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10.戦況はいまだ優雅

「アデル様、シャーロット様はどんな方ですの?私、噂でしか知らないものですから」

「なんでも、非常に剣が得意な方だとか。騎士団に所属するほどの腕前ですものね」

「やっぱり殿下がお見初めするくらいですもの、とても美しいのでしょうね」

「まあ、アデル様よりも?」


くすくすと扇に隠した口元から零れる笑みは、アデルにとって気分の良いものではない。

次から次へと繰り出される言葉は、やはりどこかに皮肉めいていて傲慢なものばかりだった。

シャーロットが騎士であることは貴族中に知れ渡っていることだ。

知らないわけがない。

だというのに、わざわざ口に出すというのが、いかにも貴族のやり方だ。

やはりシャーロットが殿下の恋人であるということが気に食わないのか、お茶会のどこを見渡してもその話題で持ちきりである。

それもそうだろう。

お茶会に招かれた者は、いずれも最近殿下にやたらと貢物をしたり、娘をけし掛けたりと熱心な貴族ばかりだ。

狙っていた獲物を横取りされたようなものだ、いい気分はしないだろう。

ここに集まっている者は社交界の頂点であるアデルには媚びへつらうが、シャーロットのことは見下しているため平気で悪口を言う。

シャーロットにとって、このお茶会に味方は1人もいないのだ。


「お姉様とは、あまりお会いしませんの。近頃はずっと戦場に行っていたようですし。それにわたくし、あまり血なまぐさいものは好きじゃありませんから」


甘い笑みを浮かべて、アデルはばっさりと切り捨てた。

自分も例外ではない。

社交界に君臨する自分は、シャーロットにとっては一番の敵なのだから。


「ですから、殿下がお見初めになったという話を聞いて驚きましたわ。きっとお姉様の戦場に立つ姿を見て、勝利を運ぶ女神だと殿下がお思いになったのかもしれませんわね」

「あら、勝利を運ぶ女神だなんて、お上手ですわアデル様ったら」

「でも、殿下にとっては一番の貢物ですわよ」

「とても野蛮な方法ですのにね!」


アデルの言葉に、またくすくすと娘たちが笑う。

社交界では、言葉を飾り立てるほど皮肉となる。

笑顔で、皆残酷なことを口にしては笑うのだ。


「あら、あのお姿は殿下ではないかしら?」


誰かの声に会話が途切れたことにほっとして、皆の視線の先を追った。

瞳の色に合わせたかのような、深い緑の洋服を着た殿下は隣に寄り添う淑女に恭しく手を差し伸べる。

その手を取った淑女は、お茶会に参加した貴族に瞳を向けた。

碧色の瞳が煌めくのを、アデルは確かに感じ取った。

ここは戦場なのだと、瞳が告げている。


「皆、このたびは私主催のお茶会に来てくれたことに感謝する。貴殿らに、紹介しよう」


ディオンの伸びやかな声が庭園に響き、それを合図にシャーロットはふわりと一礼する。

その完璧な所作に多くの者は驚き、また呆気にとられた。

アデルやウィルヘルム、その他わずかな者だけが表情を変えずにじっとシャーロットを見つめる。

貴族の値踏みするような目線を気にすることなく、シャーロットは顔を上げた。


「ディオン次期陛下の恋人の、シャーロット=イーデン=グレンヴィルです、以後お見知りおきを。皆様、本日は美しい庭園と素晴らしいお茶会をお楽しみになってください」


次期陛下の恋人、と強調するようなアクセントに娘たちはざわめき立ち、ほかの貴族たちは悔しげに顔をゆがめた。

シャーロットのこの一言で、戦場の火蓋は切って落とされたのである。



■■■



(ずいぶんとまた・・・・・・・煽ったな)


ウィルヘルムは妹の平然とした態度に、苦笑を漏らした。

普段は感情が表に出ないせいか、冷めた性格だと思われがちだが、シャーロットは結構好戦的だ。

そして、戦場においての敵の煽り方もよく熟知している。

シャーロットにとって、今のこの状況は予想通りだろう。

ディオンの周りには貴族の当主が群がり、シャーロットは娘たちに取り囲まれてねちねちと嫌味を言われている。

アデルは離れたところで、我関せずと言わんばかりに若い男たちと話に花を咲かせていた。

皆、最初は騎士姿とは違うシャーロットに驚きはしたものの、貴族たちはすぐにシャーロットを敵とみなした。

髪が灰色ではなくなっても、それは単にシャーロットを貶める要素が減っただけの話だ。

それならば、違うところを突けばいいとばかりに娘たちの目は厳しくシャーロットを見ている。


(それよりも・・・・)


たぶん、シャーロットにとって予想外な事態は第三騎士団の方だろう。

殿下直属であるからにはお茶会の護衛も当然第三騎士団の役目になる。

事前にシャーロットが恋人として出席することは団員にも知らされていたが、あまりのシャーロットの変わりように全員が呆然としていた。

驚きもせずににやにやと笑っていたのは、キースくらいだ。

これで使い物になるのやら、という呆れた視線に気づいたのか、キースがさりげなく団員に声を掛けて回り、団員も今はだいぶん落ち着いている。

いまだに動きが少しおかしいのは、赤髪の青年くらいだ。

今も、右手と右足を同時に出して歩いている。


「よっ!ウィル、久しぶりだな!」


キースがにやにやしたまま、近づいてきた。

顔はなかなかに美丈夫なのだが、なにせ大柄なので非常に目立つ。

ウィルヘルムは内心げっそりしながらも、「ああ」と返事をした。

昔からの知り合いだ、遠慮することは何もない。


「僕の可愛いシャーリーを見て呆然とするのはいいけどね、いざという時に使いものにならなかったら怒るよ?」

「そりゃ大丈夫だろ。戦場では予想外の出来事ってのは付きものだからな。その点、俺たちはすごーく慣れてる」

「にしたって、シャーリーの姿に驚き過ぎじゃない?女見る目に問題ありすぎでしょ。普段のシャーリー見てたら、あれぐらい予想できそうなものだけど」

「あのなあ・・・・こっちは男所帯だし、シャーロットを女としてじゃなくて上司として見てるからな全員。まあ、あんな姿一回もしたことないし、驚くだろ」


妹好きもそこまでいくと病気だなー、とキースは若干白い目でウィルヘルムを見やった。

ウィルヘルムは、シャーロットの動きを目で追いながら、ふんと鼻を鳴らして答える。


「ほら、そろそろ始まるぞ。しっかり頼むぞ、団長」



■■■



「どうやって殿下とお知り合いになったの?」

「とても綺麗な銀色の髪ね。髪染めを探すのが大変だったでしょう」

「そのドレスも殿下からの贈り物なんですってね。随分と甘え上手だわ」


美しく飾り立てた少女たちからは、様々な甘い匂いが立ち上っている。

シャーロットはその人工的な香りがあまり好きではなかったが、輪の中心から抜けられないため我慢しながら嫌味を受け流していた。

せっかく美しい薔薇がすぐ側にあるのに、誰も見ようとしない。

こんな非生産的な会話に何の意味があるんだ、とシャーロットは呆れた。


「ほらほら、皆さん。そんなに一気に捲し立ててはシャーロットが疲れてしまいますわ」


シャーロットを中心に立っていた壁がざっと引き、代わりに美しい赤色が目に飛び込んできた。

素早く、シャーロットはお辞儀をする。

忘れようもない赤色だ。


「久しぶりね、シャーロット」

「ええ、グレイシアも・・・・・ますます美しくなったわ」

「あら、うふふ。少し会わない間にお世辞が上手くなったものね」


見事な赤い髪を持つグレイシア=グレーブスは口に笑みを張り付けたまま、シャーロットを品定めするように見た。

見る人が見れば、目が全く笑っていないことがよくわかる。

対するシャーロットもグレイシアの態度に慣れているのか、平然としていた。


「よくここまで化けきったものだわ。貴方をそれらしく飾り立てるのに殿下も相当苦労なさったでしょうね」

「さあ?どうかな。あいにく、私は贈り物には口出ししていないのでね」


グレイシア=グレーブスは、この間第三騎士団を笑いものにしようと画策したグレーブス公爵の娘だ。

シャーロットとグレイシアは同い年のためか、昔からことあるごとにグレイシアが突っ掛ってきた。

やり口も親子揃ってねちねちとしており、そのあまりの似様にはいっそシャーロットすら感嘆してしまう。

昔、とある夜会で『身長が高いからドレスが似合わない』とシャーロットに言ったのは、何を隠そうグレイシアだった。

こんなところで再会するとは思っていなかったため、一瞬シャーロットの素が出てしまった。

にやり、とグレイシアが笑う。

彼女は自分の小さな失態を見逃してくれるほど、甘くはない。


「騎士団に入ったと聞いたときには驚いたけど、随分馴染んでいるじゃない。あら、もしかして団員にも媚びているの?」


グレイシアの言葉に、輪を作っていた娘たちがきゃあきゃあと声を上げる。

何事かと殿下の周りにいた貴族もこちらを向いていた。

グレイシアが優雅な足取りで、シャーロットの耳に口元を寄せる。


「貴方、いったい何人の男と寝て、殿下まで漕ぎつけたの?それとも身体で殿下を誑かしたの?」


昔からグレイシアはシャーロットを詰るときには、秘密の話をするかのように耳元で呟くのだ。

シャーロットが思わず一歩下がると、にやりとした笑みをいっぱいに浮かべて見下したように見やる。

紅いルージュが歪む様に耐え切れず、シャーロットは思わず目をそらした。

しかし、シャーロットは確かに見たのだ。

侮蔑と羨望でいっぱいになっているグレイシアの瞳を。


「ねえ、是非とも教えてちょうだいな、シャーロット。貴方と私の仲でしょう?」


ここは戦場だ。

味方が1人もいないこの状況で、シャーロットはそれでも勝たなくてはいけない。

今までどんなに不利な戦況でも、活路を見出してきた。


『お茶会でも殿下に勝利を捧げてみせましょう』


殿下に誓ったあの言葉は自分の騎士としての言葉だ。

それを曲げることは、許されない。

逃げ出すことなど以ての外だ。

シャーロットは静かにグレイシアを見返した。

今は、殿下の恋人だ。

恋人として相応しい言葉で、そして、徹底的に相手を潰す言葉で。


「・・・・・・・あの」

「失礼、レディ。あちらに珍しい薔薇があるそうですよ、よろしければ一緒に如何ですか」


シャーロットが口を開いた瞬間、優しい声が背後から降ってきた。




シャーロット、ファイト!!

次回の更新は12時です。

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