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5.紅茶は甘みと渋みから出来ている

「僕の可愛いシャーリー、次期陛下のために恋人になってあげてくれ」



兄の一言は、シャーロットにとって死の宣告に近しいものがあった。

殿下の恋人。こいびと。

19年間生きてきた中で、最もシャーロットから遠いモノだ。

7歳にして騎士の道を志したシャーロットにとっては、未知な分野であった。

これは正直、無理な予感がする。


「上手くいく気がしません」


それでも、無表情のまま少し困惑した声をあげると、ウィルヘルムは朗らかに「問題ない」と笑って見せた。

ああ、その笑顔さえ、シャーロットにはもう胡散臭く見える。

シャーロットは、無言で兄への評価をわずかばかり下げた。


「こう見えて次期陛下は『グリッセルの狼』と呼ばれていてねえ」

「やめろ!今その話を出すなよ・・・・」

「はぁ・・・グリッセル、ですか」


グリッセルは、パーシヴァル国にある花街の名前の1つだ。

花街の中でも高級で質が良く、貴族ご用達の一郭なのである。

グリッセルの狼、という二つ名があるとは驚いたが、なるほど殿下の容姿も見れば納得する。

女性にしては身長の高いシャーロットが並んでも、なお頭一つ分以上身長が高くスラリとしている。

それでいて、素晴らしい顔の造形なのだから、花街の女性が放っておくわけがない。


「なるほど。納得です」

「どうして納得した!?」


殿下が焦ったように声を上げるが、シャーロットは「恋人のフリという任務」について考えるので頭がいっぱいだった。

無表情の下に困惑や不安を見取ったのか、にこにことウィルヘルムは続ける。


「まあ、適当にこう・・・お茶の時間を取ったりとか、一緒に夜会に出席したりとかそんな感じでいいから、ね」

「しかし、あの・・・・そういう経験があまりないので、自然に振る舞えるかどうか」

「シャーリー、モノは考えものだよ?殿下の身の安全を隣で守れるなら、安いものだよねえ」

「・・・・・・・・・・・・、釈然としないものがありますが、それが騎士の領分であるならばお引き受けします」


ほらね、とウィルヘルムはディオンにウィンクして見せた。

以前言った『騎士としての責務にあたるなら拒否はしない』という言葉通りだ。

やはり兄であるからか、妹の性格をしっかりと熟知し・・・・・・利用している。

悪魔みたいな男だな、とディオンは半眼でウィルヘルムを見やった。

ここ数年来の友ではあるが、ウィルヘルムはどこまでも底が見えない男だ。

昔から、ディオンよりもずっと先の未来を読んで行動している。


「宜しくお願いします、殿下」

「あ、ああ・・・・・」


こうして、優秀な側近ウィルヘルムにより、慎重に王宮に噂が流されたのである。



■■■



「イーデン副団長!あの噂って本当なんですか!?」

「殿下とご婚約されたとか!」

「え、俺はご結婚と聞いてるぞ」


サロンに入るたびにそんな質問ばかりを浴びせられ、ここ数日でシャーロットは完全に目が据わっていた。

今も、余計なことばかり考える暇があるなら鍛錬しろ、と団員にスクワット500回を命じてきたばかりである。

キースは何か思うところがあるのか、にやにやと笑ったまま話題にはあえて触れず通常業務についての話ばかりだ。(それが逆にうっとおしい!)

そんな騎士団の雰囲気にどっと疲れがたまったが、任務であるからにはしょうがないと自分に言い聞かせるしかない。

はあ、と思わずため息をつくと、執務室の扉の前に立つ衛兵がびくりと震えた。

あの一件以来、2人の衛兵はすっかりシャーロットに怯えてしまっている。


「殿下、よろしいですか。シャーロットです・・・・わ」


そしてもう一つの疲労の原因としては、女らしく振る舞わなければならないということだ。

言葉遣い、姿勢、歩行、全て過去に勉強したものとはいえ、騎士に慣れた自分にはとても苦行だった。

扉の向こうから「入れ」と言う声がしたので、扉を開けてするりと入る。

ギイ、と扉の閉まる音が、シャーロットにとって芝居の終わりを告げる合図だった。


「で、殿下・・・お疲れ様です」

「いや・・・・・・・・お前ほどじゃない」


シャーロットが見る限りでは、明らかに殿下はやつれきっていた。

恋人任務が始まってからまだ数日しか経っていないはずだがお互いボロボロである。

毎日この時間にシャーロットが訪ねてくるので、執務室付のメイドが心得たようにお茶の準備をして下がる。

シャーロットは執務室で紅茶を飲むのが嫌いではなかった。

何より菓子が抜群に美味しいし、紅茶もさっぱりしていて非常に好みだ。

紅茶の中には甘い香りのものもあるが、シャーロットはどちらかと言えばその類は苦手だった。

お互い一口紅茶を飲み、一息をつく。


「・・・・・ところで」

「はい、なんでしょう」

「お前はいつも騎士服だが。俺に会いに来るときぐらいドレスで盛装してくるとかないのか」

「そもそも勤務中ですし、殿下に危険が迫った時に動けないのでは意味がありませんが」

「一応恋仲なんだぞ、俺たちは。誰が恋人に会うのに、騎士服で来るヤツがいる!しかも泥だらけで!!」

「午前中は鍛錬がありましたので。申し訳ありません」

「でも、さらさら直す気はないな」

「ええ」


このやり取りも、もう何回目かになる。

せめてドレスで着飾れ!と言われても、騎士としての任務という面から考えれば承諾しがたい。

それをちゃんと毎回説明しているのだが、殿下はどうにも納得できないようだ。


「ただでさえ『灰色姫』と言われているのに、グレンヴィルの名が泣くぞ」

「慣れていますので」

「だが、それでは俺が困る。グレンヴィルの恥さらしと恋仲と思われるのは不愉快だからな」

「恥さらし・・・・ですか」


ぐん、と部屋の温度が一気に下がった。

鋭い目をさらに険しくし、ディオンをじろりと睨む。


「私は恥だと、そう言いたいのですか」

「いや・・・そういう訳ではなく・・・、せめて貴族としての体面を保てと言ってるんだ」

「殿下のお気持ち、よくわかりましたわ。悲しみで胸が張り裂けそうです。帰らせていただきます」


シャーロットは一つも感情を込めずに言い切り、ソファから立ち上がって部屋を後にするべく扉に向かう。

ディオンはようやく失言に気づき、慌てて立ち上がった。

つい喧嘩の勢いで言ってしまったが、他人から『恥さらし』などと侮辱もいいところだ。


「いや、あの・・・すまない、つい」

「お気づかい結構。『グリッセルの狼』が、聞いて呆れる」

「お前なあ・・・!」


ぐい、と手首を掴んで引き寄せると、あまりの細さにディオンはびっくりして離してしまった。

引き寄せられたせいで、碧の瞳が目の前で煌めく。

だが、最初に見たときのような静かな湖の碧ではなく、荒れ狂う海のような碧の光を灯していた。

切れ長の瞳が、鋭くディオンを射抜く。


「まだ何か」

「お前に騎士の義務があるように、俺には王としての義務がある。そのための任務だろう」

「・・・・・・・・・」


シャーロットがわずかに肩の力を抜いた。

数日間一緒に過ごして気づいたことがある。

シャーロットは顔に表情が出ない分、手や瞳などの表情が豊かであるのだ。


「ドレスが、ないのです」


シャーロットはぽつりと呟いた。

あまりにも小さな呟きだったが、引き寄せたおかげで近くに立っているディオンには確かに聞こえた。


「昔から騎士を志していたので、夜会などにもあまり出席しませんでしたし・・・なにより」

「なにより?」

「私は身長が高いので、あまりドレスが似合わないのです」


ディオンはつむじの見えるシャーロットを見下ろした。

確かに世間の女性よりは高いと思うが、自分自身も身長が高いのであまり実感が湧かない。

ちょうど自分の胸のあたりにシャーロットの頭があることに、ディオンは少しどきりとした。


「・・・・・・なら、贈るから」

「え、」

「身長が高いお前に似合うドレスを、俺が贈るから・・・・・今度はそのドレスでお茶会に来てほしい」


真摯な目で訴えれば、困惑しながらもこくりとシャーロットが頷くのを見て安堵を覚えた。

ここで拒否されたら、あやうく人間不信になるところだった、と胸を撫で下ろす。

恥ずかしくなったのか、少し顔を背けてシャーロットは「ですが、」と続けた。


「最近流行りのフリルたっぷりのドレスなどは吐き気がするのでやめてくださいね。殿下のセンスを疑いますので」

「お前・・・・!!」

「あと、もう一つ。私の名前は「お前」ではありません。恋仲だというのなら名前くらい覚えていただかないといけませんわ、ディオン様」

「こ、の・・・・・!」


第三者が見れば、「ああ、照れ隠しなのか」と納得したところだが、先ほどの安堵との落差で残念ながらディオンは気づかなかった。

一方のシャーロットも、いつもより饒舌になっていることに気づかず、ひたすら顔を背けている。


「お・・・・お前なんかなあ!『灰色姫』で十分だっ!!!」


殿下の渾身の怒鳴り声と、ぎゃあぎゃあと喧嘩する声が部屋中に響き、衛兵は何事だと大慌てしながらウィルヘルムを呼びに走った。

力いっぱい喧嘩してます。

一応、ディオンは次期陛下なんだよ・・・シャーリーちゃん・・・・

甘い雰囲気をつくるってちょっと苦労しますね・・・


私は気分がのってるときに小説を書き溜めるタイプなので、なんだか弾丸投稿で申し訳ないです。




※以下、追記

誤字訂正しました。

グレンヴィルをまさかのグレイヴィル表記。

以後気を付けます。

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