平民聖女、怒りの帰郷~オラ、地元で結婚するだよ!~
「ああも『漁村の娘』とバカにされちまうとなぁ……。オラだって腹が立ってくっぞ」
オラは乗合馬車の片隅で呟いた。
潮風に吹かれて赤毛が色褪せている、だの……。
日焼けも気にしないからソバカスが目立つ、だの……。
魚ばっかり食ってるから貧相だ、だの……。
『王家に連なるノクサ公爵家』だかなんだか知らねえが、嫌になっちまうに決まってる。
「おや、お嬢ちゃん、もしかしてサール村の出身かい?」
たくましい中年の男が、オラに訊いてきた。男の傍らには、背負子に載せられた大きな甕がある。
「そうだぞ。おめえ、行商人か?」
「ああ。サール村には世話になってるよ」
「そうか。こちらこそ、ありがとうな」
オラは行商人と握手を交わした。
乗合馬車は、街道を進んでいく。
ノクサ公爵令息様が貶しまくった『漁村』に向かって。
◇
オラは村外れの停車場で乗合馬車を下りると、まっすぐ砂浜に向かった。
村の誰かしらがいるだろう。
舗装されていない土の道を歩いていくと、木でできた家が並んでいるのが見えてくる。
路地からは猫たちが、オラの様子を伺っていた。
「こんなところで、聖女様なんかが生まれるわけねえ……」
また独り言が出ちまった。
いろいろ我慢しすぎちまったな……。
「ありゃ、マリソル様でねえか!」
幼馴染のヘススが、一番にオラに気付いた。
文句ばかり垂れていたロドリゴ様と結婚するより……、まあ、ちょっと顔が悪くても、ヘススの方がずっと良いわな。
ヘススと結婚したアデラが、オラ、うらやましいぞ!
「みんな、ただいま! 王立学園なんぞ、二度と通わねえ!」
「お帰りなさい!」
村のみんなが出迎えてくれた。
「マリソル、帰ってきちまっただか!」
「父ちゃん、やっぱオラが平民聖女様ってのは、無理があったぞ!」
オラが叫ぶと、村のみんなが爆笑した。
そら、笑うだろ。
村娘を平民聖女ってことにして、傍系の王族に嫁がせるとか……。
上手くいくわけがねえだよ!
◇
オラは両親に連れられて、領主様の館に行った。
まあ、伯父さんの家なんだけどな……。
オラたちが応接室に通されると、伯父さんはすぐに来てくれた。
「リートレ侯爵様にご挨拶いたします」
オラは伯父さんにカーテシーをしてみせた。
この館でお貴族様の作法を身につけて、王都の王立学園に放り込まれたんだよな……。
「マリソル、乗合馬車で帰ってきたのか?」
「ああ」
「連絡してくれたら迎えに行ったぞ」
「そんなの、待ってられねえ」
オラは、そっぽ向いてやった。
「ノクサ公爵令息か? そんなにダメだったのか?」
「あの傍系の王族様は、『貧相な漁村の娘』は嫌だとよ。髪が潮風で焼けてるのも、ソバカスも、汚らしいってさ」
オラが言ってやると、伯父さんは顔を片手で覆って、深いため息を吐いた。
そら、絶望するわな。
「オラがあいつと婚約したのは、王太子殿下がリートレ侯爵様のことを『海の荒くれ』って侮辱したからだろ!? 王家がこのリートレ侯爵領を大事にしている証に、オラを聖女ってことにして、公爵様の子供と結婚させようとした。違うのけぇ!?」
オラは怒りに任せて伯父さんに問いかけた。
ひっでーめにあったんだぞ!
ノックの音がした。
「養父上、カミーロです」
カミーロ兄さんは、シデラ伯爵家からリートレ侯爵家に養子に入った。
シデラ伯爵家はリートレ侯爵家の傍系にあたる。
王家の横槍が入らなかったら、オラがリートレ侯爵家の養女になって、カミーロ兄さんと結婚するはずだったんだ。
「入れ」
伯父さんが言うと、カミーロ兄さんが応接室に入ってきた。
オラと同じ色褪せた赤毛に、切れ長の緑の瞳。
たくましい肉体。
間違いなくリートレ家の者だ。
カミーロ兄さんは、今はリートレ海軍を率いている。
「俺はな、貴族なんぞ、もうウンザリなんだよ。面倒くせぇ。いっそ、サール村の塩の出荷を止めちまうか?」
伯父さんが投げやりに言った。
「それじゃあ民が困っちまうだよ」
結果として王家も困るだろうが、そいつはいけねえ。
「王家への献上塩だけ止めましょう」
カミーロ兄さんが冷静に言い、控えていた侍従に指示を出す。
それがいいだろう。
関係ない民まで苦しめちゃならねえ。
「じゃあよ、戦艦を出して、海から王宮に向かって大砲を打ち込むか?」
伯父さんは、どうも血の気が多すぎていけねえ。
王宮は海を背にして、崖っぷちに建てられている。
建てた時には、海から攻められるなんて想定していなかったんだろうなあ……。
「養父上、それは謀反になりますよ」
「オラがカミーロ兄さんに戦艦と楽隊を借りて、『国王陛下お誕生日おめでとうございます』って横断幕掲げて、空砲を二、三回、鳴らしてくるのはどうだ?」
「国王陛下の誕生日? マリソル、それはいつなのだ?」
カミーロ兄さんが眉根を寄せた。
「三か月前だったが、まあ、ちょっと遅くなることもあるだろ」
「俺が許す! マリソル、行ってこい! 俺が国王陛下の誕生日を勘違いしたことにしたらいい。いざとなったら、爵位はカミーロに譲るからよ」
この伯父さんから爵位がなくなったら、歯止めが利かなくなるぞ……。
まあ、それは王家も、さすがにわかっているか……。
◇
そんなわけで、オラとカミーロ兄さんは、戦艦に楽隊を載せて海に出たわけなんだけども……。
王宮の裏に到着して、横断幕を掲げてみたら……。
『マリソル、私と結婚してほしい。カミーロ』
と書かれていて、オラはぶったまげた。
楽隊が舞踏会みたいな曲を演奏し始めて……。
カミーロ兄さんはリートレ海軍の儀礼用の白い軍服姿で、オラの前にひざまずいた。
「私は国とリートレ侯爵領の安寧のため、一度はマリソルを諦めた。だが、もう二度と離れない! 私と結婚してくれ、マリソル!」
カミーロ兄さんは、真剣な目でオラを見ていた。
オラはカミーロ兄さんに抱きついた。
そうだ! リートレの男は、海で求婚するだよ!
「オラもカミーロが好きだ! 王命が出た夜は、こっそり泣いちまっただよ!」
カミーロを兄だと思おうとしてきた。
王命が出た日から、ずっと……。
だけど、もうその必要はねえ!
オラ、カミーロのお嫁さんになるだ!
戦艦に乗っている仲間たちが、口笛や拍手で祝福してくれた。
楽隊がワルツを奏で始める。
オラはカミーロに手を取られ、甲板の真ん中へ。
潮風が、髪やドレスの裾を撫でていく。
カミーロの緑の瞳に見つめられると、胸がひどく高鳴った。
ああ、海に……。
カミーロの腕の中に……。
帰ってきて良かっただよ。
ダンスを終えると、今度は甲板にテーブルと椅子が運ばれてきた。
「野郎ども、宴会だあ!」
コック長が両手にエールのジョッキを持って宣言する。
コックたちによって、酒と料理が次々と運ばれてきた。
船長やコック長、他の者たちが、次々とお祝いに来てくれる。
そうしているうちに、横断幕が代えられて……。
『平民聖女マリソル・サールは、ノクサ公爵令息ロドリゴとの婚約を破棄し、リートレ侯爵令息カミーロの妻となる』
空砲が鳴らされると、やっと王宮の人々も、ここに戦艦が浮いていると気付いたようだった。
王宮の窓から、ロドリゴ様らしき人が、なにか怒鳴っているみてえだ。
けれど、なにも聞こえねえだよ。
おや、兵士らしき人たちに連れて行かれた。
こんな事態になっちまったんだ……。
ロドリゴ様も無事では済まねえだろうなあ。
ふと気付くと、オラたちの戦艦の横に、別な戦艦が並んでいた。
その戦艦には『マリソルを虐げやがって! 文句があるなら、かかって来い! リートレ侯爵』という横断幕が出されていた。
「養父上……!」
カミーロが慌てた声を出す。
伯父さん……、大艦隊を率いて来ちゃっただか……。
陸路はカミーロの実家のシデラ騎士団と、サール村の自警団が守っているから大丈夫だろうが……。
「これは戦争になるかもな。リートレ侯爵領の独立も、視野に入れないといけねえ……」
「養父上が王になるのか……? 不安しかない」
カミーロは船酔いでもしたような顔色になった。
まわりの戦艦が、次々と花火を打ち上げる。
「オラとカミーロを祝福してくれてるみてえだ」
「王宮の人々には、示威行為にしか見えないだろうがな……」
オラはカミーロと苦笑しあった。
伯父さんは、ちょっとやりすぎかもしれねえが……。
これでもう、誰もオラたちの結婚に横槍は入れねえだろうな。
オラたちはエールをがぶ飲みしつつ領地に帰った。
その後、王家からは、王太子殿下とロドリゴ様を北方の石切り場送りにしたという連絡がきた。王太子殿下もロドリゴ様もひ弱そうだったし、数年で死んじまうんでねえか……?
オラが勝手に村に帰っちまったことは責められなかった。
国王陛下は、直筆の手紙でオラたちの結婚を祝ってくれた。そのうち大聖堂で挙式させてくれるらしい。
戦争にもならなかったから、伯父さんが即位することもなかった。
王家も最初っから平民聖女だのなんだのと、余計なことしなければ良かったのにな。
オラ、すっげぇ迷惑だったぞ!




