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陣痛

 後を尾けられていないか確かめるために手間取り、源二が山寺に辿り着いたのは、紅月が山の背に登ったころだった。

 今月は紅月だけで、藍月は出ていない。藍月と紅月が同時に空にあるのは、一年の内の三分の一程である。そんな時は二つの月の色合いが交じり合い、この世のものとも思えぬ幻想的な影ができる。


 赤々とした紅月の光に、源二の胸は騒いだ。


 結界を通り過ぎるとき、千切れそうになっている注連縄に気付いた。すでに胡瓜は地面に落ち、残った縄だけがぶらんと結界の残骸となっている。

 これで、結界と言えるのか。微かな不安が湧く。


「源二! どこへ行っていた?」


 三郎太が目を一杯に見開いて飛び出して来た。

「何があった?」

 源二も叫び返した。三郎太の様子は只事ではなさそうである。

「姫が……産まれそうだ!」


 なにいっ!


 源二は寺に急いだ。

「湯を沸かせ! 桶を用意せい!」

 口早に命令する。ところが、三郎太はおろおろ右往左往するばかりで、まるで役に立たない。

 源二は戸を荒々しく引き開けた。


「姫!」


 寝床から時姫が顔を持ち上げた。顔色は真っ赤で、肩で息をしている。

「源二、産まれそうです……」

 うーっ、うーっ……と陣痛に顔が醜く歪む。

「早過ぎる! くそっ……」


 源二は急ぎ姫の側に跪いた。時姫は込み上げる陣痛に身を反らせ、床に延べた布団を掴んで、必死に耐えている。

 こうなっては自分が赤子を取り上げるしかない……。源二は覚悟を決めた。

 ようやく三郎太が、湯を用意してきた。


 時姫の妊娠がはっきりして、三郎太は山寺に泊まり切りになっていた。河童と言えども、人並みの父親としての自覚はあるらしい。

「姫、それがしが赤子を取り上げますぞ! よろしいか?」

 うん、と姫は頷いた。すでに苦痛で、返事をする気力もない。


「よし……三郎太、おぬしは姫の手を握っておれ! さあ、姫……大きく息を吸って……そうそう、ゆっくりでござる。息を吐くときも、ゆるりと気を静めるのじゃ……よろしい、産まれますぞ!」

 ああーっ、と声を立てず、時姫は大きく背中を反らせた。全身にびっしりと汗が流れている。


 源二はゆっくりと手を伸ばし、そーっと時姫の膣内に挿入した。


 指先に、赤子の頭が触れる。力を込め、五指で挟み付けて、ゆるゆると引っ張る……。

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