そして物語は続いてゆく
「勇者よ、よくぞ戻ったな」
勇者は、謁見の間で王座の前で跪いていた。
もちろん、王座には王様が座っている。
何故勇者がこんな所に居るかと言うと、時を少し遡らなければならない。
朝目が覚めた勇者は、顔を洗う為に宿の外にある井戸に出かけた。そこで会ったのが、王様に使える騎士団だったと言う訳だ。
勇者が戻ったと誰かが触れ回ったに違いない。
「して、魔王は倒せたか?」
「そ、それは……」
謁見の間に入ってからずっと、勇者はこんな様子だった。
もちろん、嘘をついている身としては仕方が無いのかも知れないが。
「魔王城は未だ健在との報告もあるが」
「オ……いえ、私が魔王を倒したからと言って、直ぐに大きな城が崩れるとは思えませんが」
危うく『オレ』といいそうになる勇者。流石に言い直しはしたが、王座の横に立つ文官が眉をひそめてしまう。
「そうかそうか、ならばよいのだ。余は貴殿が魔王を倒さずに連れているのではと思っただけだ」
「ほれ、昨日衛兵から貴殿が若い娘を連れ歩いていると聞いたものでな?」
「い、いえ……あれは」
軽い調子で話す王様に、勇者は焦りを覚える。
核心をついている訳では無いものの、話しの展開としてその『娘』が魔王だとバレている可能性が高いからだ。
「まあ、気にするでない。今余の騎士が呼びに行っているところだ、勇者が連れ歩く娘がどんなものか見てみたいしの」
「――王様っ!?」
勇者は驚くと同時に、バレていた事を悟る。
そんな勇者を気にせず、王様は笑いながら続ける。
「元より、貴殿に魔王が倒せるはずが無いであろう? のう、"ただ空を飛べるだけ"しか能力のない、紛い物の勇者よ」
勇者はここに至ってある事に気づく。それは、王様は勇者が帰ってくるとは考えていなかったと言う事だ。
つまり、一種の生贄とでも考えていたのだろう。
「静かにせい、勇者。余はこう言っておるのだ、あの娘を差し出せば、貴殿を罪には問わぬとな」
「――っ」
「さて、では帰って良いぞ」
王様はそう言うと颯爽と謁見の間を出て行く。――――跪いたまま震えている、勇者を残して。
やっとの事で復活した勇者は、覚束ない足取りで城門を目指していた。
城門を通る時、何人もの騎士に囲まれ、後ろ手に縛られた魔王とすれ違う。
「勇者様……私の寝首をかくとは、こういう事だったのですね」
すれ違う瞬間、魔王が呟いた。
「お前、まさか!?」
勇者が驚いて上げた声に、魔王の歩が一瞬止まる。
「さっさと歩け、バケモノが」
「やめろ! そいつに手を出すなっ!」
止まった魔王に蹴りを入れる騎士に、勇者は強い怒りをあらわす。
「勇者様、それでも……それでも私は、城の外に出られて良かったと思います。例え、こんな結末になろうとも」
魔王はそれだけ言うと、騎士に蹴られる様にして姿を消した。
「お前……何で、どうしてなんだ!!」
一人、己の無力に溺れた勇者を残して……。
宿についた時、勇者は幽霊のような顔色だった。
思い出すのはさっきの言葉。
「あいつ……あの時の言葉聞こえてたのか」
町に入る時、兵隊に言い訳の様に言った言葉。
「それなのに、あいつは道に迷った時に……もしかして、道に迷った原因はオレなのか?」
ブツブツと呟く勇者。今の彼を見ても、まさか勇者だとは思わないだろう。
「オレは……オレってやつは…………」
「若いもんが昼間っから暗い顔して、辛気臭くて酒が不味くなる」
そんな勇者に声をかける老人。
口調は厳しいものの、勇者を気遣っている様子が滲みでている。
「ああ、すまない」
勇者は意味も理解しないまま返事をし、宿から出て行こうとした。
「ほれ、どこに行くつもりじゃ。今にも倒れそうな顔して出て行こうとするでない。道の往来で倒れられたらそれこそ迷惑じゃ」
「…………」
「……ほれ、少し話してみよ。このジジイがきいてやるわい」
藁にも縋る気持ちで、勇者はこの見ず知らずの老人に話した。
もちろん、勇者だとか魔王だとかは言えないので、そこはぼかしたが。
「お前さん、その娘が心配か?」
話しを全て聞き終えた老人は、静かに口を開いた。
「当たり前だ」
「それは何故じゃ」
「それは……よくわからない」
よくわからない――それは勇者の本音だった。ただ、理由は分からずとも落ち着いて居られなかった。
「ならば、お前さんはその娘とこの国、どちらを取る?」
「どういう事だ?」
老人の唐突な質問に、勇者は呆気にとられてしまう。
「そのままの意味じゃよ。一人の娘の為に、この国を敵に回す覚悟は有るかと聞いておるだけじゃ」
「なっ――!?」
「早う答えんか」
老人は急かす様に言う。
「……娘と答えたら助ける方法を教えてくれるのか?」
「当然じゃ。こう見えても、あの城を建てたのはワシのじい様じゃ。城の隠し通路なんかが載っておる図面も持っておる」
「……」
考えてみて、思い出すのは魔王の事。
笑った魔王、迷子になって無いていた魔王、一緒に踊った魔王、城門ですれ違った時の魔王。
答えは、既に出ていたのだろう。
「……頼む」
深夜を大幅に過ぎた頃、城の牢屋に一つの影が揺らめく。
「魔王……聞こえるか?」
「――――!?」
「静かにしろ、今鍵を開ける」
叫びそうになる魔王を必死で黙らせた勇者は、急いで看守室から奪ってきた鍵で錠を外す。
「勇者様!? 何故この様な所に居るのですか?」
魔王は勇者の胸倉を掴み、頭を前後に揺らす。
「時間がない、話しは後だ」
しかし、勇者は魔王の手を取ると、全速力で城内を駆け抜けた。
だが、運悪く巡回兵に見つかってしまう。
地下にあった牢屋から階段を登って直ぐのところだったので、二人は仕方なく"上"に逃げる。
しかし、上に逃げれば下から追いかけられ、屋上に出るまでにそう時間はかからなかった。
「さあ、もう逃げ場は無いぞ!」
いつの間に追いついたのだろう。立派な鎧を着た騎士が二人に声をかける。
「勇者様、ここは私が時間を稼ぎますから、お逃げ下さいっ」
「……魔王、未だオレを信じてくれるか?」
窮地にたってなお、勇者を助けようと一歩前に出る魔王。そんな魔王に勇者は声をかけた。
「当然です、勇者様は私を助けに来て下さいました。私は……私にはそれで十分です!」
「何をコソコソ話している。早く武器を捨て、降伏せよ」
「なら魔王……最後にもう一度だけ、オレを信じてくれ」
「えっ――?」
魔王の返事も聞かず、勇者は魔王を押し倒す様にして空に身を投げた。
「な、なんだとっ!?」
「下だ、下に回れ! 何をグズグズしている!!」
それを見て驚いた騎士だが、直ぐに気を引き締める。
一方、飛び降りた二人は"空中"で話していた。
「魔王、オレは勇者何てものじゃないんだ……オレは、空を飛ぶ事しか出来ない。圧倒的な力を持っている訳じゃない、出来損ないの勇者なんだ」
勇者は責められる事を覚悟して、自分の秘密を打ち明ける。
「それなら、勇者様は誰になるのですか?」
「ダレになるか?」
「はい、勇者様が勇者様になる前は誰だったのですか?」
しかし、帰ってきたのは予想外なコトバだった。
勇者になる時に捨てた名前、とうの昔にこの世界から死んだ事になって居る者の名前。
「……トール=マルクエイド」
ゆっくり、思い出しながら言う勇者。
「では……私はカナリス・ステマキエル。初めまして、トール様」
「……ああ、初めまして、カナリス」
魔王もといカナリスにつられて返事をする勇者。それはもう勇者ではなく、"ただ"のトールだった。
太陽が登り始め、二人の身体を優しい光が包み込む。
二人は太陽に向かって飛んでいく――魔王と勇者ではなく、カナリス・ステマキエルとトール=マルクエイドとして。
こうして魔王と勇者は国から姿を消した。
怒りに狂う王たちと違い、世界はこの二人の新しい門出を祝福しているかのように輝いていた。
やっと完結しました!
いや~、個人的には長かったです。はい。
全体で言えば、他の方の2話分位しかない気がしますが…(汗
キャラブレとか、文章の構成がちょくちょく変わってる気がするのはミスです!
え? 自慢する事じゃない? そうですよね~…orz
それではまたいつか。
最後までお読みくださりありがとうございます。