〝声〟
塔の表面は銀色の金属で、それはどんな雨にも風にも風化しない不思議な素材で造られていた。紡錘形の塔の先端は鋭く尖り、下に行くと魚の鰭のような羽根が四枚、塔を地面に支えている。塔は【御舟】と呼ばれている。
信太一族には言い伝えがあった。【御舟】は昔、空を飛ぶ船であったという。船にしては、奇妙な形をしている。
【御舟】から降り立った人々が、ここ京の都を作り、徐々に広がっていったと、言い伝えられているが、詳しいことは判らなくなっている。
時姫はまだ母が生きていた幼いころを思い出していた。母は病弱であったが、時折気分のいいときは、さまざまな昔語りをしてくれた。その中に、【御舟】の昔語りも混じっていた。
御所から目を逸らし、時姫は気息を整えた。背筋をのばし、時姫は目を閉じる。
そのまま、じっと待つ。
ほどなく〝声〟が聞こえてくる。
ただし、常の人の耳に出来る〝声〟ではない。時姫のみが聞くことのできる〝声〟なのだ。
これが信太一族に伝わる【聞こえ】のちからである。この能力あるため、時姫は源二が報告をする前に敵の軍勢に気付くことができたのである。
世には〝声〟が満ちている。それは姫のほかには誰にも耳にすることの出来ない、ひそやかな囁きであった。だが、時姫が耳を澄ませると、聞くことができるのである。
川のせせらぎ、風のそよぎ。すべてに〝声〟がある。その〝声〟に時姫は耳を傾けた。
〝声〟の中でもっとも強いのは、御所の【御舟】から発せられるものであった。【御舟】は一日中〝声〟を周囲に向け発している。
その中から、時姫は信太屋敷から聞こえてくる〝声〟を聞き分けた。屋敷を取りまく軍勢の敵意に満ちた〝声〟。
時姫は眉をひそめた。
聞き慣れない〝声〟が聞こえる。
これは、なんだろう? ひどく単調で、感情がまったく感じられない異質な〝声〟。
時姫は目を見開いた。
これは傀儡だ!




