15.狩りのための罠
引き続き、気分の悪い表現があります。
苦手な方はお気を付け下さい。
「なるほど、傑作だな」
男は言葉の意味が分からないとでも言いたげに、きょとんとしていた。
両手を拘束されたまま、シャーロットはにやりと笑う。
「それで?なぜ、毒を盛った?」
「なんだ、ばれていたのですか。そういう指示だったから、ですよ」
ぺらぺらとよくしゃべる男だ。
突然のこちらの豹変ぶりに驚いている。
それでも両手の拘束が緩まないあたり、『素人』ではないのだろう。
「あ、これって喋り過ぎってやつ?うわー、やっぱりここで殺さないとダメですよね」
男は袖からナイフを抜き、ちょうどシャーロットの心臓の上に翳した。
ゆったりとナイフが降り、刃先がドレスに少し食い込む。
シャーロットは内心、ドレスが破れるのはもったいないと咄嗟に考えた。
そして、少しだけ、ほんの少しだけ悲しいだという感情も。
男はシャーロットの表情を楽しそうに確認したが、シャーロットの表情は無表情で瞳には何の感情も映っていなかった。
「あれ?抵抗とか、いいの?殺されるよ?いいの?ねえ。あっ、もしかして心臓にナイフ突き立ててもらいたいとか?そっか!そうだよね!」
死ぬなら一瞬のほうがいいもんね!と、男はにっこりと満面の笑みを浮かべた。
狂っている。
シャーロットはじわりと毒に犯されている自身の体を思い、ふっ、と短く息を吐いた。
今の役割は、殿下の恋人ではない。
男は自分の言葉に納得したのかナイフを引いて、再び心臓の真上に狙いをつけた。
「じゃあ、さようなら!」
男は躊躇うことなく、腕を振りかぶった。
■ ■ ■
アデルは内心、とても焦っていた。
シャーロットの姿が見えなくなって随分経つのだ。
(お姉様はお強いから滅多ことは起こらないと思うけど・・・・)
それでも、アデルにとっては優しくて美しい自慢の姉だ。
ましてや今回のお茶会は、シャーロットの命を狙おうとまで画策している貴族もいる。
何かあったときに、平常を保てる自信がない。
(それに、あのお姉様の様子では・・・・)
侯爵の息子と消える直前のシャーロットの顔は、どうみても毒が盛られているようだった。
殿下の恋人、という名目で出席しているシャーロットを誘い、2人きりになろうとするなどどうみても普通ではない。
それに、ヴェニエス侯爵の息子の容姿が変わっている気がする、という話を聞いて、アデルはますます不安になっていた。
ディオン殿下は、相変わらず老獪に囲まれ、身動きが取れなくなっている。
(使えない男!!!!)
シャーロットが危機に瀕しているかもしれないというのに、恋人―正確には恋人役だ―も守れないのか。
アデルはぐっとディオンを睨みつけ、ウィルヘルムに向かって侮蔑の視線を送った。
ウィルヘルムは困ったように笑い返す。
その微妙な微笑みは、さらにアデルの神経を逆なでするだけだった。
(なにが次期陛下よ!どうせ今回のお茶会の『意味』もわかってないんでしょうし!)
シャーロットは事前に、様々な罠を張っていた。
もちろん、殿下をお守りするための予防線も。
シャーロットにとって『狩り』は簡単に行えることだが、それにディオンを巻き込んでは意味がない。
殿下の安全を第一に考えなくてはいけないのだ。
だから、シャーロットは多少自分に不名誉を被るとしても、その作戦で罠を張った。
おびき出すだけの罠、引きずり出すための罠、そして敵が誰かを明確にするための罠。
そして、獲物がわかったからシャーロットは行動を開始したのだ。
その証拠にキースたちの配置が微妙に変わっている。
(ま、使えないヤツは放っといて、私は私でお姉様の役に立つわ)
アデルは艶やかな笑みをゆっくりと浮かべて、目的を果たすべく踵を返した。




