春を迎える国
異世界から来たのに侍女をやらされる×腹黒宰相?
口のきけない姫様×俺様国王?
的な??
あれだけ温かな陽の光と生き物が新緑の目を食べていたというのに、たったの一週間でこれだとは、と宰相エヴァリートは胸中で溜息をついた。これもあの馬鹿な前王の出来心によって招かれたものだというと頭が痛くなった。
あれほど生命を感じさせる庭も今は白い衣装を被っており、伊吹を感じさせない。
今は前王を廃し、新たな王がスズリャートを宥めているが、やはり件の侍女ではないと駄目らしい。王自ら食事を与えているというのに身体が受け付けないのか全て吐きだす。辛うじて薬で今はもっているものの、最早死の訪れを待つほかない。
また国の対策をせねば、と踵を返した時に、ふとエヴァリートは顔を上げた。
微かな声が空から聞こえてくる。
「ーーーーぁぁぁぁあああああああああ!!」
どんどん声が大きくなってきたと思うと庭の木に声の主が勢いよく落ちてきた。幸い木の上にかかっていた大量の雪のおかげで死ぬことは免れたようで、その人物は雪の中から顔をだした。
その顔を見た途端エヴァリートは僅かに目を見張った。
「ーーこれはこれは」
エヴァリートは口元に手を当てて浮かべた笑みを瞬時に隠した。
それに気付かずに女は震えながら辺りを見渡している。
「ここどこよ、いきなり地面に穴があいたと思ったら落ちてきて、ていうか寒いんだけど! なんで雪がこんなところに積もっているの? うう、今は夏でしょ?」
ノースリーブで短パンという井出立ちで近くのコンビニエンスストアへ行こうとしたところだったのに。一気に冷えた身体を少しでも温めようと腕をさすりながら周りを伺うと目の前に綺麗な人がいた。
灰色の髪を緩く結っていて切れ長の目、瞳も灰色で、なんだか、この世の者じゃない位に綺麗。だけどなんだか瞳が笑っていなくて、ひどく冷たそうで寒そう。
「女の人?」
「いえ私は男ですよ。それより、あなたはどこから? 今、落ちてきたように思ったのですがどうやって?」
「え、いや・・えっと、その、どうしてでしょうね?」
明らかに自分の知っている場所ではないこの地。どこからって道路にあいた穴から?
「まあ、いいでしょう。このようなところでそんな薄着では風邪を召しますよ」
そういうとエヴァリートは空から落ちてきた少女ーー新名美琴ーーに近寄り自分が羽織っていた上着をかけてくれた。
あれ、優しい人だなあ、と美琴は思いながら、礼を述べた。
「とりあえず、あなたには会って頂きたい人がいるのですが」
「いえ、その、は?」
言いたいことは山ほどあるというのに何から話してよいのか分からずに口を開閉させる。
というか、いきなり会って頂きたい人とは誰なのか。そのような人物に心当たりがない。
「あなたについての尋問はとりあえず後にしましょう。明らかにそのような薄着では武器も持っていないようですし、何より警戒心が無さ過ぎる」
「はあ、そうでしょうか」
美琴は首を捻る。生まれてこの方、詐欺にあったこともないし、騙された経験も無いというのだが。
エヴァリートの少し速い歩きに走りながら後ろに続く。廊下を歩いていると脇の侍女達がぎょっとした顔で美琴を見るが美琴は彼の後ろについて行くだけで精一杯で気付かなかった。
どこかの部屋の前についたと思ったら衛兵が2人、仰々しい扉の脇についていてエヴァリートを見た後に美琴を見る。やはり美琴をぎょっとした顔で見るが、エヴァリートは首を微かに振って開門を促した。
美琴もその扉をくぐると大きな部屋であった。自分の部屋の4倍はありそうな部屋に大きなベッドがある。
そこに線の細い女性がいた。横を向いていて扉が開いたというのに何の反応も示さず、ただベッドから身体を起き上がらせて、どこか遠くを見つめている。今にも死にそうな表情で本来の美しさが見えなかった。
「アリニャート様」
エヴァリートが名前を呼ぶも反応も示さない。エヴァリートは溜息をつくと美琴に「彼女の手を取って何か声をかけて下さい」という。
初対面でなかなかの難題をかけると思う。どう見ても身分の高そうな女性に触れてもいいのだろうか、困惑したがエヴァリートが促すので近くに寄って彼女の手をとる。
彼女の手は細く本当に骨だけだ。手を優しく握るも、反応を示さないので声をそっとかける。
「え、と、アリニャート様?」
そう囁くとアリニャートはこちらに顔をむけた。そうだと思ったら急に顔に生気が戻ったように頬が赤く染まって、手に力が入った。
「ーーっつ!ーーーっつ!」
何だか凄く喜んでいるようだけど訳が分からない。嬉しそうだけど声が出ないようで美琴に勢い良く抱きついてきた。
「えと、あのーー?」
頭がそろそろパンクしそうなので誰か説明をしてほしいと思い、エヴァリートに顔を向けるが彼は微笑みを浮かべて侍女を呼ぶ様に衛兵に言っていた。
「ああ、良かった。では、あなた、そのまま姫に食事の提供をお願いしますね」
「いや、あの意味が分からないんですが」
「説明は後で。とにかく姫に食事をさせないと。もう一週間も食べていないのです」
一週間、どんな過酷なダイエットなんだと恐ろしく思うが腰に抱きついた腕は美琴から離れることがない。うーんと、と頬を掻きながらお嬢様の髪をそっと撫でると彼女は擽ったそうに身をよじった。
え、何この可愛い生物。家に持って帰りたいんですけど。
すぐさま、食事の用意ができたようでベッドの脇に置かれる。
そのままお姫様が食べると思っていたら、彼女はじっとこちらを見つめている。
「えーと、食べないのですか?」
「彼女はあなたの手ずからではないと食べられないのです」
エヴァリートがそう言うので、否定しようと思ったら、行き成り後の扉が勢いよく開いた。茫然と見ていると金髪の猛禽類を匂わせるような男が肩を怒らせながら此方に近づいてくる。初めて見る顔に困惑すると男が口を開いてきた。
「お前は誰だ、何の目的でここにいる?」
「目的!?」
「陛下」
エヴァリートが諌めるものの、彼は鋭い視線で美琴を貫く。美琴が緊張したのが分かったのかアリニャートは陛下を睨んで呻る。
「いや、すまない。アリニャートの好きなように」
そう優しい声で言いながらも美琴に向けてくる視線が痛い。
「おい、お前、早くアリニャートに食べさせろ」
「食べさせろ、と言われても」
何でこんなことに、と思いながら仕方なく美琴は匙を取ってお粥らしく食事を掬ってアリニャートの口元に持って行く。
するとアリニャートは満面の笑みで口を開けてお粥を食べた。
何だ、この生物!くそう、餌付けしているみたいだ。家に持って帰りたい。
「くそっ」
金髪の陛下と呼ばれた男の怒声が恐ろし過ぎて横を向けない。もう、なんなんだ、誰か切実に説明が欲しいと思う。
そんな美琴の困った表情を読み取ったエヴァリートが口を開く。
「さて、あなたはどこから来たのですか? ああ、アリニャート様に食事を与えながらでお願いします」
手を止めそうになった美琴を見て諌める。美琴はアリニャートに目を向けながらもエヴァリートの質問に答えた。
「私もわからないんです。コンビニに行こうと思ったら地面に穴が開いて、それで・・ここに」
「嘘をつくな、どこから来たんだ。貴様、間者だろう?」
「間者?」
「・・どうやら、陛下。この方は何も知らないと考えます。私が見た限り、彼女は空から降ってきましたから」
「空から、だと?」
「ええ」
言いようのない沈黙が辺りに漂う。聞こえるのはアリニャートがご飯を咀嚼する音だけだ。
美琴にも何がなんだか分からないのだから説明の仕様がない。とにかく落ちてきた、それだけだ。
「まあ、いいではありませんか、陛下。彼女にはこの方が必要なようですし」
そう言いながらアリニャートをちらりと見る。アリニャートは嬉しそうにご飯を頬張るのに夢中だ。
「アリニャートがそれで良いのなら」
なぜか陛下も苦々しく妥協するのだが、美琴は待ったをかけた。
「ちょ、困りますよ! 私、帰りたいんですが」
「なら、監禁、拷問の方が宜しいですか?」
「はい?」
何爽やかな顔して怖いこと仰っているのですか? 空耳ですよね。
「勝手に城内に侵入したのです。普通ならこのような待遇ですが、そちらの方がお好みでしたか?」
「・・はい?」
「残念ですね。アリニャート様のお世話をして頂けるならば身分も保証しますし、温かい食事や寝床が提供できたのですが・・」
「はい! 私、アリニャート様のお手伝いを望んでいます」
「そうですか、喜んでお世話して頂けるなんて嬉しい限りです」
HAHAHAと乾いた声でそれに答える。ちょっと、この人、怖いよ。怒鳴るだけの陛下より断然、こっちの方がやばい。
美琴の笑い声に感化されたのかアリニャートもクスクス笑っている。いや、あの、そこ笑うとこじゃないんだよね。誰かに突っ込んで欲しかった。