3. 次の止まり木へ
ナスターシャは老朽艦だったのだと記憶は知っていた。
艦長だって、一線を遠のいた身だった。シノブにせよエーリヒにせよ、新米だった。むしろ、艦内の組織における中核となるべき人材の層が薄かった。ベテラン、中堅がいない。
「ふきつなよかん」
『F-5何か言ったか』
「F-1へ、先ほどからナスターシャより応答がない」
『なんだシノブもう腹が減ったのか』
「カル、確かに腹は減っているが」
『F-5もう一度、通信を試みてくれ。こちらは旗艦エカテリーナに問い合わせてみる。F-1から各機へこのままエカテリーナへ進路を変更する』
「F-5了解」
『F-7了解』
『F-3了解』
『F-4了解』
「ナスターシャ、こちらF-5カキザキ。応答願います」
幾度か通信を試みた。次第に、指先が冷えていく。
『・・・』
がが、とひび割れた音がした。
「ナスターシャ!」
『・・・F-5、カキザキか』
声がひどく遠い。雑音がひどく混じるのは、どちらかの通信機能に問題がある。シノブの乗るF-5は弾丸こそ消費しているが、通信機能に問題ない。問題があるとすれば。
「ナスターシャ、帰投許可を」
『・・・理だ。許―できない。すでにナスターシャは推進能力を失っている。今戻ってもハチの巣になるだけだ。すでに総員に避難命令を下した。フィンチはエカテリーナへ指―を仰げ』
「・・・っ、どうして教官はナスターシャに」
シノブの声が揺れる。
『誰かが・・・を見なくては・・・』
「聞こえません!」
スピーカーの向こうに笑った気配があった。
『・・・』
「何を言っているんですか教官!」
『・・・ザキ、生き残れ』
シノブが、教官!と叫び。忍が、嘘!と動揺する。
「だって、これは夢でしょう?」
呟きを、意外にも聞き取ったのか、ナスターシャの受信機能がいまだ生きているのか、ナスターシャから返答があった。
『・・・にを寝ぼけたことを言っているカキザキ!―前はまったく授業中も半分寝て――が、こんな時にまで寝ぼけ―ことを。目を覚ませ!こ――現実だっ!!』
シノブがせわしなく瞬いて、忍は息をのみこんだ。現実だ、という声に忍は力なくうなだれる。認めるほかにない、なぜだかわからないが自分は今ここにいて、夢が覚めない。だが、認めればこの夢から覚めないように思えて、忍は決して「これは夢なのだろう?」と誰かに尋ねたことはなかった。自分の中に湧き起こる疑惑を抑え込んでいたのだが、さきほど同様のあまり、そのタガが外れた。
「・・・きょ」
『・・・長と呼べ。フィンチ乗――くせに女に乗るのが上手く・・・馬鹿がどこに・・・』
「話は後から聞きますから脱出してください」
『最後・・・きちんと話を聞かんか馬―者』
「はい」
『・・・カキザキ、生き残れ最後・・。このクソガキ』
ぶつんと音がして通信が切れた。シノブの呼びかけに、ナスターシャは沈黙する。
シノブの手足が動いて、F-1の元に揃っていたフィンチたちのそばに寄る。
誰もが沈黙していた。シノブと艦長の会話はここに揃う全員が聞いていたらしい。
「F-1、ナスターシャからの信号が途絶えた」
『F-5、ご苦労だった。
F-1から各機へ行こう。エカテリーナへ』
F-1に乗るカルが指示を出す。
そしてフィンチは次の止まり木へ飛び立った。