8.グレンヴィル家にて
更新遅くなりました。
それと、遅ればせながら・・・・お気に入り登録ありがとうございます!
「かわいいシャーリー、お兄様が帰ってきたよ!」
殿下からの贈り物が届いた日。
ウィルヘルムは甘くとろけるような微笑みを浮かべて、玄関に立つシャーロットを抱きしめた。
いつもなら「おかえりなさい」と返事が来るのだが、今日はめずらしく無言である。
その違和感に気づいて、ウィルヘルムはそっとシャーロットを離した。
「えーと・・・・シャーリー?どうしたのかな?」
「・・・・・お兄様。ドレスの件、どうしてあそこまで大事にしたのですか」
「あー・・・・・そういえばそろそろ届く頃だったねえ」
「目立ちすぎます!あんな・・・・・あんな高価な贈り物を」
シャーロットはドレスを思い出したのか、はぁ、と重いため息をついた。
どうやら今回の贈り物は、シャーロットの心を軽くするどころか重荷にしてしまったようだ。
だが、そろそろこちらとしても動かなくてはならない。
そのためには、殿下がシャーロットに夢中であるという事実を周囲に知らしめなくてはならないのだ。
「いや、戴冠式の正式な日どりも決まったからね。これからはもっとアピールしてもらわないと」
「アピール、ですか」
「そこらへんの匙加減はシャーリーに任せるけどね。最近また殿下の周囲が騒がしくなってきたし」
それもそうだろう、とシャーロットは心の中で同意した。
正式な日どりが決まったとなれば、殿下に媚びれば一族の繁栄も約束される。
そのためには自分の娘を利用することも厭わないだろうし、娘のほうも満更ではないだろう。
それゆえに、過激な輩が出てくるのだ。
シャーロットとの噂も貴族たちに浸透していることだし、そろそろ牽制したほうが殿下の為かもしれない。
「なるほど、わかりました。今から殿下に手紙を書きますので、明日渡しておいてください」
「へえ、恋文かい?僕はさしずめ、恋の伝書鳩ってとこかな」
「恋文ではありません。お茶会のお誘いです。非常に不本意ではありますが、何人か知り合いも呼んで行いたいと考えてます」
ついでに庭園の使用許可も殿下にお願いしてきてください、とシャーロットは無表情で言い、手紙を書くべく自室に戻った。
エントランスに1人ぽつんと残されたウィルヘルムが、困ったように頭を掻く。
「匙加減は任せるとは言ったけど・・・・・焚き付けろとは言ってないんだけどねえ」
シャーロットの『お茶会』の意味するところを正確に理解して、思わず苦笑を漏らした。
頭が切れすぎる、というのも考え物なのかもしれない。
シャーロットにとっても、ウィルヘルムにとっても、そしてディオンにとっても。
グレンヴィル家に生まれた者は、7歳までにありとあらゆる分野のものを学ぶ。
将来、どのような分野に進んでもいいように、と父親が考慮したからだ。
帝王学、政治、剣術、体術、馬術、言語、音楽、作法・・・・上げだしたらキリがないが、いろいろなものを詰め込まれる。
そうして7歳の誕生日に、普段は家に寄り付かない父親がふらりと帰ってきて、子供にこう問うのだ。
『おまえは、どうするんだ』
と。
父親の少しずれた愛情は、聡い子供たちがいるからこそ成立するものであった。
いや、むしろ聡くなることを強要されたといったほうが正しいかもしれない。
だがそれがどんな知識よりも役に立っているというのだから、父親の目は本当に侮れない。
「あのドレスを見て、焚き付けろと思わないほうがどうかしてますわ」
アデルは呆れたように、じろりとウィルヘルムを睨んだ。
美しい金色がきらきらと灯りで反射している。
怒ってもアデルの美しさは損なわれない。
じっと見つめたまま何も言わないウィルヘルムに、アデルは少したじろいだように後ろに下がった。
「じろじろ見ないでくださる?気持ち悪いですわ」
「ああ、はいはい。自意識過剰って怖いなあ」
「ウィルって本当に最低ね。シャーロットお姉様の件もそうですけど、あまり私たちを巻き込むのはやめてちょうだい」
「アデル、君を巻き込んでも得にならないから安心するといい」
「その言葉よく覚えておいてくださいませね。何か頼みごとがあっても遅いんですのよ」
売り言葉に買い言葉。
罵倒する言葉ばかり飛び交うのは、いつものことだ。
周囲にはグレンヴィル家は腹違いの割に仲がいいと思われているが、現実はずいぶんと違う。
ウィルヘルムはシャーロットとリズには「僕の可愛い天使」などといつも言っているが「僕の可愛いアデル」とは決して言わないし、アデルもあまりウィルヘルムのことを「お兄様」とは呼びたがらない。
また、アデルの激しい気性のせいか、五月蠅いものを嫌うエリオットはアデルを毛嫌いしている。
リズはアデルのことは嫌いではないようだが、苦手なタイプのようであまり積極的に会話しない。
もはやグレンヴィル家の子供の関係は、シャーロットで繋がっているといっても過言ではなかった。
「ふふ、今回のお茶会ではわたくしお姉様からお願いされたことがありますのよ」
「・・・・・・・なんだって?」
ついさきほど、シャーロットがアデルの部屋を訪ねてきたのだ。
急いでいるようで要件だけ説明されたが、それだけ聞けばアデルには自分のすべきことはすぐにわかった。
それに、お姉様からお願いされることなど滅多にないのだ。
お姉様の役に立って、褒美が貰えるのならアデルにとっては願ってもないことだった。
「分かっているとは思いますけど、今回のお茶会で無様な失態を晒さないようにしてくださいませね。わたくしもお姉様も出席するお茶会で、身内の失態ほど恥ずかしいものはありませんもの」
「そっちこそ、その化けの皮がはがれないようにせいぜい厚化粧していくといいんじゃないかな」
「あら、化けの皮ならお互い様でしょう?」
にっこりと天使の笑みを浮かべて、アデルはその場を去った。
アデルの言葉から、正確な意味をとらえて思わずため息をつく。
「お茶会、欠席しちゃだめかな・・・・・・・」
その呟きは、静かに響いて空気に溶けた。
いろいろ画策するグレンヴィル家の子供たち。
兄弟仲が悪いっていうか、アデルのあくが強すぎて、好き嫌いが分かれてる感じです。
ちなみにイザベラお姉さまはアデル大好き。
アデルはリズのことがあまり好きではないようです。
腹黒いとことか巧妙に策を練るのは似てるけど、それ以外は結構バラバラなグレンヴィル家。
でも、一番破天荒なのはどう考えてもおとうさま。