7.メイドの独り言
「なあ、ミランダ。どこか可笑しいところはないか」
これが私の主人の最近の口癖だ。
シャーロット様とのお噂が流れてからというもの、なんだかディオン殿下はそわそわとしている。
気持ちが浮き立っているのか、執務室に籠られて人目が無くなると特にそれは顕著になった。
ああ、ウィルヘルム様が心底うっとおしいという目で見ていらっしゃる。
「殿下、落ち着いて執務してただけますか、うっとおしいんで。本当にうっとおしいので」
・・・・・・2回言ったわ。
私は静かにハーブティーの準備をして、ウィルヘルム様の机に置いた。
このハーブティーが少しでもウィルヘルム様のお心を静められればいいと願う。
殿下の机にはブランデー入りの紅茶を置く。
少々ブランデーがキツめではあるが、まあちょうどいいだろう。
「・・・・ウィル、少し聞きたいことがあるんだが・・・・」
「殿下が真面目にお仕事なさるなら、いくらでも聞きますが」
「やってるだろ・・・・・・、あー・・・・あいつは何か好きなものはあるのか」
「あいつ、と申しますと」
「いや、だからその、・・・・・・・・・・『灰色』だ」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・お前の妹の『灰色』だ」
「・・・・、シャーリーですか」
殿下は、シャーロット様のお名前を決してお呼びにならない。
最初は寵愛しているわけではないという意思表示かと思っていたが、どうやら違うようだ。
『灰色』などと、殿下は『灰色姫』と揶揄される二つ名を用いて呼んでいるが、要は恥ずかしいのだろう。
それならそれで言い方がある気はするが、これこそ『グリッセルの狼』たる所以なのでしょうがない。
グリッセルという国一番の花街を歩いても、遊女が1人も寄り付かない一匹狼。
それが『グリッセルの狼』の正体だ。
殿下はとにかく女性に対する言葉選びが下手で、不器用なお方だった。
幼少期から殿下を見ている私としては、殿下の性格が捻じ曲がるのもしょうがない気もする。
とはいえ、いくらなんでも捻じられすぎだろう!と心の中で何度突っ込んだことか。
しかし、シャーロット様はそれはもう素晴らしいお方だと私は知っている。
素直になれない殿下のせいでいつも口論に発展することが多いが、シャーロット様は元々穏やかな方でメイドの間でも度々話題に上る人物なのだ。
メイドが重い荷物に困っていると、さりげなく荷物を持ってくれたり、メイドに言い寄る貴族を追い払ったりしてくれる。
物腰が柔らかで礼儀正しく、それでいて騎士団のどの男よりも強く凛々しいのだ。
つい先日も、「ミランダの入れた紅茶はとても美味しい」とお褒めの言葉を直接いただいた。
私にとってはこの上ない幸福と名誉だ。
「僕の可愛いシャーリーは、あまり物に執着がないので、これといって・・・・・まあ敢えていうなら『剣』でしょうねえ」
「やっぱりそこになるのか・・・・・・・・・・・」
「グレンヴィル家はそれぞれ一芸で生きてますからね」
「他に、なにか・・・・・食べ物とか・・・・・・・・」
「ミランダの入れる紅茶を絶賛していましたよ。あと、執務室で食べる菓子は美味しいとも」
「おお、紅茶と菓子か・・・・・『灰色』も淑女っぽいところがあるじゃないか・・・・」
途端に殿下は少しはにかんだ表情で「ミランダ、これからは菓子を増やしてくれ」と私に命じた。
私は素直に一礼する。
今日中に菓子担当の者と話をつけなければ。
シャーロット様が菓子の盛り合わせの中で常に最初に手を付けるのは、ジャムの付いたスコーンだ。
これからはジャムの種類やスコーンのバリエーションを増やしたほうがいいかもしれない。
「なあ、ウィル・・・・・・・『灰色』はあのドレス気に入ると思うか」
「殿下自らお選びしたのですから自信を持ってください。あとこれは追加の書類です、今日中に済ませてくださいね」
「い、いや、別に気に入ってほしいとかそういうことじゃなくてだな・・・・・せっかく作ったドレスが無駄になったら生地が勿体ないし」
「あ、うっとおしいのでシャーリーの話はもう禁止です。むしろ黙々とやってください、うっとおしい」
ウィルヘルム様が書類で殿下の顔を叩いた。
あれはちょっと痛そうだが、もはや同情の余地がない。
シャーロット様への贈り物選びは、それはそれは困難を極めた。
口論でシャーロット様が「フリルが多いのはやめろ!」と言ったせいか、殿下は嫌がらせのようにフリルの多いドレスばかりを選んでいた。
そんなことしてもシャーロット様に嫌われるだけなのに、どうしてわからないのだろう。
殿下は少し、残念なのかもしれない。
同性だから、と意見を求められた私は、やんわりと遠回しに「本当に頼むから、やめてあげてください。シャーロット様が可哀想です」と殿下を諭した。
シャーロット様のトラウマになって、今後一切ドレスを着ないなどということになれば責任の取りようがない。
騎士服でも麗しい姿なのだ、ドレスを着たらさぞかし素敵なことだろう。
殿下は「女は我儘で困る」とか「あいつのためにドレスを選ぶぐらいなら、馬にドレスを用意するほうがまし」とか悪態をつきながら膨大なデザイン画に全て目を通し、細やかにデザインに修正を命じ、生地を吟味した。
色については特にこだわりがあったらしく、しきりに青色系統を眺めては唸っていた。
確かにシャーロット様の御髪は灰色で瞳は碧なので、一番似合う色だろう。
でも、ほとんどの淑女は好んで明るい色のドレスを着ているし、それが主流だ。
逆に、青色は特に冷たい印象を持たれるので、敬遠されている。
嫌がらせなのだろうか、でもずっと青色で悩まれているし、いまいち殿下は読めない。
もっと鮮やかな青はないのか、もっと柔らかな青はないのか、と殿下が注文をつけた結果、仕立て屋が少し困った顔で「最近新しく出来たものなのですが、まだ試験的に仕入れたものでして」と持ってきた生地がそれはそれは殿下の注文通りの蒼色だった。
海よりも透き通り、空よりも鮮やかな蒼は冷たい印象ではなく、逆にその落ち着いた色味が美しさと上品さを引き立てている。
仕立て屋が「年頃の淑女ならば、襟ぐりは深くいたしましょうか」と言った言葉に、ぶんぶんと勢いよく首を横に振り「喉元からしっかり隠れるように!」と答えたのには、私もウィルヘルム様も呆れてしまった。
シャーロット様はきっと戸惑いながらも喜んでくださるだろう。
あのドレスにはそれだけ殿下の思いが籠っていると、見る人が見ればすぐにわかるからだ。
ドレス選びのあと箱に添えるメッセージカードを書くときも、殿下は何回も書いては破り捨てるという作業を繰り返していた。
どうしても恥ずかしくて文字が書けん!愛の言葉なんぞ書けるか!とぎゃあぎゃあ騒ぎながらも妥協せずに書き直す殿下に、ウィルヘルム様がゴミを見るような目つきで「じゃあこれでいいですから」と殿下から破りかけたメッセージカードを奪った。
私は、ウィルヘルム様のゴミを見るような目つきを一生忘れないと思う。
表面上は常に温厚そうにしているウィルヘルム様にしては珍しい表情だったし、少し怯える殿下も新鮮だった。
「なあ、ミランダ。どこかおかしいところはないか」
シャーロット様との約束の10分前に必ずある儀式。
殿下のお言葉に、私は笑顔で答える。
「ええ、本日も素敵ですわ」
今日の殿下はいつも以上にそわそわしている。
無理もない、珍しくシャーロット様から先触れのお手紙が来たのだ。
天気も良いし、庭園でお茶をするのはどうか、と。
たくさんの美しい薔薇のためにふさわしい格好で参ります、と書いてあり、ドレスを着てくるというのは明白だった。
それからはもうずっと、殿下はそわそわと胸ポケットに入れている青いチーフをいじっている。
「殿下。シャーロット様がいらっしゃいました」
殿下の素敵な恋が始まり、それが叶うことを願って、今日も私は2人のために紅茶を注ぎ菓子の準備をする。
ミランダさんもとい執務室付きメイド視点。
そしてドレス選びの件とメッセージカードの謎を一気に書きました。
グリッセルの狼のこととか、ふつうならもっと引っ張るんでしょうけど、たいして重要なことじゃないし、まあここでいっか・・・ということで。
殿下のツンっぷりぱねえ・・・・・