1.花と陰謀
「‥‥‥‥‥‥」
はあ、と何度目かのため息をついたシャーロットを、王宮の警護にあたっている騎士がギロリと睨み付けた。
飄々と宴の間へと歩くキースにも睨みを利かせてから、案内役である第一騎士団の騎士が蔑むように笑った。
「そのなりで行くなんて、さすが騎士団の恥曝しと名高いだけある」
第三騎士団は騎士団の中でも最も権限がなく、雑用係とも揶揄されている。
汚れ仕事や命がけの任務も多い。
そのせいか、第一騎士団や第二騎士団所属の騎士は、第三騎士団に対して常に見下した態度をとる。
だが、シャーロットは第三騎士団を誇りに思っているし、顔しか見所のない騎士に蔑まれたところで痛くもかゆくもないというのがまごうなき本音だった。
「ほめ言葉として、この第三騎士団長キース=ライアンが受け取っておこう!」
キースを見上げると、にやりとライオンのような顔で笑い、ぱちりとウインクをしてみせた。
途端に寒々しい雰囲気が廊下を漂い、誰も言葉を発することなく宴の間に着いたのは余談である。
■■■
王宮の宴の間では優雅な音楽が奏でられ、着飾った人々が楽しげに笑みを交わす。
その中でも一際目立っているのは、一人の少女だ。
一度見たら忘れられないような美しい姿が人々を魅了し、彼女が移動する度に人が散り、新たに人が寄ってくる。
それもそうだろう。
彼女の美しさは夜会の席では毎回話に登るほどなのである。
金の髪はゆるくウェーブしてきらきらと輝き、白く陶磁のような肌にかかる。
空を思わせるような澄んだ蒼い瞳は無垢なようで、しかし紅く色づく頬や濡れた唇が官能的で女性的な色香に満ちていた。
胸から腰にかけてのゆるやかな曲線や立ち振る舞いなど、どれをとっても完璧な淑女である。
今夜の宴は彼女―アデル=モア=グレンヴィルが支配しているのも同然だった。
「今夜も美しいですわ、アデルさま」
「アデルさま、輝くような白い肌が素敵ですわ」
「このドレスはどちらで仕立てたのでしょう。とてもアデルさまの美しさをわかっているわ」
たくさんの淑女たちが参考にしようと矢継ぎ早に質問しては、アデルから情報を奪い取ろうと必死だ。
だが、グレンヴィル家の人間を出し抜くことなど不可能なのだ。
「ふふ、皆様もそれぞれ美しい花を咲かせておりますのに、それを手折るのはあまりにも勿体無いですわ」
(誰が教えますか!これはわたしの努力の成果よ)
誰もが見とれる笑みを浮かべ、アデルはこの話は終わりとばかりにその場を離れた。
心ではげんなりとしながらも、笑みは絶やさない。
この場は、アデル自身が生きると決めた場所だからだ。
(情報が正しければ今回の宴には‥‥)
さりげなく周囲を見渡し、窓際で手持ち無沙汰になっているひとりの貴族に目を留めた。
(第二王子、ディオンさま)
巧妙に空間の死角に隠れているが、見る人が見ればすぐにわかる。
ディオンはつまらなそうに空を見上げたり、ワインを煽っている。
行くなら、今だ。
「第三騎士団、ただいま帰還いたしました!!」
突然の大声と扉の荒々しく開く音に、アデルは出しかけていた足をさりげなく引き、違和感なく壁際に移動した。
宴の間が騒然とする中、ザクザクと第三騎士団の面々が入り、上座で談笑していたグレーブス公爵に向かう。
その様子をグレーブス公爵はにやにやと笑い、他の者は口を覆って眉をひそめた。
「第三騎士団ですって!まるで荒くれ者の集団だわ」
「いやだわ、皆汚い格好をして。格式というものがわからないのね」
「格式もなにも、第三騎士団は平民の出が多いときくがね」
キースが堂々と先頭を歩き、グレーブス公爵に膝を付いた。
シャーロットたちも静かにそれに倣う。
「片づき次第至急帰還をとのことでしたので、このような格好で申し訳ありませんが、急ぎ報告をさせていただきます」
キースの低くよく通る声に、会場がしんとなる。
出席者は口々に罵っていたが、やがて第三騎士団の近くにいた婦人が何かに気づいたかのように声を上げた。
「あら、あの灰色の長い髪はグレンヴィル家の‥‥」
「本当だわ。淑女が埃まみれになって、はしたない」
「いや、逆にいいんじゃないか。灰色の髪ならあまり埃の目立たないだろう。元から埃色なんだからな」
第三騎士団からシャーロットに興味と対象が移り、じろじろと見られる感覚に不快感が募る。
だがそんなことを気にしていられない。
「何を言っているんだか。私はそんな小汚い格好で来いとは言ってない!ちやほやされたいからと強硬手段にでたのか?」
「いえ、しかし伝令がそう申しておりましたので」
「嘘をつくな!!恥を知れ!!」
グレーブス公爵のにやにやした笑いに、第三騎士団が殺気立つのが手に取るようにシャーロットにはわかった。
しかし、ここで暴れたら本当にまずい。
「第三騎士団副団長シャーロット=イーデン=グレンヴィルです。確かに伝令は届きましたが、途中で行き違いがあったのかもしれません。急ぎでなければ退出の許可を頂きたいのですが」
シャーロットの発言にグレーブス公爵は一瞬不快な顔をして見せ、再び下品な笑みを浮かべた。
(‥‥‥‥悪いことを思い付いたな)
状況を打開すべく、シャーロットがさりげなく周囲に目をやると、会場の死角であろう位置に居た青年と目があった。
青年はシンプルだが仕立ての良い服を着ており、茶金の髪を持っている。
瞳は深い森を思わせる緑で、あまりの美しさにシャーロットは釘付けになってしまった。
途端に、青年は目を大きくして驚き、ぽかんと口を開け、何かを呟く。
訳が分からす、思わずシャーロットの眉間にしわが寄った。
「‥‥‥‥、‥‥?」
「どうした、シャーロット」
「いえ、」
心配そうなキースを尻目に、なんでもありません、と青年から目を逸らすと、今度はきらきらと輝く美しい淑女の姿が目に飛び込んできた。
この姿は見間違えようもない。
(アデル!いたのか‥‥)
(お、お姉さま‥‥!まさか第三騎士団がいらっしゃるとは‥‥)
「実は、今宵の席には第二王子ディオンさまも御出席しておられる。ディオンさまから労いの言葉をいただいたらどうだね」
「は、‥‥‥‥は?」
キースは思わず聞き返し、シャーロットを頼るようにアイコンタクトを送る。
一方のシャーロットは頭を抱えたいのもぐっとこらえ、表向きは平然と下を向き続けた。
これからやっと王子の描写が入ります。