勇者、魔王と相見える
いつからだっただろう。そう言うと君は『最初からだよ』と言うかもしれない。
だけど最近、本当にそうなのかも知れないと思うようになった。
そうじゃなければオレは、こんなバカな事はしていないだろう――
勇者は大きな広間に立ち、目の前の椅子に座った魔王を睨んでいた。
村人のような服に白いマントを羽織り、腰には剣を一本下げている。はたから見ても、あれが勇者かとわかりやすい服装だ。
そんな彼らの周りには、名前もわからない動物の骨がそこかしこに散らばっており、不気味な雰囲気を放っている。
勇者は腰に下げている剣を右手で引き抜き、その剣先を魔王に向けた。
「おい魔王、大人しくオレに殺されろ」
「……」
勇者が魔王に話しかけるが、魔王はいつ迄経っても反応しない。魔王は勇者が来た時から下を向いていて顔が良く見えないのだが、頭が上下しているので寝ているのかも知れない。
「一応声はかけたからな、不意打ちとかそういうのじゃないからな」
勇者は確認を取るように言うと剣を両手で握りしめ、頭の上に構える。勇者は風を切るように走り、魔王までの距離を一息で縮めると手にした剣を力任せに振り下ろした。
「――なっ」
しかし、勇者はここで驚く事になる。勇者が思い切り振り下ろした剣は魔王まで届かず、空中で止まってしまったからだ。
何かに阻まれているようで、幾ら勇者が力を込めようと剣が進む事は無かった。
もう一度と勇者は考え、剣を構え直そうとした瞬間。力の抜けるような事が広間に響き渡った。
「ん~、よく寝たー」
「……っ」
魔王は本当に寝ていたようだった。その事に驚きを隠せない勇者はこのままでは不味いと飛びのき、剣を正面に構えなおした。
「あれ? これはこれは勇者様、よく来てくださいました」
一方の魔王は勇者に向かって呑気に話しかける。浅黒い肌、銀色に輝く短く切りそろえた髪、勇者に向けられる太陽のような笑顔。
勇者は一瞬、本当に自分が殺しに来た魔王かと考えてしまう。何故なら、魔王とは須く残虐であるというのが一般的だからだ。
しかし目の前の魔王は残虐性の欠片も無く、何処かの貴族の娘と言われれば信じてしまうだろう。
「お前が魔王……だよな?」
勇者が信じられないのも無理は無い。目の前の少女が世界の敵などと言われるようには見えないのだ。
「はい、勇者様。私が現在の魔王ですっ」
しかし、少女――魔王は屈託の無い笑顔を勇者に向けつつはっきりと明言した。
「……オレの負けだ」
すると勇者は剣を床に置き、両手を上に上げて答えるのだった。
魔王は状況を理解できていないように首を左右にかしげている。
「単純だ、オレにはお前の力量がわからない。それだけ離れているということだろう。オレだって敵わないとわかっている奴に喧嘩を売る程バカじゃない」
勇者の話しを聞くうちに何となく理解出来たのか、魔王は目を輝かせて聞き返す。
「では……っ」
「……ああ、煮るなり焼くなり好きにしろ」
そう言うと勇者は目を瞑り、自分の最期の時を待った。
「……?」
数十秒は経っただろうか? 勇者は未だに自分の意識がある事に驚き、ゆっくりと目を開ける。
「勇者様、勇者様。私を外の世界に連れて行ってください!」
勇者が目を開けた先には、勇者の両手を取って嬉々とした表情を浮かべる魔王がいた。
「……は?」
勇者は目の前の出来事に目を疑う。魔王が旅をしたいと言っているのだ。残虐で、冷血な、あの魔王が。
「断るっ!」
流石に勇者は断るのだが、それをうけた魔王はしょげてしまった。
「勇者様の嘘つき……何でも言う事聞いてくれると言われたではありませんか……」
魔王がぶつぶつとつぶやくが、勇者には届いていない。
しかし、魔王とはいえ外見は少女。どんどん沈んて行く魔王を見ていると、いたいけな少女を虐めているようで気が引けてくる。勇者は魔王の周りでどうしようかとオロオロするだけだった。
「あー、わかったよ。少しな? ちょっと見たらすぐ帰るからな?」
先に勇者が根負けしてしまった。
「――!? 勇者様勇者様、絶対ですよ? 嘘ついたら『メッ』ですよ? そしたら私は旅の準備をしてきますね、勇者様は待っていて下さい」
魔王は勇者の言葉に飛び跳ねると、まくし立てるように言って広間を出ていく。
その場に残された勇者は唖然として、今まさに魔王が出て行った扉を見送るのだった。
「そっち、オレが来た道なんだけど………」
勇者が呟いた言葉は、魔王が開けた扉から入ってくるそよ風にさらわれて誰にも届かなかった。
勇者と魔王が旅に出たのは対峙した日から二日後になった。旅を甘く見ていた魔王に、勇者が必要なものを一から叩き込んだためだ。
だがそのお蔭か、魔王は自分でたき火をおこせるようにもなっている。そこには実に庶民的な魔王が居た。
出発直前、勇者は目的地を聞いていない事を思い出して尋ねてみる。
「なあ魔王、そういえばこの旅はどこに向かうんだ?」
「それはもちろん王都に決まっています」
魔王はさらりと爆弾を投下する。
王都とは魔王を倒すために勇者を遣わした国の首都であり、勇者が帰ってきたとすれば魔王を倒したということで国王に報告をしなけらばならない。
「魔王、オレはお前を見くびっていたようだ」
「……?」
魔王は頭に疑問符を浮かべて勇者を見返す。
「お前はバカだバカだと思っていたが、まさかここまでバカだったとは思わなかった」
そして勇者が答えると、さらに続ける。
「いいか? お前は魔王、王都はお前を倒すためにオレをよこしたんだぞ? そんな所に行けないだろ」
そうして勇者は説得を試みるが、魔王は少し考える素振りを見せる。
「勇者様がそう言われるのであれば仕方ありませんね」
「そうか、よくわ――」
「なら、魔王は死んだことにしてしまいましょう。そうすれば私が魔王だと思う人はいないでしょうし」
結局、魔王は一歩も引く気が無いという事を理解させられる勇者だった。
勇者はその後何度も説得や他の地方の提案をしてみるも、魔王はその度に瞳に涙を溜めたり、口を尖らせていじけてしまったりしたので勇者は結局折れてしまった。
仕方なく、勇者と魔王は王都へと向かって旅をする事にした。幸いこの辺りの魔物は全て冒険者たちに駆逐されているので戦闘になる心配はない。よって、魔王が魔王だとばれる心配も無い。
「悩んでも仕方ないか。そら魔王、さっさと出発するぞ」
「はいっ、勇者様!」
勇者がぶっきらぼうに言うと、魔王は元気よく返事をしながら勇者と手をつなぐ。
「おっ、お前何やってんだ!?」
勇者は手を乱暴に振って魔王を振り払うが、魔王はその度に勇者の手を取るのだった。
「ふふ~。勇者様と手をつなぐと安心するのですよ」
勇者もこう言われては諦めたのか、もう振り払おうとはせずに黙って歩き出した。
「ま、待って下さい勇者様! 歩くの早いです」
勇者の手に引っ張られた魔王はバランスを崩してこけそうになるが、何とか体制を立て直すと小走りをするように勇者に着いて行く。
勇者はぶっきらぼうに、魔王は笑顔で、こうして二人の旅は始まった。
読んで下さりありがとうございました。
やはり文章が固いというか、勢いのある文章じゃないな~と自分でも思います。
数日に分けて書いた為か、所々書き方が変わってる気もしますし……(汗
「もっとこうしたらいいよ」などの助言してくださる方大歓迎です。
「お前のこの部分がよみにくいんだよ」などと指摘して下さる方も大歓迎です。