14.『悪癖』
少々気分の悪い表現があります。
苦手な方はお気を付け下さい。
「貴方が犯されたと知れば、殿下も目を覚ますでしょう」
色をなくした顔でこちらを見つめる蒼の瞳が、驚愕と怯えでいっぱいになったことにトール―正確にはトール=ヴェニエスに成り代わっている者だが―は至極満足した。
これは持論だが、女が美しいのは幸せそうに笑う時と絶望を目の前にしたときの顔だと思っている。
自分の下で苦しそうにもがいている少女の顔は、極上だ。
凛とした姿も美しいが、今は格別な色香を放っていた。
「貴方の、目的は・・・・私を除して、代わりに貴族のご令嬢を、上座に据えること・・・ですか」
「依頼主の思惑はそうでしょうね。僕はその部分には興味ありませんが。まあ、つまり僕の『悪癖』と利害が一致した、ということでしょう」
青白い顔が悔しげに歪められる。
男は、ぞくぞくとしたものが背中を駆け上がるのを感じた。
美しい。本当に、美しい。
『悪癖』とは言ったが、それが悪いとは男は微塵も思っていなかった。
今まではあたりさわりのない身分の女たちを自分の『悪癖』をもってして殺していたが、そこに罪悪感はなかった。
興奮と、虚無と。
満足感と、脱力感と。
自分は狂っているんだと、冷静な自分は断じていた。
それを抑制しなくてもいい、と、キツネ目の男は言ったのだ。
心の底から楽しそうな声で、優しく、まろみを帯びた口調で。
キツネ目に会ってから、男は過去のことを冷静に考えるのはやめた。
気持ちの赴くままに、言われるがままに。
キツネ目は監視しているのかと思うくらいに、男の欲求が高まる頃合いに女を連れてきた。
そして先日、キツネ目はあの楽しそうな声で言った。
『貴族の、極上の娘に会いたくないかい?』と。
今まで殺してきた女もそれなりに美しかった。
だが、さらに美しいという。
男は会いたかった。
その少女を絶望に染め、愕然とした表情でこちらを見てほしかった。
だから、少女の名前を聞くことも、どのような身分の貴族なのかも気にしなかった。
そして、それなりに貴族に見えるような極意を教えてもらい、このお茶会に忍び込んだ。
美しい銀髪の少女。
男はすぐに少女を気に入ってしまった。
静かで、貴族然として、上品で、美しく、そして甘い。
そう、だから男はいつも通りに、女を組み敷いて瞳を覗き込んだのだ。
「ほら、悲しいだろう?悔しいだろう?そうだろう!」
今までの女は涙を瞳にいっぱい浮かべたり、助けてくれと懇願してきた。
この少女もそうなのだろうと、男は期待する。
少女は目を伏せていた。
悲しくて、現実を直視できないのだろうか?
怒りで、目の前が真っ暗なのだろうか?
「何か、言い残すことがあれば言うといい。かわりに伝えてあげましょう」
悲鳴も上げず、涙も見せない少女に違和感を抱きつつも、現実が受け入れられないだけだろうと男は納得した。
殺す直前に、男は必ずこの言葉を述べる。
そうして、女が口を開く瞬間に殺すのだ。
このときの女の顔が一番美しい。
「さあ、美しい御嬢さん?」
蒼の瞳がこちらを見る。
さあ、願いを口に出すといい。
男は、口の端が吊り上るのを感じた。
ひたひたと、満足感が男に押し寄せる。
さあ、早く。
早く早く早く早く早く!
「・・・・・・・・・・なるほど、傑作だな」
少女は静かに言葉を発した。
トール(の偽者)は、あまり後先考えない方向のお馬鹿さん。




