プロローグ
「はい、山崎今回も補習な」
うだるような暑さから逃れられなくなってきた、七月。
前にいる担任山川も片手にうちわ、首にタオルを巻いて必死に暑さと戦っている。
うちわを、持っている反対の手で山崎志津と書かれた成績表を私に渡す。
数週間前に行われたテストの点数が書いてある。
じーっと見つめると古典、現代文以外の教科の横に赤いペンでチェックマーク。
ただいま、私は生活指導室にいます。
「無言で見つめても点数は変わらんし、補習もなくならんからな」
心の中で舌打ちをし、視線を成績表から山川にうつす。
しかし、山川はうちわで仰ぐばかりでこちらを見ようともしない。
「どうにかなりませんか?私、用事があるんですけど」
「どうにもなりません。補習を受ける以上の大切な用事もありません。」
あるに決まってんじゃん!
夏休みは、海に行くし、良い感じになってきた吉野くんと出かける約束もしたし、お祭りだってたくさんあるし!
心の中で呟くだけで表情に出さない。
出しても山川は見ていない。
この無言の時間はなんなのだろう。
「ってなわけで、補習の日程表」
どんな訳だ。
成績表の上に置かれた日程表は一週間で教科ごとに区切られていた。
志津が参加しなくてもいいのは木曜の古典と現代文の曜日だけである。
「山川先生、今回生物頑張ったんですよ。点数は上がらなかったけど、数学もそれなりに勉強したんです」
「そうだなー、生物はあがったよなぁ。すごいなー」
「だから、補習…」
「免除は無しだからなー」
「……もー!!先生のわからずや!」
やっと山川が私を見る。
ニヤリと笑ってうちわで私を叩く。
「やぁっと本性が出たな、山崎」
「今の体罰!」
「はいはい、まぁ今回は補習人数も多いから、頑張れよ」
私の言葉をするりと避け急にいつもの山川に戻る。
体育教師の山川は生徒のこともそれなりに分かっていて結構人気のある先生。
高校最後の学年で体育教師が担任なのも心配なところだけど、生活指導の先生だし、問題はないと思う。
その時だった。
「失礼します。」
志津の後ろのドアが勢いよく開き、部屋いっぱいに聞こえる声が頭を通り抜けた。