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17.包囲網

お気に入り登録ありがとうございます!

励みになります。

これからも、王の剣をよろしくお願いします!

「ごきげんよう、ゲシュハルト様」


アデルは、天使が如き微笑みで、淑女の礼をしてみせた。

対して、ゲシュハルトと呼ばれた男は、あまりいいとはいえない顔色で緩慢な礼を返す。

節制など知らないと言いたげな玉のような顔と腹。

装飾品も、お世辞にもセンスがいいとはいえない大振りの宝石ばかりを身に着けている。


(・・・・・下の下ね)


アデルは内心、うんざりとした。

この男は、貴族が何たるかを見事にはき違えている。


"|高貴なる者としての義務ノブレス・オブリージュ"


これこそが地位ある者の真価だというのに。

ゲシュハルト男爵家は、爵位こそ男爵だが古くから続く由緒正しい貴族でもある。

だが、この男が当主となってから、男爵家のいい噂をきかない。


「ど、どうしたのですか、アデル様」

「いえ、何やらお顔の色が優れないようでしたので、ご気分でも悪いのかと心配になったのです」


お姉様が主催するお茶会ですから、とアデルはにっこりと笑みを浮かべた。

言外に、お姉様が至らない点は私が気を配っている、という印象を与えて。

その言葉にややほっとしたのか、ゲシュハルトは額にびっしりかいている汗をしきりに拭いながら、やはり緩慢に笑みを浮かべる。

ゲシュハルトは誰にも何も言わずに、静かにお茶会から抜け出そうとしていた。

すでにお茶会をやっていた庭園からは遠ざかっており、城内の人気のない場所まで来ていたところを呼び止めたのだ。

アデルに見つかったことに動揺しているのか、僅かにゲシュハルトの指先が震えている。


「そ、そうですかな?いやはや、持病が少し・・・・」

「まあ、それはいけませんわ!客室も用意しておりますので、そちらで少しお休みになってくださいまし」

「い、いや、しかしですなあ・・・・そう!今から領地のことで急いで戻らなくてはいけないのですよ、アデル様。お気づかい感謝いたします」


アデルが本当に心配そうな顔で少し距離を縮めたのを、ゲシュハルトは満更でもない顔で笑った。

その気持ち悪さにアデルの足が思わずひきそうになったが、お姉様のためよ!と自身を叱咤し微笑む。


「まあ、そうですか?本当にお顔の色が悪いようでしてよ・・・・・・・・まるで、人に言えないことでもなさったみたい」


くすり、とアデルは微笑んだ。

今日は良いお天気ですね、と言ったような明るさだが、男爵の顔はみるみる白くなっていく。

先ほどまで僅かに震えていた指先は、さらに震えだしていた。

それを見たアデルの笑みが、一層深くなる。


「な、なにをおっしゃっているのやら・・・ハハハ、不敬ですぞ!!いくらアデル様でも冗談が過ぎるのでは?」

「あら、ゲシュハルト様のおっしゃる通り、戯言でしてよ?そんなにゲシュハルト様のお心を乱してしまうとは思いませんでしたわ」


わざと大げさに驚いた顔をして、おどけてみせる。

ゲシュハルト男爵は、青白かった顔を羞恥で赤くさせ、アデルをぎろりと睨みつけた。

しかし、そんなもので怯むアデルではない。

アデルは笑みを少しも崩さずに、睦言を囁く恋人のようにゲシュハルト男爵の耳元に唇を寄せた。

瑞々しく、美しい唇が、ゆっくりと動く。


「お姉様を殺すだなんて、馬鹿なひと」

「・・・・っ!!!」

「ふふ、計画が漏れていないとでも?残念、わたくしの耳に入らない情報などございませんのよ?」


すぐにゲシュハルト男爵から離れ、アデルは首をかしげて微笑んだ。

もし遠くからゲシュハルト男爵と共にいるところを目撃されたとしても、まさかこのような話をしているだろうとは想像できないような姿だった。

ゲシュハルト男爵は、ぐっと拳を握り、計画の失敗を悟った。

だが、シャーロットが毒の入った飲み物を飲んだのは確認している。

実行犯は自分ではなく、キツネ目の男が勝手にやったことだ。

自分は悪くない。

ゲシュハルト男爵は、沈んだ思考を完全に反転させた。


「実行したのは、私じゃない!!だから、私には無関係だ!!」

「まあ、そのようなことをおっしゃるの?」

「私は直接手を下してない!シャーロット様に後から聞くがいい、誰がシャーロット様に不埒を働いたのかとね!!」


暗に、シャーロットはもう襲われており手遅れだと、ゲシュハルト男爵は笑った。

玉のような腹が、顔が、笑いによる振動でぶるぶると動く。

アデルは一瞬だけ唇をきゅっと結び、それを解くかのようにゆっくりと唇に笑みを乗せた。

美しい蒼の瞳は、怒りで爛々と輝いている。


「貴方のような者が国政の一端を担っているとは、恐ろしいことですわ。ゲシュハルト様、覚悟なさいませ」

「覚悟だと?ふん、何もかも遅いわ!小娘がエラそうに!」


ゲシュハルト男爵は、突然アデルを突き飛ばした。

近い距離で話していたため、向き合っていた大の男に思いきり押されたアデルは為す術もなく後ろに倒れる。

後ろに支えるようなものはなにもない。

冷たく、固い大理石の床が広がるだけだ。

打ち所が悪ければ、最悪のこともありうるだろう。


(・・・・・・っ!!)


襲ってくる衝撃や痛みをを予想して、アデルはとっさに目を閉じた。


ノブレス・オブリージュのくだりは、結構ふわっとした意味で使ってます。

もうそろそろお茶会編の風呂敷を畳みたいものです。

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