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そのうち、某漫画家さんにならってリリカル島を目指す予定
高校時代出会ったあの男は宇宙人に違いない。
俺はそう確信している。
頭がよくて、顔がよくて、背が高くて、手足がモデルのようにひょろりと長い。
そして俺は、そんな宇宙人の友達かもしれない。
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宇宙人は、とにかく頭がいい。
長すぎる数式を瞬く間に解き、フランス語を中国語に訳す。
まったくもって宇宙人の頭がどんな構造をしているのか俺には分からない。
想像すら出来ない。でもいいのだ、だって相手は宇宙人だ。俺が想像も出来ないことをやってのけて当然なのだから。
でも、その宇宙人の当然に巻き込まれる事は本当に勘弁して欲しい。
「ただいま~」
そして、何故か宇宙人は当然のように俺の大切な家へ帰ってくる。
「お帰り」
宇宙人の名前は水谷清世といい俺は森井草木という。親にはこの草木ってなんだと何回詰め寄ったか分からないくらい抗議したが、今更ということで相手にもしてもらえない。こうして俺は生れた瞬間からちょっと残念な日々が始まったんだ…たぶん。
「おい、キヨ。お前また何か考え事してるな」
「わかるの?」
「あぁ、わかる。お前は考え事を始めるとせっかくの美形が残念な顔になるんだ。
気になることがあるなら、うちへ帰ってこないで研究室に篭ってろ」
「クサキって、相変わらず酷いことを言う」
玄関で俺を見るこの、子犬の様な目にうちの大学の研究室の人間は全員弱い。
俺以外は。
だから、この宇宙人は、俺の家に居るよりは研究室に居たほうが絶対いい思いが
出来るはずなのに俺の家へ帰ってくる。
まぁ、俺に宇宙人が何を考えているのか検討もつかないけど。
「ほらさっさと風呂に行け」
そうやって、俺が家に上がる許可を出さない限り宇宙人は家に入らない。
もう何ヶ月も一緒に住んでいるのに変なところで礼儀正しいのがこの宇宙人の特徴の一つかも知れない。
「うん。ありがと」
そうして、俺はいそいそと風呂に向かう宇宙人を見送った。
この一軒家は俺の家だ。2階が無い変わりに少し広めな平屋で、庭が付いている。
某国民的アニメの一家の様なのを想像して欲しい。そしてここは、俺の大叔母の家だった。
家具の全てが未だに残され、電話なんて黒電話が現役で活躍している。
外には、めったに出られなかった大叔母のために、庭には春は桜、梅雨は紫陽花、秋はもみじ冬は牡丹が大輪の花を咲かせる。今年も桜は沢山の花を咲かせて雪の様に庭で舞っていたし(毛虫も舞ってた)、紫陽花の蕾も膨らみ始め、もしかしたらそろそろ咲くのかもしれない。俺は雨に濡れる紫陽花の花が好きだ。
雨が似合う花はこの花しかないと本気で思う。俺がこの家に来たのは家庭の事情もあるが、人の住まない家はすぐに傷むからだ。俺は祖母の頼みと、大学が此処から近く、家賃もかからないという経済的な事もあってこの大叔母の家に住むことにした。
すると何故か、宇宙人も住み始めた。いや、最初は宇宙人も自分のうちへ帰っていたのだ。
(宇宙人の家は高層マンションの上部の方らしい、行った事ないけど)
ところが、いつの間にか宇宙人の荷物が増え、部屋を一つ占拠され、光熱費も渡され、同居という形になっている。部屋も大事に使ってくれているし、光熱費も払っているのに俺の許可がないと家に入らないという律儀さが良くわからないが、宇宙人が何も言ってこないので俺も何も言わず許可を与えるのだ。
(一度なんて、帰りに大雨に降られて電車がとまり3時間かけて帰宅すれば、玄関の前でずぶ濡れになったキヨが居てかなり驚いた。玄関の鍵も渡してあったはずだが何故か入らなかったらしい。流石の俺も頭にきて、俺が帰ってなくても家に入る様に言い含めた。それでも首をたてにふらないので、俺の帰りが遅くなるときは携帯に連絡を入れるし、その時は先に家に入り、家の玄関の電気を付けて、春は空気の入れ替え、夏は涼しく、秋は空気の入れ替え、冬は暖かくして出迎える事、と仕付けすると漸く頷いた。)
「クサキ、クサキ」
俺は窓を閉めた縁側で、茶を飲んでいると菖蒲の深い緑の匂いがした。
「どうした」
「風呂に花が沢山入っていたけど、これどうしたの?」
「隣のおばあちゃんから貰ったんだ。」
隣りのおばあちゃんはいきなり現れた俺と、宇宙人を歓迎してくれた。
ちなみにそのおばあちゃんの中1になる孫娘はキヨの事が好きらしい。
(おばあちゃん談)
「すっごい、いい匂い!」
この宇宙人はどうでもいいことで喜ぶから、俺は混乱する。
菖蒲湯なんて古い家では良くある事だし、大騒ぎすることのモノでもないはずだから。
でもそれをキヨに言ったりはしない。無駄にキヨを傷つける必要はないと思っているんだこれでも。まぁ一応大家だし。
「そりゃよかったな」だから、なんとも無い顔で俺は頷く。
「うん」
風呂上がりのキヨはホカホカして、にこにこしている。
こうして、宇宙人と俺の不本意ながら同居生活は行われている。