よっぽど慌てたのか髪の毛がぼさぼさ。お風呂入ってそのまま乾かさず走ったね。
「あれぇ?君、お父さんとお母さんは?」
「すみません。両親は今、仕事で家を空けています。俺はこの子の双子の弟です」
おお。桃樹、すごいしっかりしてるね。しかし私は姉なのにこの子はどうだろう?
「ああ、さっきの電話の子だね。ん~でも、どうしようかなぁ?」
巡査さんはなにやら悩んでいる。なんだろうか?
ええ私。派出所の椅子に小さくなって座っております。先程まで雑談しながら巡査さんに慰められておりました。
牛丼は出ませんでした。悪い事してないもん。仕方ないね。
冷静に見えますが、かたかた震えが止まらんとです。
「巡査さん?」
「弟君。君とお姉さんを送っていこう」
「え?いえ。大丈夫です」
桃樹は遠慮しましたが、私はちょっとほっとしました。あやかし、まじ怖い。
今なら、ちゃんと姉ができない自信があります。
「うん、あのね。お姉さんが事件を見ちゃったのが、お姉さんのお家の近くだからね。きちんと玄関まで送らせてください」
「え?」
「三丁目のコンビニあるでしょ。あそこの丁字路の辺りなんだ。君も学校帰りとか気をつけて」
「まじで?じゃあ、あの豚の悲鳴みたいな変な声って……」
「!?」
なんですと?今、豚の悲鳴って言った?聞いた事あるのか豚の悲鳴。
「桃樹ぃ?豚ってなにさ」
「う。ごめん」
「くくく、くっ」
……いっそ、笑ってもいいのよ?
「巡査さん~?」
「はい。ごめんなさい!お姉さんの悲鳴は猫みたいに可愛かったです」
とか言いながら、巡査さんは自転車を引いて私達を誘導してくれた。
コンビニの近くのあの路地の近くを通る時、少し力が入ったけれど桃樹がしっかり手を引いていてくれたから大丈夫だった。
巡査さんの左の裾が私が力いっぱい、汗をかいた手で握った為によれよれになってしまっていた。
今日は巡査さんに沢山、助けてもらったなぁとか思いながら家に着いて。
しっかり巡査さんの名前を聞くのを忘れていたのに気付いたのはベッドに入ってから。
お恥ずかしながら、桃樹さんにはお風呂とトイレの前に立ってもらって。そんで一緒に寝てもらった。双子で良かったと今日ほど思ったことは無い。
桃樹はもの凄い眉間に皺を寄せて耐えてくれていた。
うん。ごめん。本当にありがとう。
コンビニのパフェからえらい事になってしまった。
多分、あれは連続殺人事件の最初の事件だ。ああ、本当に始まってしまうんだなぁ。
思わず、きゅっと桃樹の背中におでこくっつけたら、ぴくって桃樹が反応してこっちを向いた。
のぉ。桃樹の背中くっつきたい。私。
「桃花。大丈夫だから」
「ん」
「目ぇ、閉じてみ?」
「でも……」
目を閉じるとあの路地裏の暗闇と白い足が浮かんでくるような気がして。なんか嫌だ。
「はい。閉じる閉じる。今日は俺が桃花を守るから絶対、大丈夫。保障してやる」
「……どんな保障だ」
「いいから閉じる」
問答無用に、桃樹は私の目に手を載せる。右手?
首の後ろに腕を回され、ぐるりと抱きかかえられたみたいだ。
「小さい時、思い出すだろ?熱出した時とかの」
「あ…。うん。懐かしいね」
「桃花を寝付かせるのは簡単だ。目を閉じさせて、こうやって髪をすいてやる」
言いながら、桃樹は左手で髪をすく。
うん。落ち着く。けど、桃樹でっかくなったなぁ。小学校の低学年の頃くらいじゃないか?こんな感じのしてたの。昔と違ってちょっと硬い。
なんて思いながら。ゆるゆるといつの間にか私は寝てしまったのでした。
桃樹、恐ろしい子。
お姉さんの台詞にちょっとエロティックなものを想像してしまった人は、ごめんなさい。そういう方向で遊んでしまいました。エロゲ世界ですもの。
ここまでお読み下さってありがとうございました。
6/19一部日本語の修正をしました(助詞を→に)いつもすみません!




