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2. 惰性で進む

 あまり良いアイデアが浮かばないまま、とりあえず「これは夢だ」と思うことにした。ほっとけば覚めるはずだから、それまで見学者気分で見ていることにしよう、幸い手も口も動くわけで、オートですよオートで色々してくれそうですよ特大のタイヤを沢山運んだりするのかな、と呑気に考えていた。


 ついたのは、タイヤ置場じゃなくて戦場だった。

 しかもお外は真っ暗で、ぽつぽつと白い光が其処ら中に見えて、CMで見るアレだアレ、宇宙だ。つまりリアルにスター○ォーズでガ○ダムでマ○ロスなわけだな、素晴らしいぞ夢クオリティなどと考えながら、やっぱり見学者気分でいた。


 ぷしゅー、と気の抜けた、いや実際空気の圧がコックピッド内と外とで違えば空気が抜けるわけで、文字通り気が抜ける音がして。

 揺れない地面にたどり着く。360度回転しながら、ドッグファイトっぽいのをやっていたので、本当は宇宙船にドッグにたどり着いて、一応揺れないような気がする地面に自分で足を付けられるというのは幸せなんじゃなかろうか。


 初陣で、爆死とかじゃなかったよ、ありがとう夢クオリティ。



   ***



 柿崎忍が、自分はいつになったら覚めるんだろう、と訝しみはじめたのは、初陣とやらから3日と半日経った当たりからだった。帰還後のミーティング、戦闘報告の記入、半日の休養、さらにミーティング、予備として待機が半日などというスケジュールで、すでに出撃回数は3回目が過ぎた。食堂でもひもひと食べる食事は、味は悪くはないが、同じメニューが続く。宇宙船の中だし、文句を言っちゃいけないな、と思いつつ。

「ああ…味噌汁飲みたい」

パンをかじるその横に、トレーを隣に置いた男が生暖かい目でこちらを見た。

「初出撃後に、休養もらって食堂に駆け込む奴はいう事が違うな」

「吐くとか勿体ない」

 まあ、そりゃそうだがな、と呟くエーリヒも、もちろんシチューにパンを押し込んでもひもひと食べているのは変わりない。中級戦艦ナターシャのフィンチ乗り(最初に乗っていた小型艇)としてシノブの3か月前に任官しているので、エーリヒの方が先任士官(先輩)である。ナターシャの艦長カリガルトは、シノブの士官学校時代の教官の一人だった。経験豊かながら、加齢を理由に地上勤務として士官学校に在籍するはずの教官たちがこうして戦場に出る、というのは、戦況の悪化を反映しての事だった。


 なんて事は、横に置いといて、忍は考える。トイレや風呂、朝の目覚めなど性別が違う事による葛藤を幾つか経て、とりあえず自分が男性になっているのは致し方ない。ここはどこか?という自問に、記憶はすぐに回答をくれる。宙域がどうのとか、戦況がどうのとか。しかし、ほしい答えは「なぜ自分はここにいるのか?」な訳だが、答えが出ない。そして「柿崎忍はどうなったのか?」夢ならば、ベッドでまったり眠っているはずだが。シノブの記憶が示唆してくる所によれば、ここは忍がいるよりもかなり先の時代のことのようであり、地球から出た人類は…から200年ほど後であるらしい事は分かった。宇宙歴を人類全体が使い始めて、すでに200年。西暦と同時並行で宇宙歴を利用していたこともあるようなので、換算しなおせば現代は西暦2800年代となる。柿崎 忍が生きていた時代よりおおよそ800年が経っているようで、2010年代の日本の戸籍とか、現在の日本の地図とか家はどうなっているのか調べてみたいものだが、あまりそちらに割く時間はない。戦闘報告を書くのに、思ったより手間取っているせいで。誰だ「今回の出撃の反省点を書きなさい」とか「気づいたこと」「備考」の欄を作った奴はと、毎回ぎりぎりと睨む勢いで書いている。必殺「とくにありません」が使えれば問題はなかったのだが、書いた所げんこつとともに即座につき返されて以来、必殺技が使えない。


「なんだよ、悩み事か?」

「戦闘報告がな」

「ああ、がんばれ」

 にやにやと笑って問うてきたエーリヒには、素直に答えたというのに素気無くされた。


「カリガルトめ。かつての可愛い生徒に向かってよりにもよってげんこつだぞ」

「かわいい・・・?鏡見ろよ」

「見飽きた。ぎょっとするほど綺麗な顔立ちで気持ち悪かった」

 素直に答えたというのに、エーリヒはごふっと噴き出すと、冷ややかな眼差しでシノブを見る。はちみつ色の、と言いたくなる濃い金髪に灰青色の目、女性的というほど細くはないが、男性としてみても整った顔立ちをしてるのは確かだった。


「まず金髪に青い目というのがな」

 他人事のようなシノブの物言いに、エーリヒは首をかしげる。

「自分の顔だろうが、えーとお前年いくつだ」

「さん・・・16」

「16年間」

「実感がわかない」


 シノブは16年間この顔らしいが、忍は34年間全然違う顔をしている。というか思い切り外人顔の癖に、シノブ・カキザキってどういう事だ、と忍には疑問だ。

 シノブが女性に不自由したことがないのは、記憶からすぐに分かった。34年間異性に不自由ばかりだった忍には、耐え難いものがある。リア充爆発しろ的な意味で。まあ、中学やら高校でこの顔の男子がクラスにいたら、それはそれは…と忍も認めないわけではない。


 が、ナターシャに任官直後からすでにアプローチされ、さっそくひょいひょいとつまみ食いを始めていたらしい、だらしない男が自分の体だというのは問題だった。あと、女の人のアプローチが忍には怖い。忙しいからと、誘いを断っているのが、良くない方向へ向かっているような気がするのだ。人間関係は、穏便に済ませたい忍にとっては、出撃している方が、女性にも書面にも迫られない分だけ気が楽だった。



 平均的にフィンチの損耗率は、低くはない。

 あの初出撃で、ナスターシャより出たシノブほか3名は無事生還したが、その後の戦況報告で、学校の同期が早速2名亡くなっていたと聞いている。


 それでもなお、忍には。

「戦争をしているって実感も、わかないんだ」


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