6.ドレスと愛と重い何か
「信じられませんわ」
大きな箱を前に、アデルは冷静かつ怒りの言葉を姉に投げた。
姉―シャーロットは、いや、とかあの、とか言ったきり、口ごもる。
アデルのあまりの断じ様に、目も合わせられない。
シャーロットには返す言葉も見つけられないので、とりあえず紅茶を一口飲んだ。
ああ、苦い。
「ディオン様とシャーロットお姉様が恋仲?ええ、ええ、存じてましてよ。何故なら、お姉様から報告いただけるとばかりに思ってましたのに、王宮の噂のほうが私の耳に入るのがすこーし、ほんの少し早かったからですわ」
「あの、アデル・・・・」
「もちろん、わたくしは王宮の根も葉もない噂など鵜呑みにしません。お姉様が騎士として振る舞っておられるのを知ってますものうふふ」
にっこりと天使のような笑顔で、アデルはねちねちと王宮から帰ってきたシャーロットを責めた。
社交界の頂点に君臨するアデルにとって、王宮の噂の真偽などすべてお見通しだ。
しかし何がそんなに気に入らないのか、アデルはシャーロットの噂が出てからあまり機嫌がよくない。
もしかして、嫁ぎ先として狙っていたのだろうか。
社交界での勝敗は、相手の家柄の一言につきる。
ならば、社交界の頂点が殿下との結婚を画策していても何ら不思議ではないのだ。
「・・・・・・まあお姉様、わたくし王妃になるつもりはありませんわよ。冗談でもきついですわ」
「違うのか・・・・いや、あまりにも怒っているから」
「違います!!怒っているのはそこではなくて、これですわ」
アデルは呆れたようにシャーロットを見やり、箱を指差した。
美しい意匠の箱に添えられたメッセージカードには、美しい字で『可愛いシャーロットへ 愛を込めて』と書いてある。
シャーロットは、このメッセージカードを見た途端破り捨てたくなった。
愛を込めてなどと、いけしゃあしゃあとよく書いたものだ。
むしろ新手のいじめかとしれない、とすらシャーロットには思えた。
しかも、嫌味なのか『可愛い』のところだけ少し字が崩れているのも腹が立つ。
「・・・・・・・・」
「お姉様、わたくしを無視して思慮に耽るのはやめてくださいませ。まったく、殿下も隅におけませんわねえ」
アデルが箱からドレスを取り出し、にっこりと微笑んだ。
髪と瞳の色を考慮したであろうそのドレスはとても鮮やかな蒼色をしており、ところどころに美しい宝石が散りばめられていた。
派手すぎず、かといって地味でもない。
繊細なレースとフリルが上品で艶やかだ。
「このドレスをつくった仕立て屋は、淑女の間で噂されるほど優秀とか。予約は1年後まで埋まっているということでしたけど、殿下がお姉様のために作らせたのでしょうね」
「い、1年・・・・・」
「生地も最高級ですし、さすが殿下自らオーダーしただけのことはありますわね」
「み、自らオーダー・・・・・・」
仕立て屋と一緒に、デザイン画を片手にああでもないこうでもないと話し合ったのだろうか。
・・・・・残念ながら、全く想像できない。
センスの悪いものは嫌だ、と言ったのはシャーロットだが、出来栄えの良すぎるものをもらっても反応に困る。
しかも、1年待ちの人気の仕立て屋に3日で完成させて贈ってくるとは。
正直ここまで本気でやるとは思ってなかったので、シャーロットにとっては不測の事態だった。
「わたくしのお姉様がこんなたらしに時間を取られていると思うと、精神的に追い込んでやりたくなりますわ」
「・・・・・・・・・可哀想だからやめてあげてくれ」
「まあ、お姉様。アデルはお姉様のためを思ってのことですのよ?」
花を愛でるような笑顔で「上から植木鉢を落としたほうがよいかしら?」などと話す妹は、少しばかり姉への愛が重いのだった。
ちょっと今回キリがよかったので短めで。
アデルはお姉さま大好きです。がちで。