序章
此処、パーシヴァル国は数ある大国の中でも一位を争う豊かさで知られている。
環境もさることながら、軍事力も強大であり、戦をすれば必ず勝利を掴んでくるという強豪ぶりだ。
その力を統括する国王が唯一全幅の信頼を置く側近、アンガス=グレンヴィルは賢臣と名高く民にも厚く支持されているが、変わった性格でもあった。
その一つが、妻についてである。
賢臣は優秀な者を未来に多く残すべく、地位に関係なく素晴らしい女性を妻にしては子をなした。
現在は、第一及び第二妻姫が亡くなったため第三の妻がいるのみだが、賢臣の子は全部で7人。
賢臣は子が生まれる度に「自分に向いている分野を理解し、その得意もするものを生きる上での武器とせよ」と説いた。
そのためか、賢臣の子は皆それぞれの場所で活躍することとなる。
第一の妻ヒルダの子、ウィルとイザベラは政治面で、第二の妻エスターの子、シャーロットは剣の道へ、第三の妻クリスタベルの子、アデルは社交界の花形に、さらに最近は双子であるリズとエリオットが己の道を決めるべく奮闘中である。
そんな賢臣を親に持つ第二の妻の子、剣の道を極め王宮の騎士にまで登りつめたシャーロット=イーデン=グレンヴィルは、自身の置かれた状況を思い返し小さくため息をついた。
■■■
「よし、ここは完全に制圧した!!イーデン、もういいぞ!」
こくりと頷いて、シャーロットは侵入してきた敵国の兵士を切り捨てた。
パーシヴァル国は大国ではあるが、敵も多い。
敵の動きを察知しては未然に大きな戦を防ぐべく、敵を潰すことがシャーロットを始めとする第三騎士団の役割であった。
「いやーおつかれ!」
「お疲れさまです、団長」
団長ーキース=ライアンを見上げると、ライオンのような顔で爽やかな笑顔が返ってきた。ただし、顔に血飛沫付きで。
「‥‥‥‥、そのまま帰還することをおすすめしません。顔を洗ってきてください」
奥方が逃げ出しますよ、と付け加えると、キースは慌てて水場へと走り出した。
その滑稽な後ろ姿を眺めながら、先ほど交戦中に届いた伝令を思い出し、ぐっと目に力を入れる。
『第三騎士団に是非とも労いの言葉をかけたい。今夜の王宮のパーティーに帰還とともに駆けつけよ』
つまり、着替える間も惜しんで来いということだ。
王宮のパーティーに埃や血にまみれた騎士服で行けばどうなるか、わからないはずはないというのに。
「イ、イーデン副団長、こえー‥‥」
「普段ですら無表情だし、目も鋭いからなあ‥‥美人なのにな‥‥」
騎士団の自分への評価は割と聞き慣れているし、間違ってはいないので聞き流した。
確かに、シャーロットは自分でも目つきが悪いと思うし、あまり感情を表に出さないせいか怖がられることが多い。
女にしては高い身長のせいもあるかもしれないし、女の身で剣を振るということも原因があるのだろう。
だが、これはシャーロットが選んだ道だ。
だから後悔していないし、気後れもしない。
そもそもグレンヴィル家の人間に、気後れなどという可愛い性格の持ち主がいない。
(いや、リズは違うか)
シャーロットは一人の妹の姿を思い出して、ふと微笑んだ。(実際には顔に表れていないが!)
いつも遠慮がちでおとなしい性格の妹は、今までのグレンヴィル家にはない育ち方をしている。
双子のエリオットは音楽の道に進むことに決めたらしく、リズは自分はなにをやっても駄目なのだと落ち込んでいた。
「おーい、おまたせ。で、どうする?パーティー」
戻ってきたキースに一瞥をやり、シャーロットは冷ややかな笑みを明確に浮かべた。
「もちろん、上の命令にしたがうとも。ただし、それ相応の対価は払って戴くが」
「おお、さすがグレンヴィル。やることがえぐいなあ。だが、全面的に賛成だ」
キースは馬に乗るとにやりと笑った。
団長の許可も下りたので、シャーロットも冷ややかな笑みのまま騎乗する。
愛馬であるミリセントは心得たかのように静かに走り出した。
「ミリセントには悪いが飛ばす。パーティーに間に合わなかったとは洒落にならない」
まあ確かに、と返したキースを見るなりあることに気がつき、シャーロットは片目をすがめた。
「キース、相変わらずだな」
キースは騎士服が水を被ったかのようにびしょぬれだ。
さらに一度ほどかれたらしい騎士服のタイは、よれよれと結ばれている。
よく見れば、シャツのボタンも掛け違えていた。
(‥‥‥‥‥‥ひどすぎる)
シャーロットが幼い頃からキースとは顔見知りの仲だが、この悪癖が治る様子がない。
最近は奥方がフォローしていたため、あまり露見することがなかったのだが。
「え、なんか変か?シャーロット」
つまり、第三騎士団長は生活面では割とポンコツなのである。
王子出ない‥‥‥‥!
一応、王道の恋愛ストーリーを軸に考えています。
王子出てないけれども。
こんな感じでところどころふわっとしていますが、おつき合いいただければ幸いです。