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9.騎士としての灰色

「ふふ、お姉様とっても美しいですわ!」


お茶会当日。

殿下からの贈り物であるドレスを着たシャーロットは思わずため息をついて、馬車を降りた。

いつもは入り慣れている王宮の門も、何か違うように見えてくるのだから不思議だ。

隣では、頬を上気させて「お姉様素敵です」と繰り返すアデルがにこにこと微笑んでいる。


「いや、やっぱり、なんか・・・・・騎士服で」

「いけません、お姉様!今日はそのドレスでないと意味がないと仰ったのはお姉様ですよ?これを機会に、見る目のない男達に見せつけてやればよいのです」

「見せつけはしないけど・・・・」


今日のお茶会は、いつものように2人きりではない。

アデルとウィルヘルム、それにある程度高位の貴族が集まるお茶会なのだ。

執務室の扉の閉まる音を聴いても、演技をやめることはできない。

だが、騎士でいることもできない。

自分はあくまで殿下の恋人として出席し、振る舞わなくてはいけないのだ。

それが、シャーロットには重荷となっているのは明白だった。


(ほんとうに、大丈夫だろうか)


今日のシャーロットは騎士であるときとは雰囲気がガラリと変わっている。

それはドレスの効果も大きいし、何よりアデルが自ら髪を結ってくれたのでいつものように風に遊ばせていない。

しかし、慣れない髪飾りやヒールが、ずしりとシャーロットにのしかかっているようだった。


(いや、そんなことを考えている場合ではない)


ハっとして思考から抜けると、いつの間に執務室の前に来ていた。

アデルは一足先に庭園にいる、と言って別れたが、そこから記憶がない。

どうやら、深く考えに沈みながらも足はしっかりと執務室に向かって歩いていたようだ。

習慣とは恐ろしい。

衛兵に取り次ぎを頼み、扉の前でじっと待つ。


「殿下。シャーロット様がいらっしゃいました」


執務室付のメイドの声が、扉の向こうから聞こえた。

とても美味しい紅茶を入れるメイドだ。

そのことを思い出し、自然と心が温かくなる。

ギィ、と扉が少しずつ開くのを確認して、シャーロットは静かに腰を折った。


「ごきげんよう、ディオン様」


今は、騎士ではない。グレンヴィル家の淑女だ。

静かに顔を上げて、シャーロットは目を細めた。



■■■



目の前にいる少女はいったい誰なのだろう。


ディオンは扉が開いたと同時に固まった。

蒼色のドレスを纏う少女が顔を上げて、しっかりと自分を見る。

碧色の瞳はなぜか、戦場に行くかのような決意を秘めていた。

薄く化粧を刷いた顔は、いつもより艶めかしくそれでいて人形のように完璧だ。

ドレスはシャーロットの身体にぴたりと馴染み、細い腰を鮮明にしている。

しかし、それ以上にディオンはある一点に釘付けになってしまった。

普段のシャーロットとは決定的に違うものが、ある。


「シャ、シャーロット・・・・・・・」

「はい、ディオン様」

「い、いや・・・・なんでもない。行こう」


腕を出してシャーロットをエスコートしながら、歩き慣れている廊下を進む。

隣にいるシャーロットは動揺もなく落ち着いており、いつも通りの無表情だ。

思わず、ディオンは呟いた。


「お前の髪色は、白銀だったのか」


碧色の瞳がこちらを向き、また前へと戻される。

諦めや呆れが混じったため息が、シャーロットの口から洩れた。


「鍛錬や戦場では土や埃がひどいですから。特に私の髪は汚れが付きやすいようで、すぐに灰色になってしまうのです」

「灰色じゃないと、否定すればよいものを」

「私の髪が灰色じゃないときは、騎士の働きをしていないときということになりますから。騎士としてはアレでよいのです」

「・・・・・・無欲は身を滅ぼすぞ」


シャーロットは騎士としての領分を何より大切にしている。

ならば、美しい白銀ではなく、騎士の灰色を自ら選んでいるのかもしれない。

その証拠に、シャーロットが灰色の髪を恥じることは一度もなかった。

そっと隣を見ると、白銀色の髪が静かに輝きを放っている。

こんなに美しいのに、と思わずディオンは考え、自分の伸ばしかけた手にハッとして腕を下した。

シャーロットが不思議そうにじっと見つめている。


「無欲ではありません。無欲では、戦場で剣を振ることはできませんから」

「あのな・・・・言っておくが。今から行くのは、戦場じゃなくお茶会だからな」

「似たようなものです。お茶会でも殿下に勝利を捧げてみせましょう」

「・・・・・ああ」


しゃらり、とシャーロットの髪飾りが鳴る。

その音がやけに響くのを感じながら、ディオンは詰まりながらも頷いてみせた。

それに満足したのか、シャーロットは唇に薄く笑みを浮かべる。

誰がみてもわからないような、笑み。

しかし、ディオンはそれに気づいて、目を丸くした。

確かに、今シャーロットは微笑んだのだ。


「おまえ・・・・・」

「なんですか。それと、私の名前はシャーロットですよ。お忘れなきよう、ディオン様」


思わず声をかけると、シャーロットはひんやりとした顔に戻った。

あの一瞬が嘘だったかのような完璧な無表情である。

ただ、瞳だけは隠し様もないほどぎらぎらと輝いていた。

まるで、獲物を狩る鷹のように。


(ああ・・・・・・・・そうか)


先ほども言っていたではないか。

お茶会は戦場と似たようなものだと。

シャーロットは、戦場での昂揚感を今持っているのだ。

そして隠しきれていない。


「はあ・・・・・・」

「ディオン様、どうしました?気分でも優れませんか」

「いや、頭が痛い・・・・・・」


あの僅かな笑みはお茶会が楽しみなわけでもなく、ましてや自分との会話でもなく。

根っからの、騎士として勝利を渇望する笑みだったのだ。

ディオンは己が少し喜んだことに絶望し、がっくりと肩を落とした。


「??」

「本当に大丈夫ですか?無理なさらないほうが・・・・」

「いや、大丈夫・・・大丈夫だ!」


そして、がっくりとした自分にさらに驚愕してしまうのだった。






執務室を出てから、2人の会話を一部始終聞いていたウィルヘルムとメイドのミランダが若干白い眼で見ていたことも知らずに。

次からは、戦場・・・もといお茶会編!


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