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03 慶

一部、暴力的な行為を連想させる不快な表現があります。ご注意下さい。

 鷲谷と桃樹と私。流石に三人も集まってテーブル囲むと狭いです。

 だけど、鷲谷の家は常に使用人さんがいて危険だし。外とかもっと駄目だ。はい。自宅の私達の部屋に集まっています。あ、両親いないしリビングでも別に良かった。まあいいか今更だ。


 昨日変だった桃樹は、今日はすっかり元に戻っていました。昨日はきっと貴方、疲れていたのよ。

 桃樹が入れてくれたのは、本日はアイスコーヒー。相変わらずお茶系だけは完璧な弟です。


「結局さ。主人公が選択してエンドを決めるゲームだし、主人公を見守りながらフォローするくらいしかできないんじゃない?」

「そうだよな。主人公……菅沼だっけ?そいつがどんなやつだか分かんないしなー」

「はぁ。そうなんだよねぇ。ゲームだと選択肢で性格変わっちゃうから」


 私がうんうんと頷くと鷲谷はちろりとこっちを見た。なんですか?喧嘩は買わんですよ。


「それに、あやかしだよね。やつらに対抗する手段が俺達には無い」

「あ、そうだ。桃花。聞きたかったんだけど、俺や慶に不思議な力とかねえの?」

「あ~」


 私は渋い声を出した。


「桃樹は亜璃亜と契約してセイレーンの騎士になっていたら力があった。でも今は無いね」

「……ああ。じゃあいらね」


 桃樹の顔色が悪くなる。あの時の記憶は桃樹のトラウマだ。なんでももの凄く気持ち悪い感覚を味わったらしい。あの時の桃樹の顔……

 多分だけど、この世界で一般人が不思議な力を持つには、あやかしとエロイ契約するとかのろくでもない方法しか無いだろう。エロゲ世界だし。

 うん。知りたくない。


「無いものを言ってても仕方ないからね。トーカちゃん。君は不用意に妙なものに近づかないように」

「……ふぁい」


 ローテーブル囲んで胡坐かいてても優雅とはこれいかに。

 鷲谷はブルーのカッターシャツにベージュのチノパン&ブレザーという超シンプルな格好だ。

 なのに何故やつには気品がある。これが噂の美形補正か!?

 色素の薄い彼はどこか王子様のような雰囲気を持っている。王子とか乙女か。


 ……なんか一瞬で話す事が無くなったので脱線してしまいました。

 後、ジーンズによく分からん横文字のTシャツの弟。鷲谷に負けてる!頑張れー


「取り合えず、入学してからは主人公の様子見。そして、最初の事件が起こる前までに作戦を練るって感じかな?」

 形良い顎に手を当てて鷲谷がまとめてくれてる。らくちん。


「後は、部活かなぁ?主人公って新聞部に入るって決まってるんだよね。桃樹にトーカちゃんはどっちか入るの?新聞部」

「俺はパス。バイトしてぇし。原付免許とるんだ」

「え?とるの。どうせなら二輪にしてよ。二人乗りできるやつ♪」

「げ。なんで桃花と二人乗りすんだよ?」

「いいじゃん。ケチ」

「ケチっておまえなぁ……」

「あはははは。仲いいね二人とも。桃樹。原付二種クラスなら二人乗りできるらしいよ」


 桃樹が放課後バイトするとなると、ここでもう原作ゲームとは違ってくるな。

 エロゲでは亜璃亜にべったりだったものね。


「ってか、脱線すんな。桃花は部活どうするんだ?」

「ん~。帰宅部?」

「なんで疑問系なんだよ」


 相変わらず桃樹は口うるさい。

 失礼な。なにも考えていないわけじゃないぞ。私だっていろいろ考えている。

 ちなみに私は中等部まで美術部の幽霊やってた。桃樹は陸上とかバスケとか。

 そういや鷲谷は部活はいったとか知らないな。


「しばらくは自由に動けるようにしておいて、必要に応じて入ろうかなと」

「へぇ。トーカちゃん入りたい部とか無いの?」

「うん。なんか高等部は外部生も増えて順位下がるって聞いてるから、中間テスト終わるまでは保留。鷲谷は?」


 ふ。貴公らとは違うのだよ。二人に比べて凡庸な私は、ちょっとまじめに勉強しないとやばい。華桜学院って以外に名門校やった。ええ。中等部で洗礼受けました。調子こいてました。

 それからコイツラずるい。特に桃樹。同じ双子で脳みその性能が違うのってどうかと思う。知性は魂に宿るんです?


「俺は生徒会の手伝いがあるかもしれなくてさ。様子見」

「慶、高等部でも生徒会入るん?すげーな」

「いや、春日部会長がね。トーカちゃんもどう?」

「へ?あはははは。ご冗談を」


 春日部会長ってのは華桜学院高等部の生徒会長だ。二年の先輩だから、4月からは生徒会を引退してしまう。正確には6月の生徒会選挙の後からだな。

 小中高一貫だったので鷲谷とは仲がよく、小学生の時から目をかけて下さっている先輩だ。小学校からずっと生徒会長をされていたチートなお兄さんだ。もちろん鷲谷もチート。


「でもさぁ。まさかのゲーム世界って不思議な感じだね」

 鷲谷がぽつりと言った。んん?


「生まれた時からこの世界で生きてきたから、それが作られた世界だなんてちっとも思わなかった。そうしたら、君と桃樹が俺の人生をひょいって変えた。あやかしなんて想像の産物だと思っていたら、簡単に見つけられた。変な世界」

「慶?」

「ん?ねぇ桃樹。0と1で構成されるプログラミングでさ、作られた世界を変えるのって、どんな意味があるんだろうね?」

「お前の言う事、抽象的過ぎて良く分かんねー」

「あはは」

「でもさ。世界は分からんけど、俺達は0と1だけで作られてる訳じゃねぇべ?んな単純じゃねーし。少なくとも、俺は俺の意思で好きに動いているけどな」




 小学校六年生の時、鷲谷は誘拐された。私は細かいところは分からなかったけれど、誘拐された日と、忌まわしい事件が起こった場所だけは覚えていた。

だから、桃樹と二人で行ったのだ。あの日あの場所へ。


 本来、鷲谷は警察に保護されるまでに二日はかかったはずだった。

 その間に、鷲谷を攫った犯人は興奮し、イラつき、そして鷲谷を暴行した。卑劣な男の劣情のままに。保護された鷲谷のプライバシーは報道では守られたけれど。逃げ延びた犯人は動画共有サイトに暴行の様子を載せた。獣人が集団で少年を凌辱する動画だった。

 あやかしがいないとされるこの世界。少年の動画は作り物だと断定された。しかし、作り物と判断されたため逆に削除は伸びて、しばらく凄い数のアクセスを稼いだらしい。

 これは実は私だけが胸に秘めている架空の物語だ。無かったことになった今ではただの私の作り事。偽物の記憶になって良かったと本気で思う。


 ゲームではテキストだけで、ぼかされていた暗い事件。たったテキスト数行の文字の羅列で、一人の少年が深い絶望に堕ちてしまっていたかもしれないのだ。

 都内の古い倉庫、窓の隙間から覗いた時の殴られて震えていた鷲谷の顔。蓑虫のように転がる小さな身体。それは現実にあった出来事で、私は絶対に忘れられない。ゲーム本編の阿鼻叫喚あれも見たくない。起こって欲しくない。もやしっぷりには自信があるのだ。一寸の虫にも五分の魂。


 君の過去やこれからがプログラミングされているだなんて、なんて悪趣味。

 だから私は精一杯、茶化そう。軽くしよう。




「んーとね。ここがゲームの世界かどうかはどうでも良いよ。だって、桃樹と鷲谷の事件の顛末と私の記憶の中の物語は違ってきてる。変わる物は運命でも因果律でもなんでも無いよね。胸糞悪いバッドエンド回避は燃える!」

「だよな~。バッドエンドなんて無い無い。俺と桃花が……!!!!!!!」


 ボフンって感じで桃樹の顔が真っ赤に爆発した。小僧、お前思い出してしまったな。阿呆め。しかし桃樹は一体どんな想像をしてるんだ?ちょっと気になる。


「なに?桃樹どうしたの?」

「な、なんでもねぇ!俺っ。ちょっと!」


 言うなり、部屋を飛び出した桃樹。また夕日に向かって走るのか?


「……トーカちゃん。桃樹になにかあったの?」

「えーと……さぁ。思春期なんデスよ。多分」


 私と桃樹のバッドエンドなんて到底人には言えません。仕方ないので弟の奇行とさせていただきました。苦情は受け付けません。


「鷲谷。そんな訳で新学期からよろしくどうぞ。拒否は受け付けません」

「はい。こちらこそよろしくトーカちゃん。俺の方も拒絶は受け入れません」


 二人で笑って、アイスコーヒーを飲んだ。

 30分後、気まずそうにプリンを買って桃樹が帰ってきた。彼の心情を深く聞かない我々は女神のごとき優しさを持っていると思う。


鷲谷は色々なことを考えすぎるぶん、人に伝えるのが苦手なタイプ。

桃樹は反対。短絡的でまっすぐ。どストレートある意味ヒーロータイプ。

実は桃花は鷲谷の方がタイプが近い。なので無意識に壁を作っている。

そんな三人です。

ここまでお読みいただきありがとうございました。


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