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一話物語  作者: 虹乃 咲
3/6

不良と優等生

現代恋愛物語

まったり感満載ですね




 早朝、誰もいない朝の教室は好きだ。静謐とした雰囲気が自分を包むのを直に感じられ背筋が自然と伸びる気がするのだ。

 静菜(しずな)がロッカーの上の花瓶に花を刺していると荒っぽくドアが開かれる。


「おはよう」


「・・ああ」


 静菜が声をかけるにも返ってくるのは空返事。

 返事など期待をしていなかった静菜はちらりと相手を見る。静菜の視線の先には背が高いため周りから高圧的に見え、色々な誤解を生んでいる男子学生がいる。着崩している服装のせいでもあるが茶色に近い髪と無表情な顔で人が避けるのは李緒(りお)だ。李緒はそのまま自分の席に座ると鞄を乱暴に置いて椅子に座る。


「宇東君、昨日は数学の先生がテストに出るプリントを配ってくれたから机の中に入れて置いたよ。あと授業参観の紙も」


「・・ああ」


 静菜は自分の席である李緒の前の席に座る。そして自分の鞄からノートを出す。学校指定の黒い鞄は李緒の傷がつき、よれた鞄とは違い、新品同様の綺麗な鞄だ。

 そして後ろを振り向くとノートを渡す。


「はい、昨日の文のノート」


「・・・」


「後で屋上に取りに行くから待っててね」


「・・ああ」


 静菜はそれだけ言うと前を向いて自分のノートを開く。眼鏡のズレを直し、髪を一括りにしてポニーテールにしてペンを握った。


 ある時間帯になると高校生が一気に登校してくる。そうすると李緒は教室から出て行ってしまう。だが毎度のことなので静菜は気にせず、友達を確認した静菜はシャープペンシルを置いて友達である登喜子に挨拶する。


「おはよう、登喜子」


「おはよう、ねえ静菜、聞いて聞いて」


 朝から興奮の止まない登喜子は鞄も置かずに静菜の席に行き静菜のシャープペンシルを奪いとると、そのまま広げてあるノートにある文字を書く。


「何書いてるの?」


「あのね、萌が鈴木に告ったの!」


「そうなんだ」


 萌とは佐藤萌のことで登喜子と同じ卓球部の友達だ。


「それで鈴木に聞いたら携帯見せてくれてさあ」


 それを書いているのだろう、静菜は頬杖をつきながらそれを見守る。

 書き終わったらしい登喜子が身を起こすと『あのさ~付き合わない?』と登喜子の可愛らしい丸文字で書いてあった。


「簡素だね」


「でしょ。絵文字もないでこのままだったみたい」


「鈴木君は何て?」


「気まずいって。そりゃそうだよね。一回遊びに行ってそれで告白だもん」


「それはまた・・」


 噂の鈴木君も卓球部だ。今から断るという相手が同じ部活内にいらなんて気まずいこの上ないだろう。


「しかもさあ・・あ、やば」


 登喜子の声を遮るようにチャイムがなり、読書の時間帯に入った。

 登喜子は自分の席に戻り、慌てて身支度をする。それを笑って見ながら静菜もノートをしまって読みかけだった本を取り出した。

 1時間目は先生の急な出張のため国語は自習になった。

 自習になったため静かに勉強をしようとする真面目な生徒は少なく、殆どの生徒が自分の席を立って友達の所へと行き、お喋りを始めた。勿論、静菜の席にも登喜子が来て先程の話が始まった。


「そんでそんで萌ったら私にどうしようって聞いてくるのよ」


「勢いで告白しちゃったの?」


「さあ? 鈴木君ならいけるとか思ったんじゃない?」


 鈴木という生徒を思い出すが確かに彼は影が薄く、一目見ても次に会った時に思い出せないような顔をしていた。彼女はいなさそうだろう、どこがいいのか静菜には分からなかったが人の好みは其々だ。


「きゃ~~! どうなるの、卓球部。存在、危うし!」


「・・楽しんでるね」


 そんな話をしながら笑い合っていると、あっという間に時間が過ぎ、休みを知らせるチャイムが鳴る。

 静菜は登喜子に断ってから屋上へと向かい、壁を背に座っている李緒を見つけて顔をしかめる。


「宇東君、煙草臭いよ」


「・・わり」


「先生に見つかったら停学なんだから学校じゃ止めなよ」


「・・・」


 返事をしない李緒に嘆息しながらノートを渡す。


「今日は国語が休みだったけど自習の場所、書いておいたから」


 そして2限目に使う数学のノートを返して貰った。


「じゃあ次はお昼に来るから」


「・・ああ」


 お昼になると静菜は購買でパンを買って屋上へと向かう。登喜子はお昼は部室で食べるため別々だ。きっと、また鈴木君の話でも広めるのだろう。

 屋上だと言うのに全く人が来ないのは立ち入り禁止の看板と少し捻らないと開かない扉のせいだろう。コツを知っていれば誰でも開けるのだが、それに挑戦する人は少ないみたいだ。

 扉を開けると今度は寝ころんで太陽の光を身体に浴びている李緒がいた。


「今日もご一緒させて下さい」


「・・ああ」


 李緒は静菜に目を向けると、ゆっくりと身体を起こした。

 静菜はいつもと同じように李緒の邪魔にならぬようフェンス近くで食べようと向かおうとするが腕を引かれて止まった。


「宇東君?」


「・・いい」


 身長の高い李緒を見上げると小さな呟きが聞こえた。


「え、何?」


「・・別にいい」


「・・えと何が?」


 上手くできない会話のキャッチボールだ。だが静菜にはいきなり「別にいい」と言われても何の話かさっぱり分からない。

 首を傾げて問うにも彼は答えてくれない。というか何も言わずに静菜を引きずっていく。どこに向かうかと思えば李緒の何時もの指定の場所だ。一瞬、もしかしたら屋上から突き落とされるのかもと思ったのは口が避けても言えない。

 一人、どぎまぎしていると李緒が静菜を掴んだまま座る。


「ちょっ・・!」


 バランスを崩した静菜は全体重をかけてお尻から倒れた。だが想像していた衝撃はこずに安心したが次は別の意味で心臓が止まりそうになった。

 静菜は李緒の膝の上に横向きで座っているのだ。


「ご、ごめんね」


 慌てて退こうとするもの李緒は腕を放さない。


「あ、あのう」


「・・・」


 その後、何度も話しかけるが李緒は始終無言だった。

 何度声をかけても反応してくれないのでお腹も空いていた静菜は肝を据えて李緒の膝の上でパンを食べようと広げる。食べる時には腕の手は解かれていたもの膝から退かすという願いは聞きいれて貰えなかった。

 気まずくて顔を上げられなかったが、パンを咀嚼していると李緒は静菜のポニーテールのゴムを取って髪を梳く。

 静菜は少し焦ったが人に髪を触られるのは案外、気持ちの良いものだと猫のように目を眇める。


「あ、そろそろ予礼なんだけど」


「・・・」


 屋上は立ち入り禁止だからチャイムの音はしない。けれどグランドから聞こえてくる音で後5分で午後の授業が始まることを知らせる。

 李緒は不満そうに呻いたけれど腕を離してくれたので静菜は一息ついて李緒の方を何度も見ながら屋上を後にした。


「本当、何が「いい」んだろう?」


 李緒が「別にいい」と言った途端からおかしくなったんだ。良く分かんないなと思いながらも教室に戻り登喜子に心配されながらも数学のノートを広げる。

 背の小さい先生が黒板に図を書いている時に悲鳴が上がった。


「・・あーーー!」


「・・どうした?」


「すみません!」


 ノートの文字を見ながら絶叫してしまった。数学の先生が何事かと驚いた顔で静菜を見てくる。普段大人しくしているので皆の視線が集まるのを凄く感じ恥ずかしくて下を向いてしまった。

 耳を赤くしながら心の中で叫ぶ。

 (これだーーーーー! 嘘でしょう!?)

 ノートの上端に「あのさあ、付き合わない?」の文字があった。李緒はこれを見て勘違いしたのだろう。静菜がノートを通して告白したと思ったんだ。

 困ったと頭を抱える。これは言った方がいいんだよね。確かに李緒の見た目は不良としか見えず静菜もノートを貸すこと以外は怖くて話すことができないのだ。しかし保健室の先生に面倒を見るように頼まれてしまい、断ることができなかった静菜は毎日ノートをを見せているのだ。だから最低限なこと以外は話していない。


 放課後、屋上に上がり李緒の姿を認めると「えーと、その、」と言葉を濁した。だが、意を決して口を開いた。


「あ、あのね、数学のノートのことなんだけど・・」


「・・ん」


 あわあわしながら李緒に身ぶり手ぶりで説明しようする静菜の元に李緒が近寄ってくる。

 もしかして、そのまま殴るのですか! と身体を震わせたが、ぽんっと頭に李緒の手が置かれ静菜の小さな頭を撫でるので静菜は顔を青くする。


「いや、あのね、その・・・」


「・・・」


「あの、数学のノートの・・・」


「・・・」


「・・何でも無いです」


 何てチキンな私。断ったら鉄拳が飛びそうなので、もう何も言えません。神様、代わりに断って下さい。

 けれど神様は、そんなご都合の良いことをしてくれなく、静菜は李緒と付き合うことになった。



 だが付き合う前と付き合うことになった今も大して変わらず、朝は一緒に教室で過ごし、休みになると李緒にノートを貸し、お昼になると一緒にご飯を食べるという図式は変わらなかった。

 いや、ただ変わったのはお昼のスキンシップが多くなったことだけだった。屋上で一緒に食べるが相変わらず李緒は静菜を自分の膝に乗せて静菜がご飯を食べ終えてチャイムが鳴るまで、ずっと髪をいじるのだ。初めは恥ずかしかったが慣れてしまえば、どうって事はない。

 ただ視線をどこに向けたらいいのか分からないので、きょろきょろ辺りを忙しなく行き来するのだ。視線をあちこちに向けていると李緒の鞄から何やらお弁当箱が顔を覗かせている。


「宇東君、お弁当?」


「・・っ」


 その言葉に顔を赤くする李緒、そんな顔が珍しかったのでお弁当箱を取って勝手に広げると焦ったような声が聞こえる。


「やめろっ」


「・・かわいい」


 制止を振り切り、静菜が箱を開けると中には、ちまちまとした一口サイズの具材が所狭しと詰められている。


「お母さんの手作り?」


「・・つ」


「・・もしかして宇東君の手作り?」


 まさかね、と思って呟いたのに李緒は更に顔を真っ赤にさせて視線を泳がせる。不良な見た目なのに、まさかこんなに料理が上手なんてと感嘆する。


「凄いね。ねえ、食べてもいい?」


「・・別に」


 真っ赤のまま顔を背ける李緒に苦笑いをしながら卵焼きを摘まむと、とっても美味しい。いつもお昼はパンの静菜は羨ましそうにお弁当を見る。


「いいなあ。私、料理できないし、お母さんも料理下手だから、お弁当ってすっごい憧れる」


「・・・」


「宇東君は凄いね」


「別にお前の分も明日から作ってきてもいい」


「え?」


「だから、静菜の分も俺が作ってきてやるって」


「本当? 嬉しい」


 頬を紅潮させ李緒を見つめると李緒は恥ずかしそうに鼻を掻く。その姿さえも可愛いと思ってしまう自分は大分李緒に毒されているらしい。

 

 こうして昼は、いつも李緒が作ってきてくれるお弁当を食べて胃袋を懐柔された静菜が李緒を好きになるのは早かった。


こんな高校生いるかって今更思ったわ

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