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3.行き違い

第二王子から命をうけ、第三騎士団の周りはにわかに騒々しくなった。

王子の身辺を警護するために、王子の部屋の近くにサロンを移すという引っ越し作業から騎士団の警護体制の変更など、猫の手も借りたい忙しさだ。

例にもれず、シャーロットも寝る間を惜しんで副団長として部下らに指示を飛ばし、効率よい作業を徹底した。

睡眠不足からか、この数日間で着実にシャーロットの顔が凄みを増している、と部下から恐れられるほどに。

普段から「怒っている」と揶揄される目つきはぐっときつく、そのにこりともしない無表情が怖さを倍増させる。

空気を読まず話しかけるのはキースやそれに慣れている部下数人のみで、ほとんどの騎士団員は黙々と作業していた。


「いやー、しかしサロンも広くなったなー」


キースがライオンのような顔で笑い、シャーロットの頭に手を乗せる。

頭上でぽんぽん、とリズムを取る手を払いのけ、シャーロットはじろりとキースを睨んだ。


「やめてください。警護体制は整いましたか」

「おお怖い。とりあえず、周りの衛兵との兼ね合いを見ながらざっとだが。いやー、敵の多いこと」

「誰かに嫌味でも言われましたか」

「ま、議会に来る貴族とは嫌でも顔を合わせにゃならんからな。悪口の一つや二つ」


と言いつつ、キースは腕をぐっと曲げて「物理的に黙らせる」というポーズをとった。

笑顔なのに、完全に目が据わっている。

ああ、この人も徹夜同然だった、とシャーロットは気づき、とりあえず休憩を勧めることにした。


「団長、お疲れのようなのでそこのソファで休憩でもなさってください。私は執務室に行って参りますので」

「お?俺は聞いてないぞ。殿下からの呼び出しか?」

「どちらかというと、ウィルからです。私も今朝聞いたので・・・っと、上着はどこにしまったかな」

「イーデン副団長、こちらに」


部下に目線をやると、心得たように赤い髪の青年が上着を差し出した。

彼とは騎士団に入った頃からの知り合いであり、何かと気の利く青年だ。

平民出身のおかげか、長男の気質か、他人の身の回りの世話をし慣れている。

差し出された上着は、騎士団の制服だ。

騎士団の制服は、動くには非効率的なものがごちゃごちゃと付いているのでシャーロットはあまり好きではないのだが、執務室に行くとなればそれも致し方ないだろう。


「ありがとう、セルタ」

「副団長、お気をつけて・・・・っ!!」

「いや、セルタ・・・・戦場に行くわけではないからな・・・」


赤髪の青年―セルタの顔を見れば、疲労のせいで彼の目も若干据わっている。

王子直属の騎士団に就任して早々、なんだかもうヤバい気がする。メンタル的に。

一抹の不安を覚えつつ、シャーロットは新しいサロンを後にした。



■■■



「何者だ!ここから先は王子の執務室である!控えよ」


執務室の前に到着すると、衛兵が大声で制止した。

騎士服を身に着けているにもかかわらず、だ。

第三騎士団が王子直属になったことは、王宮中が知っている事項だ。

しかし、シャーロットは素直に停止し、騎士の礼をとった。


「第三騎士団副団長、シャーロット=イーデン=グレンヴィルである。殿下の側近殿から執務室に来るようにと言われたが」

「そのようなことはきいてないぞ!」

「では衛兵殿が知らなくていい事項だったのだろう。調べたいならどうぞお好きなように。此処に側近殿からの文もある」


衛兵は奪い取るように証書を確認し、ふんと馬鹿にするような笑みを浮かべた。

2人の衛兵がにやにやと悪い顔をして、シャーロットを取り囲む。


「なるほど、兄に我儘を言って殿下に取り入ったのか」

「グレンヴィル家の灰色姫とは、お前のことだろう?」

「確かに、顔だけ見れば殿下を誑し込めそうだなあ。ウィルヘルム様には何とお願いしたんだ?」

「ま、いくら顔がよくったって髪が灰色じゃあ台無しだけどな!」


2人の衛兵はかわるがわるシャーロットを貶める言葉を吐いては、下品な笑いを繰り返した。

しかし、一向にシャーロットが無表情を崩さないせいか、衛兵たちの顔が悔しげに歪められる。


「ああ、もうお終いか?衛兵というのは案外小心者とみえる」


これくらいの野次は戦場では当たり前だ。

実力が認められなければ、身内からも非難される。

第三騎士団にずっと所属していたのでわからなかったが、衛兵や他の騎士団が温室育ちというのはどうも本当らしい。

シャーロットはいっそ涼しげな顔で、「で、確認はもういいのか?」と尋ねた。

悔しく地団駄を踏むさまを見たかった衛兵にとっては、屈辱以外の何者でもない。


「お、お前は不審者だ!!この証書もねつ造だ!!牢屋にぶちこんでやる!」

「牢屋で俺たちに盾突いたことを後悔するがいい!!」


衛兵たちは持っていた長槍をシャーロットに突き付けて、なにやら大声で喚いている。

もはや怒りで冷静に状況が見えていないようだ。

シャーロットも、こんな状況になってまでむざむざやられるつもりはない。

仕掛けてきたのは、あちらだ。

切っ先が自分に向けられながらも、シャーロットはまっすぐな瞳で衛兵たちを睨みつけた。

噴出した殺気に、衛兵たちの動きが一瞬で止まる。

すう、と息を整え、シャーロットは壮絶に笑って見せる。

この感覚はいつ経験しても気持ちのいいものだ。

獲物を前に牙を向き、その牙が喜びに打ち震えるこの瞬間が。


「お前たちこそ後悔するなよ」


恐怖のせいか、1人の衛兵が突如長槍を振り回し始めた。

シャーロットは冷静に避け、ぐっと剣の柄に手をかける。

剣が鞘から抜かれれば、衛兵たちに勝機はないだろう。

突撃してきたもう1人の衛兵をかわし、剣を抜こうとした。

そのとき。


「―――私の執務室の前でなにやら面白そうなことをしているな」


ひやり、とした声に、衛兵の動きがぴたりと止まった。

シャーロットも抜きかけていた剣を反射的に押しとどめ、すぐさま敬礼をとる。


「で、殿下・・・・!!!」

「お前たち、誰の許可を得てこんなことをしている」

「い、いえ・・・・この騎士が不審な行動を・・・」

「お前に発言の許可は与えていないが?」


衛兵たちの声がみるみるとしぼみ、殿下はそれに満足したのか「通常の仕事に戻れ」と命じた。

すぐさま衛兵たちは扉の前に張り付き、恐怖でがくがくと震えている。

その様子を殿下はひとしきり眺めた後、敬礼のままのシャーロットに顔を上げるよう命じた。

さらり、と長い髪が揺れ、大きな碧の瞳がこちらを向く。


「それで?どうしてこんなことに?」

「私が来ることが衛兵たちに伝わっていなかったようで、少々『行き違い』がありました」

「『行き違い』か・・・・なるほど。それは、伝えていなかったウィルヘルムの責任だな。厳重注意だぞ」

「は、申し訳ありません。今後このようなミスはないと殿下にお約束致します」


『行き違い』とは少し苦しい言い訳な気がするが、殿下が納得したことにシャーロットは安堵と不信感を覚えた。

殿下の後ろに控えている厳重注意された側近、ウィルヘルムがにやにやと笑っているのも気になる。


「さて、議会が延長して少々待たせることとなったが、お茶でも飲みながら話そうか」

「はい、殿下。殿下のお許しとあらば喜んで」


シャーロットが一切の抑揚をつけずに冷たく言い切ったことに、殿下は唖然としウィルは小さく噴き出した。




ウィルの性格も大概ですけど、シャーロットの性格の悪さも大概です。

ちなみに、殿下はひねくれ過ぎて、もはや知恵の輪状態。

衛兵さんたちにはかわいそうですが、壮絶なかませ犬になっていただきました。

あのあと衛兵さんたちどうなったんでしょうね?

まあ、お貴族の坊ちゃんたちなんで、貢物とか貢物とか貢物でなんとかしたんでしょう。

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