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閑話02 アンバランストライアングル 壱

キャラクターの死亡と、それに伴う描写があります。

ご注意下さい。

 頬にぬるりと温かい感触。触れてみると指先が赤黒く染まった。


 視線を元に戻す。酷く、時間が緩慢に流れているような気がする。

 ほんの数秒。理不尽。なにもしていないのに。分からない。嫌だ。違う。嘘だ。

 ―――どうしてこうなった?


 頭の中は目まぐるしく動くのに、なにも形にならない。

 酷く暑い。なのに悪寒がする。口の中が粘りついて苦い。寒い。

 こめかみから脳天にかけてガンガンと割れ鐘が響くように痛み、気持ち悪い。

 吐きそうだ。

 全ての感覚がちぐはぐで醜悪だ。ばらばらになりそうだ。


「な、に…これ……」


 運転主席からはみ出る身体に、割れたフロントガラスから伸びる、ごつごつした筋肉質の腕。

 斜めに傾いだ身体の持ち主の頭部は、がっしりとその筋張った筋肉質の手に掴まれていて、ちょうど『僕の目の前』に顔があった。

 僕の視線の高さに逆さまの顔がある。それは凄まじい違和感だ。


 ぽっきりと折れた首は、ありえない角度に曲がっている。

 逆さまになった顔には血が滴り、指の間から覗く目は、驚愕に見開いたところで固まっている。瞳はにぶく濁っていた。


 ぽっかりと開いた頬の傷はガラスで出来たのだろうか?とめどもなく湧き出るように血が溢れている。

 血の気が無いからか、たっぷりした脂肪の肌は、まるでロウのように青白い。

 良く見ると、細かな傷だらけだった。赤黒く縦横無尽にぴりりと走っている。

 見ては駄目だと誰かが警鐘を鳴らすのに、目を離せなかった。


 ……安田さん。

 もう生きていない事は一目瞭然だった。

 ぽたり、ぽたりと僕の足元に安田さんの血が落ちる。


 なんで?どうして?

 あまりの非日常的な光景に頭がついていかない。これは現実?

 僕はどこで選択を間違えたのだろう?






 【AM07:08 某都内環状線】




「リトルチョコですか?」

「うん。クラスで流行ってるんだ。……駄目かな?安田さん」


「そうですねぇ」と考えるふりをしつつも、フロントミラーに映る安田さんの目はいつもみたいに優しい。


 これは多分、大丈夫なんじゃないかな?

 どこかちょっとわざとらしいし、もう結論は出ているよね?

 僕は初めて自分からお願いした我侭に、

 緊張しつつも期待をこめて安田さんを見上げた。


 運転手の安田さんと僕の会話は、大体いつもこうしてミラー越しだ。


 後部座席から見えるのは、

 ちょっとぷっくりした肉付きのいい首周りと大きな頭。

 髪の毛はくせっ毛で、ぼさぼさで硬そうだ。

 座席からはみでてるのは、まるっこい肩幅。まるで、だるまみたい。

 見慣れた後ろ姿に僕はすっかり安心するけども、これは内緒。

 だるまみたいだって言われたら、普通は傷つくよね?

 ダイエットしてるって聞いてるし。


「リトルチョコってレジの脇とかに置いてあるやつでしたっけ。あれって20年以上前からあるでしょう?今更なんで流行っているんですかねえ」

「ええとね。限定の味が出てるんだって。帝都スカイタワーストロベリー味」

「ははは。そういや、ウチのも買っていたかもしれませんね」


 フロントミラーの目が糸みたいに細くなる。

 安田さんは良く笑うけど、この顔が一番優しくて好きだ。

 僕の家族はこんな風に笑わない。


「いいですよ。帰りに少し寄り道しましょう」

「いいの!?」


 ぶわあっと嬉しさがこみ上げてきて、ちょっと声が弾んだ。

 放課後が楽しみだ。


「坊ちゃんがお願いなんて、初めてじゃないですか?」

「そうかな?」

「ええ。寄り道もした事ないでしょう?途中のトイレ休憩くらいかな」

「トイレって、学院とか塾の行き帰りでは行った事ないでしょう!?」

「あはははは」


 快活に笑う安田さんに僕は口を尖らせる。

 僕が素直に感情を見せるのが安田さんぐらいだなんて、

 きっと安田さんは知らないだろう。

 かっがりさせるのも困らせるのも嫌だから言わないけれど。


 その日は放課後が待ち遠しくて仕方なかった。

 いつもと違う僕の様子にクラスメートは変な顔をしてたし、

 隣のクラスからは玖珂塚くがつか君が様子を見に来たほどだ。

 放課後の予定を聞かれたので、車で自宅に帰ると言うとなぜか安堵していた。

 チラチラと黒紫の髪の毛が視界の隅に映る。隣にいるのは双子のあの子かな?

 そんなにいつもと違っていただろうか?






 【PM16:02 某都内環状線】




 上機嫌の僕を乗せて、安田さんは車を走らせている。


 駐車場の見通しの良いコンビニに向かうため、環状線を走っているらしい。

 防犯上その方が良いそうだけども、

 少し大げさだなというのが僕の正直な気持ちだ。

 だって日本だし。危ない事件なんてこれまで一度も起こった事ないのにな。


「坊ちゃんはコンビニエンスストアは入った事がなかったですよね」

「無い…かな。デパートなら母と行った事があるけれど」

「あはは。じゃあ、初コンビニだ。デパートとは全然、雰囲気が違うんで面白いですよ」


 安田さんが選んだコンビニエンスストアは、

 赤と緑とオレンジのラインが目印の、どこにでもある……普通のコンビニだった。普通といわれても僕にはピンと来ないのだけど。


 長方形で表側一面ガラス張りのネットで良く見る形の建物だ。

 正面に5つ駐車スペースがあり、側面にも3台ほど車を停める事ができる。


 安田さんは側面の方の駐車場に車を停めるようだ。

 静かに車を進めている。


「車を停めたら、二人で行きましょうか。お店の中をしばらく見て回って、他に欲しいものがありましたら。それも一緒にレジにもって行きましょう」

「いいの?」

「ははは。コンビニにそんなに高いものとかありませんしね。

 まあ、今日は特別ですよ。なにせ初めての寄り道ですからねえ――っと」


 車を停めて、シートベルトを外そうとしていた安田さんが不意に止まった。

 厳しい表情で右隣の駐車スペースを見つめる。

 つられて僕が見ると、黒のハッチバック型の小型乗用車がするりと入ってくるところだった。


「……坊ちゃん。念のため、隣の車の連中が行ってから車から出ましょう」

「う、うん」


 安田さんの硬質な態度に不安が募る。

 フルスモークで車の中が全く見えないのも不気味だ。


「念のため、ですよ」

「はい」


 安田さんが安心させるように僕に微笑みかけた時。




 コツン、コツン。




 フロントドアガラスをノックされた。緊張が走る。


 ノックは段々と激しくなっていき、窓の外には大きな胴体が見えていた。

 窓の半分以上が上半身で埋められていて顔が見えない。

 自分達になんの用事があるのだろうか。

 でも、とても友好的な人には思えない。


 安田さんも焦ったように、車を出そうとしている。

 コツコツと鳴っていたノックの音は、既にドンッ、ドンッという激しい音に変わっていた。振動でガラスが揺れている。怖い。


「坊ちゃん、申し訳ないですがお買い物はまた今度で――」




 ガシャン!!―――こきゅ。




 破壊音の後に、聞きなれない小さな音が続き、僕に風圧と振動が襲ってきた。

 ぴしゃりとなにか温かいものが頬に飛んで来る。

 シャラシャラとガラスの破片の音が続いて、ぽっきり折れた、安田さんの首。

 頭の、――髪の毛からもパラパラとガラスの破片が落ちていく。

 まばたきひとつの間だった。


「な、に…これ……」


 ぽたり、ぽたりと僕の足元に安田さんの血が落ちる。




「ッチ!分かったよお。悪かったなぁ」


 がなり声と一緒に、今度は安田さんの身体が僕の目の前から消えた。

 ガゴンと大きな音と同時にフロントドアも飛んでいく。


 ありえない。外の空気が一気に流れ込んで来て、僕は目を見開いた。

 フロントドアごと安田さんの身体を引っこ抜いた?


「つっかまえた~」


 だみ声に嘲笑の色をまぶして男が乗り込んで来た。

 ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべている。

 男の目は瞳孔が縦長で、黄色と茶色の虹彩を持っていて白目が無かった。

 まるで爬虫類の眼だ。


 上半身タンクトップに下は迷彩ズボンで、米国の海兵隊のような風采をしている。右手の肩から下はうっすらと茶色の鱗が生え、血管がびくびくと脈打っていた。

 黒鉄色の爪が鋭く伸びていて、安田さんの頬の穴はそれでえぐられたのだと気づいた。


 異様過ぎる。この人、人間じゃないんだ。僕は凍りついたように動けなかった。非日常的すぎて、頭がついていかない。


「ぐっ、ふ」


 シートベルトをしている僕をお構いなしに引きずり出した男は、

 舌打ちひとつすると僕を隣の車に押し込んだ。

 なにかに苛ついているのか、とても乱暴だ。


 後部座席に投げ込まれると、どすんと硬いものにぶつかる。

 衝撃に息をのんだ。


「ひぅ。――かはっ」

「おい、もうちょっと優しくしてやんなよ。いきなり死んじまってもまずいだろぉ?」


 ひょいと持ち上げられて、誰かに座席に座らされる。

 ぶつかったのは人間だったようだ。


 目の前にはまた別の男がいた。

 赤毛と黒のまだら髪の男で軽薄そうな雰囲気を持っている。

 爬虫類のような男よりは身体の線が細いが、それでも体格がいい。

 二人とも外国人だ。


 車内には運転手、爬虫類男、まだら髪の男の三人の人間がいるようだ。

 助手席に爬虫類男が乗り込み、運転席には誰かもう一人いる。


「はい。君はちょ~っと、目をつむってようか」


 男は僕を後ろ手に拘束すると、目隠しをした。

 爬虫類男と違って、拘束はあまり痛くなかった。

 僕の時間はようやくここでまた動き出したようだ。

 救急車。駄目かもしれないけども救急車を呼ばなくちゃ。


「や、安田さん…は?」

「わるいな。ちょっとした手違いでヤっちゃったみたいだ」


 全く悪びれてない言葉と共に車が発進した。

 あっさりと死を肯定されてしまった事、

 そして、車が動き出した事に僕は絶望する。


 ちょっとした手違いで安田さんは殺されてしまった。

 僕は誘拐された?


 どこに連れて行かれるんだろう?どうなるんだろう?

 安田さんは本当に死んでしまったんだよね。

 あいつらはなに?化け物?


 ぐっちゃぐちゃの感情に、諦めの色が混じって。僕の緊張の糸は切れてしまったらしい。男達の声と車の振動に揺られるうちに、意識が無くなっていった。




 安田さん。本当にごめんなさい。

 ―――謝っても後悔しても、時は戻らない。

ねっとりと安田さんを愛でましたら、やったら長くなりました。

こう書くと私があれな人のようですね。違います。シリアス苦手です。

なかなか続きが書けません。すみません。

ところでルビ振り難しいですね。『』にしちゃいましたが、ルビにしたかった。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

苦手な方は閑話01や03なんかのお話でほっこりして下さいね。にこり。


 ちこちこ誤字や改行を修正しました。いつもすみません。

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