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一話物語  作者: 虹乃 咲
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春を迎える国(2)


 美琴はこちらに来てから、もう何度目になるか分からない溜息をついた。暖かい風が吹いて美琴の溜息をかき消したが美琴の心は晴れそうにない。


「本当、ここどこなの?」


 理由も分からずにこちらに落ちてきて、よく分からないが春姫と呼ばれる姫のお世話をしている。洗顔の用意やシーツ換えという侍女の仕事はもちろんのこと、親鳥のようにご飯を手ずから与え、添い寝やずっとアリニャートに抱きつかれるなどは、最早侍女の仕事の範囲を超えているはずだ。

 そして極めつけは、まるで射殺さんとばかりに鋭い国王の憎悪に満ちた瞳だ。なぜかアリニャートの前では大人しくしているが、アリニャートが離れた瞬間に美琴に悪態をつく。

 まるで子供のような仕草に笑えはするが、毎回悪意を向けられる美琴にとってはたまったものではない。そろそろ疲れてきたのだ。

 確かに出自も明らかでなく、変わった衣装をしていた美琴を拷問をかけることなくに置いてくれるのは有難い。しかも三食+お菓子付き+寝床付き、でだ。


 他の侍女達に聞くと、なんだかアリニャートの亡くなった侍女に美琴が瓜二つであるためにアリニャートが懐いているらしい。懐くにしても毎回こんな風では亡くなった侍女もさぞ大変だっただろうと思う。


「癒しがほしい、癒しが」


 もちろん、アリニャートも猫のように擦り寄ってきて可愛らしいと思うが美琴が求めているものは人間ではない。アニマルセラピーなのだ、欲しいのは。

 そう願っていると美琴の願いが届いたのか近くの茂みが揺れ、そこから小さな子犬が顔を出してきた。


「わぁ、可愛い」


 草の陰に隠れて、こちらを伺っている泥まみれの子犬。どこから来たのだろうかと思うが今はそんなこと、どうでもよい。


「おいで」


 そう言って手を差し出すも子犬は唸り声を上げるだけで、こちらに近寄ってこなかった。

 仕方なく、美琴は後で食べようと思っていた今日のオヤツを少し分けてハンカチの上において、アリニャートの元へ行った。

 アリニャートの朝ごはんを食べさせ終え、先程の場所を通ると子犬が尻尾をはちきれんばかりに振っていた。


「可愛いなぁ」


 そう呟きながら、子犬を抱き上げると、泥が乾いていなかったらしく自分の服も汚れた。


「げ、怒られる」


 アリニャートもまだ支度中だから早く戻らねばと思い、とりあえず自分の部屋に匿おうと足早に去ろうとすると後ろから声がかかる。


「美琴様」


 後ろ手で子犬を隠し、呼ばれた声に振り返るとエヴァリートとアリニャートがいて、アリニャートがいつものように勢いよく抱きついてきた。

 あっ、と思った時には子犬が飛び降りてアリニャートと対峙していた。

 アリニャートが物珍しそうに首を傾げると子犬はアリニャートに吠える。アリニャートが好奇心から近寄ると美琴にすり寄って逃げる。アリニャートに盛大に吠えちらかしているので、美琴が子犬を抱きかかえるとアリニャートが目を見開いて頬を膨らました。

 その様子を見てエヴァリートがぽつりと声を発する。


「美琴様」


「うっ・・これは違うんです、エヴァリート様。この子を先程見つけて戯れていただけです」


「なら処分いたしましょう」


 笑顔のままエヴァリートが言うので悪寒を感じて後ずさる。


「あなたは姫の機嫌を損ねることをしたいのですか?」


 その言葉に促されるように空が灰色の雲に覆われてきている。

 アリニャートを見ると、頬をこれまでかと膨らませており、見るからに機嫌が悪いと示している。


「アリニャート様? でも可愛らしいと思いません? ほら見てください」


 エヴァリートが恐ろしいためにアリニャートを懐柔して癒しを手に入れようと近付けると、アリニャートが上目遣いで美琴を見て、子犬をそおっと見る。

 ゆっくりと手を伸ばして撫でようとすると、


「あっ・・・」


「っつ・・・・!!」


 子犬がアリニャートのシミ一つない白い手を噛んだ。


 その瞬間、空から雨が降り出して、辺り一面ゲリラ豪雨となり、エヴァリートは大粒の雨に頭を濡らしながら笑っていた。

 その視線は明らかに美琴を見ていて、美琴は喉をひきつらせた。


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