01 桃樹
カランカランと氷の涼しげな音がする。
「あ、桃樹ずるい。私にもアイスティーちょーだい」
「え~めんどくせ。自分のくらい自分で用意しろよなぁ」
「だって、私が入れるとなんか薄くなっちゃうんだもん」
「しょうがねぇなー」と言いつつ、弟はアイスティーを入れにキッチンまで行ってくれた。なんだかんだ桃樹は優しい。
今、私は自分たちの部屋にいる。4月からの作戦会議のためである。うむ。
双子だからか高校生にもなるというのに、私と桃樹は同じ部屋のままだ。着替えとかは流石にお互いのいないところで着替えるけれど、これって世間一般の姉弟的にどうなんだろ?
上半身裸くらいでキャーキャー言ったりはしないが、桃樹的に窮屈じゃないのかな?まあ、私は平気。それだけ近くにいる存在だから余計に男女の仲ってか近親相姦とかご遠慮したいのだけども。
なんて思いながらぐりぐりとノートに意味の無い落書きをしていると弟が戻ってきた。
「ほら桃花。ありがたく受け取りなさい」
「ん。ありがとー」
アイスティーを受け取って、桃樹は私と向かい合って座る。
部屋には真ん中にローテーブルが置いてあって、それを挟んで対面する形だ。
「でもさ、本当にゲーム。始まるのかな?」
「うん。私もただの妄想だったらいいと思ってるよ。けど、キミと鷲谷のトラウマイベントってのが実際にあったじゃないか」
「そうなんだよなー。俺もびっくりした。俺の時のも慶のも普通ならあり得ない話だもんな」
「そーよ。桃樹は奴隷だし、鷲谷は誘拐殺人」
エロゲを思い出して真っ先に桃樹に話したけれど、最初は桃樹も信じていなかった。
と、言うより内容が内容なので、際どいところはぼかして話すしか無く、非常にあやふやな話し方になってしまい。桃樹も反応に困っただけというか。
いやでも、小学一年生の子どもにはあれが当時の精一杯だ。仕方ない。
無垢な子どもにエロゲとか凌辱とか言えますか?言えないでしょう?言える訳がございませんもの!
桃樹が悪役キャラになってしまったのは小学三年生のときの出来事が原因だった。
ちなみに私、一切関係ない。勝手に桃樹が堕ちたのだ。この愚弟がぁ。
私が転生してしまったゲームのタイトルは『あやかし幻想奇譚~帝都炎上編~』だ。
ここは所謂、異世界になるのだけど、パラレルの要素も入った世界だったりする。
第二次世界大戦で日本が負けるのではなく停戦という形で戦争が終結した後の世界。人に紛れてあやかしが跋扈する世界。戦争を停戦に持ち込めたのもあやかしの力があったからという設定があるのだ。
つまり、現代、帝国、軍人、妖怪、妖力、科学という要素が混ざった世界なのだな。
クラスメイトの中にも妖怪が紛れていてヒロインの一人、来栖亜璃亜はセイレーンをモチーフにした妖怪だった。
つっこんではいけない。彼女はイタリア人とのハーフなのでセーフである。元が男性向け。可愛ければOK!なゆるさが満載のゲームだったのだ。
桃樹は三年生の遠足で来栖亜璃亜と同じ班になる。
遠足は三春山という小さい山のハイキングコースなのだが、桃樹と亜璃亜は途中ではぐれてしまう。そして、はぐれた先で亜璃亜が暴走。セイレーンの能力で魅了。はたして可愛い奴隷ちゃんの出来上がりと言った感じだ。ジョブチェンジした桃樹は執事系ヤンデレになる。可愛い息子が一日でそんな豹変したら親は泣くと思うよ。
亜璃亜のセイレーンの能力は、魅了の魔法で男を恍惚とさせている間にキスして服従の契約を結ぶというものだった。奴隷と言ったが正確にはセイレーンの騎士と呼ばれる忠実な僕だ。
騎士の桃樹がなぜ悪役になるのか。簡単に言うと、チートな主人公から亜璃亜を守るため力を欲しがり、悪に付け込まれるという形になっていた。ヤンデレだからね。
さっくり説明したのだが、そこはエロゲ。無駄にドロドロさせるテキストとかあったりして、桃樹の姉となった私は到底、許容できるものじゃなかった。いやまあ、前世ではろくにテキストすら読んでいなかったが。スキップ便利。ごめん。桃樹。
亜璃亜も亜璃亜で暴走して力を使ったので服従の契約の解除ができないとか言いながら、ちゃっかり桃樹が僕になるのを受け入れている。
そのくせ主人公の好感度が上がるとあっさり主人公になびき、悪落ち桃樹はスルーだ。このビッチめ~と今なら言おう!こやつめ ハハハ!
そして、桃樹の奴隷化阻止だが、これは簡単。遠足で桃樹をストーキングして、魅了でふわふわしているところを確保。後は二人が正気になるのを待つ簡単なお仕事だった。
簡単じゃなかったけれど、敢えて言おう簡単なお仕事だったと。異常状態の亜璃亜から恍惚状態の桃樹を庇い。あげく先生に怒られた私の勇士。無駄じゃなかった。うぇい!
桃樹も魅了されていた時の記憶は残っていたらしく、それより後はゲームの話も真剣に聞いてくれた。亜璃亜の魅了の力は強烈だったらしい。
危機感を持ったのは鷲谷の誘拐事件があってからだけど。
亜璃亜と私達は今は普通のクラスメイトだ。
弟の名誉の為に一言。彼はヤンデレではありません。極めて普通の男子です。
こうやって念を押すと、桃樹が普通じゃないみたいですね。にこり。
鷲谷慶の時はトラウマ系イベントだった。お坊ちゃんである鷲谷が身代金目的で誘拐され、心身ともに酷い目にあう。そして、鷲谷は薬や女遊びに走るようになるという嫌な話だ。てか胸糞だった。
もともと鷲谷と桃樹は仲が良かったので、桃樹と私とで誘拐場所を警察に知らせ。早めに救出してもらって悪落ちを阻害したのである。さらっと言ったけども、超怖かった。あれ。
「ええと。取り合えずゲームの内容をもう一度、まとめ直そうか。で、入学後からの方針を決めよう」
「つっても、俺と慶の悪落ちフラグは折れているから、後は滅亡系エンドのフラグ折りでいいんだろ?」
ちう~とアイスティをストローで吸いつつ私はノートを見つめた。んんっ美味しい。お茶スキルが高いから桃樹は執事系ヤンデレになったのかね?
「ん~でもね。私、あのゲーム全部は攻略してないんだよ。桃樹は男だし、男目線でなにかあったら指摘して欲しいな」
「そりゃいいけど……俺だって、そんなゲームやった事ないんだぞ。男目線って言われてもな…」
桃樹の耳がほんのり赤い。つられて私も赤くなる。だよね~。ずっと私と同室の桃樹だもん。そんなの遊べないよね~
「わ、私はほら、基本女の子に優しいプレイしかしてないのよ。そもそも主人公の性格が苦手で選択肢も無難なのしか選んでない。ただ、地雷?神経疑う選択肢とか結構あって。そーゆうのが……」
「……慶のとこで、それっぽいの遊んでみるか?やっぱ想像つかねぇ」
「ちょ!?えええええ」
鷲谷は中堅財閥の一つである鷲谷財閥の次男だ。貴公子らしい爽やかな男の子で。そんな人のとこでエロゲって……桃樹って勇者過ぎる。
「し、仕方ねぇだろ。桃花の前でやるわけにはいかねぇし。第一、あいつの方が頭いいんだし、あいつ巻き込んだほうが……」
「いやいやいやいや。そんなの、例えばお手伝いさんとかに見つかったら私ら社会的に抹殺されるよ!」
「そこまでは流石にないだろ?」
私の反応が大げさだったのか、桃樹は困惑しているようだ。
「ええ?だって悪落ちルートだと、鷲谷に捨てられた女の人を家のために消したりするんだよ。最終的には鷲谷もだけど」
「へ?慶のおじさんそんなにやばい人なの!?」
「うん。消される女の人も凄いやばい人だし、なんていうかドッロドロなんだよ」
そうなのだ。私が怖いくらい神経質になっている理由のひとつ。
エロゲがそういうものなのか、あのゲームがそうだったのか分からないが。選択肢の分岐で恐ろしいほど極端に結果が変わる。
優しいと思っていた人があるルートでは猟奇的なヤンデレになったり、サディストがツンデレになったり。豹変するのだ。
桃樹は執事系ヤンデレだったし、鷲谷はくず系女たらし。今の二人の面影なんてまるで無い。
それもあって二人には秘密だが。桃樹のことは生まれた時から知ってるし、信頼しているけれど。実は私は鷲谷をまだちょっと警戒していたりする。
絶対に裏切らないって思ってるのは、桃樹とメインヒロインくらいだ。
メインヒロインちゃんはさっぱりツンデレまじ天使。ただし他のヒロイン、テメーはダメだ。分からん。
黒幕を作れば話が盛り上がるってあの傾向、やめた方がいいと思う。
「はぁ。やっぱりさ。慶も一緒に三人で考えようぜ。埒が明かねー」
がしがし頭を掻きながら桃樹は音を上げた。私も諦める。桃樹はもう鷲谷に連絡を取っているみたいだ。スマホ片手に難しい顔をしている。こりゃ、そうとう余裕無いんだな。
「明日、慶呼ぶよ。来れるってさ」
「ん」
せっかくだし明日までにノートまとめておくかな~なんて考えていると、桃樹に肩を叩かれた。
「ん~?なに?」
「あのさ……」
もの凄く言い辛そうな桃樹。なんか珍しいな、いつもはずぱっと言うのに。なんだか顔も赤い。
「あの。あのな。俺、……」
「なに?」
「俺、悪落ちした時、お前になにした?」
「へっ?」
私は動揺した。ゲームの桃樹の事はこれまで18禁なところは徹底的にぼかしている。あれを聞くのか?
「いや。だってよ。あの慶が女捨てるとかだと、俺ってどんな風だったか気になるし。それに、俺のバッドエンドって桃花も一緒なんだろ?」
「え、あ。う。……でも!ろくでもないエンドってだけ知ってればっ」
「だからっ!桃花のその反応、それが不安を煽るんだっつーの。なんでそんなに必死になるんだよ」
「や、あの」
「明日、慶がいたらもっと喋らないだろ。お前だけが知ってるのもなんか気にくわねぇ!」
「……ハイ」
それは逆切れではと思ったけれど、桃樹も思いつめているようだったので。私は桃樹にゆっくり丁寧にエロゲの桃樹をのお話をしました。
執事系桃樹の下僕っぷりと残念な言動はともかく、囚われていてウニョウニョ、近親相姦、快楽堕ちエンドはとても衝撃的だったようです。いや私も本気で無理でした。これなんの羞恥プレイですか?あほですか?
ついでに私は亜璃亜ルートをクリアしていませんので、そっちのエロイベントは知らんですよ。って言ったら、部屋を飛び出してしばらく帰って来ませんでした。桃樹の純情っぷり。実は彼こそ主人公に相応しいのではあるまいか?
ええ、亜璃亜ルートにもし私の出番があれば、私も他人事ではございません。
エロゲ転生、まじ許すまじ。




