4. 記憶は語らぬ
目を覚ました後、周りを見回して把握する。忍の新しい習慣の一つだ。
まだ、目が覚めない、という思いは未だ薄れてはいない。しかし、ここで生きていくことも考えなくてはならない。
爆散したナスターシャが心に浮かび、忍は苦くため息をついた。艦の搭乗員の大部分は無事脱出しており、幾人かとは再会を喜んだものの再編成された配属先へと三々五々に散って行った。そしてまたそこでも、という具合に新しい顔見知りと古い顔見知りが激しく入れ替わっていく。忍の記憶もまた、書き換わって行ってしまうようで恐ろしい。目が覚めないどころか、帰れない、そしてその故郷ですら思い出せなくなる日がいつか来るのではないか。
朝が来て、またあのベッドで目をさまし、一人きりの朝食を食べる生活が待っているはずだ。明日の業務で気をつけなくてはいけないことはメモに取ってあるとっさに思い出せなくてもメモを見ればいい。そろそろ化粧水を買いに行って、休日には布団を干すのだ。週末の天気は…
「週末の天気は、どうだったっけ・・・だめだ思い出せない」
宇宙には宇宙の天気があって、恒星からのフレアが吹き出すと磁気が乱れるらしく、フィンチ乗りは常に天候を気にしなくてはならない。雪も槍も降らないが、絶対に忘れてはならないこととして、シノブの記憶が明日の『天気』を思い出す。凪いでいる、と。
違う、と忍は頭を抱える。考えたくない、しかし考えなくてはならない。記憶は無くなるわけではなくて、思い出せなくなる。きちんと片づけた場所から探し当てられれば、記憶は甦るのだと忍は聞いたことがあった。
ミーティングのあと、いい加減にレポートを出せと注意を受けたエーリヒに巻き込まれてシノブは机に座る。マイクで入力すると、間違いが多いという理由でエーリヒはキーを叩いていた。今は人類が地球を旅立って何百年かしているので、いい加減に思考で入力とかあればいいのにと忍は心底思うのだが。マイクに向かうと、文語でレポートを入力できないエーリヒの姿に、なんとなく理由を悟った気がした。未来に生きていても人間は人間のままで、それほど器用ではないらしい。たぶんいるんだどこかには、思考入力しても文語になる人が、と忍は夢に期待する。
「あーーーおーわーらーなーいーーーーー」
「今の、マイクで入ってたぞ」
シノブは、エーリヒの入力画面を見るともなしに見ていた。ナスターシャでもその気はあったが、バディというよりもシノブはエーリヒの世話係を任命されているらしかった。
「本当におまえ、俺より配属は先だったんだよな?」
「当たり前だろ!尊敬しろ先輩を」
忍の思考はシノブの言葉に変換されて、こうして会話は成立する。
なーんか、変。と、忍は訝しむ。人格が入れ替わったという訳ではないし、どうしてこんなことが起きるのか。
書き溜めてあるのはここまで。
1話が2012年09月14日18:13 、2話が2012年09月14日19:21、3話が2012年09月14日22:08、4話が2012年10月29日00:46という風に空いてしまったため、4話から雰囲気が違うのが難点。